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憑かれた私と怪しい男  作者: 夏野 夜子
第1章 憑かれてますよ
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あなた憑かれてますよ

「えっ?! だ、だって、昨日は雇ってくれるって……」

「だァからァ、その話はナシっつってんだよ。ほら帰って帰って」

「待ってください、あの」


 グイグイとドアの向こうへ押し出され、さらに狭い階段を降りるように押し出され、歩道に放り出された。呆然としていると、バタンとドアが閉まる音が聞こえる。


「うそ」


 明日から来てくれ、って言っといて、いざ来てみたら帰れ、ってある?

 いや、あったんだけど。今まさにあったんだけども。

 そして私の勤め先は、また、消えたんだけども。


「家賃どうしよう……」


 預金残高を考えると、悲しんだり怒ったりしてるほどの余裕も残っていない。

 とにかく、バイトでも何でもいいから探さないと。

 私は凝り固まった肩をほぐしながら、家の方へ歩いて行くことにした。3駅の距離は電車賃がもったいない。




 早乙女ちとせ、25歳。

 そして無職かつ求職失敗中。

 少ない残高を切り崩してお祓いにでも行こうかと思うくらいに人生がツイてない。


 私がツイてないのは、何も今に始まったことではなかった。

 何もないところで躓いて転んだり、特にデスクワークをしまくったわけでもないのに肩凝り頭痛に悩まされたり、夜中に急に目覚めたりするせいで睡眠不足からの体調不良になったり、その関係でクビになったり、就職しようとしたら会社が潰れたり、バイトしようと連絡したら店舗の電話が不通になってたり、一日中面接を受けても全部落ちたり、面接終わって夜中に帰ってたら叫び声を上げる人に追いかけられたり、家の電球がいきなり全部割れたり、冷蔵庫の野菜室が仕事を放棄したり、洗面所の鏡が割れて自費修理したり。


 子供の頃からツイてなかったけど、流石に仕事が見つからないのはツイてないってレベルじゃない。


 高校の頃から日払いのバイトを渡り歩くことでどうにか貯金したお金も、仕事が見つからないとどんどん減っていく。

 もうこの際、どんな仕事でもいいからやらせてほしい。時給500円でもいい。家賃の日までになんとかしないと。


「すみません、そこの人」


 とりあえず今週ももやしササミで乗り切るとして……ちょっと遠いけど回り道して激安スーパーで買おうかな。いや、お肉屋さんが特売やってるかもしれないから、まずそっちを見よう。パン屋さんで食パンの耳も貰いたいけど、何か商品買わないといつも好意で分けてもらってばかりなのは申し訳なさすぎる。


「あのー、すいませーん」


 ていうか今月水道ガス電気いくらだっけ? たまに漏水してるから確認しないと。


「すいませーん」

「えっ」


 大きな手が目の前を塞いだので、私は慌てて立ち止まった。


 なんか怪しい人いる。


 昭和っぽい中折れ帽に丸メガネ、着流しに羽織り姿の男の人が、いつの間にか至近距離に立っていた。

 いつの時代の服装だ、と思ったけど、よく見たら帽子の下の黒髪はパーマがかかっているし耳にはピアスが見えてるし、何故か靴はスニーカーだ。片手にスマホも持ってる。


「あのー、別に怪しい者じゃないんで、ちょっとお話聞いてほしいんですけど」

「はぁ……」

「あなた、だいぶ憑かれてますね」

「……は?」


 人を指さすのは失礼だ、と、思ったら、その男の人の人差し指はすっと私の斜め上に向いた。


「いえ、まあ、疲れてますけど」

「あー違う違う。取り憑かれてるって意味です」

「はあ?」


 どう見ても怪しい人だ。

 見た目よりも中身の方がもっと怪しいタイプの人だった。


「すみません、急いでますので」

「いえいえちょっと待ってください。怪しい者じゃないですから」

「いやあの、宗教とか興味ないので。お金もないので!」

「待って待って。落ち着いて信じて」


 なるべく忙しい社会人っぽく振る舞おうと早足で逃げようとしたけれど、着物の人はスタスタと余裕でついてきた。スニーカーだから女の足についていくことなど容易いようだ。まさか勧誘のためのスニーカーだったとは。しかもよく見たらなんか高そうなスニーカーである。うちのスニーカーは穴が空いてるというのに。


「あなた、疲れやすいでしょ。夜とかよく眠れないんじゃないですか?」

「現代人ですので」

「身の回りで普通じゃないこととか起こりませんか? それはあなたが憑かれてるからなんですよ」

「今日曇ってますので」

「いや天気は関係ないでしょ」


 競歩みたいな歩き方になってるのに、着物の人はしつこかった。

 なんでお金がないのに怪しい勧誘をされないといけないのか。残高を見せたら諦めてくれるだろうか。ていうか残高まで搾り取られたら明日からほんとに食べるものがなくなる。


「大丈夫ですから!!」

「大丈夫ではなさそうなんだけどな〜。じゃあ、もし困ったことがあったら連絡してください。お仕事のこととか相談に乗りますよー」

「えっ」


 ハイこれ名刺、と急に握らされたので、急いで歩くことに神経を集中させていた私は思わず受け取ってしまった。

 というか、仕事って。


「あの……アレ?」


 振り向くと、すぐ近くにいた着物の人がいなくなっていた。歩道には人通りはあるものの、歩いている人を見失うほどには混んでいないのに。


 仕事の相談って、もしかして仕事がなくて困ってるのを知ってたんだろうか。

 無職っぽい顔をしてたとか。

 はたまた今日の仕事先の人とグルで、怪しい仕事へ斡旋するための勧誘とか? それならむしろ仕事させてほしいくらいなのに。


 立ち止まって名刺を見る。名刺は黒く、右上と左下がカットされている形になっていた。シルバーのテカテカした文字を読み上げる。


「……お祓いお清め承ります……?」


 怪しすぎて頭痛がひどくなってきた。

 私のツイてなさも、いよいよ高みに近付いてきたらしい。なるべく変な人に絡まれないよう、あと仕事が見つかるよう、私は気を引き締めて帰ることにした。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして。 Spotifyのラジオドラマで興味を持って来ました。 冒頭から日常化した不幸に困る主人公ともう一人の主人公の出会いが自然で読みやすく、文章も悔しいぐらいにスラスラ入ってき…
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