対第二学院
〈マスター、厳しいですね〉
ガーランドの感想を無視して、台上で挨拶する来賓を見る。
近衛兵総長アルヴィン・スヴェートベル。お隣さん、だ。
こっちをチラチラ見ている。さっき少し揉めていたのを気にしているのだろう。
来賓席には大賢者クリスティーナ・スヴェートベルの姿もある。
エディルナ軍総司令の親父と女教皇である母さんもいた。
そして皇帝ラファエル・ファン・エディルナの姿が見えた。
一応、国家的な催しなんだよな、これ。
今日のスケジュールは午前中に団体戦、午後から個人戦。
まずは第二学院選抜とやりあう。
あっちは賢者と重戦士2の組み合わせ。ジェラルドはどうにかできるだろうが、クラウディアはどうだろう。俺が突っ込んで先制で賢者を叩く予定だったが、ちょっと作戦を考え直したほうがいいかもしれない。
「第五種戦闘」
〈魔術陣メモリへ魔術陣データロード〉
「強化レベル上限5」
〈イエス、マスター〉
「起動」
〈強化開始。5段階まで強化〉
クラウディアが役に立たないことを前提に、強化を強めに出す。
「第二学院選抜、ヘニー・ジウニー、アルベルト・ドゥファン、ヘイディ・ティアラ、前へ」
審判に呼び出される三人。ヘニーとアルベルトは去年、一昨年とやりあっている。力押しメインの男性重戦士。こいつらはまあ単純だからやりやすい。
ヘイディは一昨年やった相手だ。見た目は手弱女だがかなり手強い賢者だ。
「第三学院選抜、マリウス・ベルゲン、ジェラルド・ヴィンケル、クラウディア・トラウトナー、前へ」
呼び出される。俺たちが後に呼ばれたのは去年こっちが勝っていたから格上扱い、ということだ。
ヘニーは俺とほぼ同じ位の背だが、横はかなりガッチリしている。重戦士は筋力が物を言うからそうなる。
中央の審判前まで進み出る。
アーメットのバイザーを上げたままのヘニーが俺に近寄り、睨みつけてくる。
「今年の俺たちには勝利の女神がいる。去年のようにはいかない」
「そうか……こっちの女神はアレだから、まあ頑張るがね」
審判が手を振り、俺達に下がるようにという指示を出す。
場内に引かれた円内に下がる。ここがスタート地点。
「作戦は?」
ジェラルドの短い質問。単純だが力押しで行く予定。
「クラウディアはヘイディを叩け。俺はヘニーを、ジェラルドはアルベルトをやる。倒せ次第、手こずっている方へ救援」
「了解」
バイザーをおろしながらジェラルドが返事をする。
「あたしが手こずることなんてないと思うけどね」
「期待するよ」
「双方抜剣!」
審判の号令に従い、剣を抜く。
「試合開始!」
号令とともに飛び出す。
軽くジョグしている程度の認識で走っている。強化の効果はそれほどまでに絶大だ。
クラウディアは左のジェラルドの後ろから大回りをしてヘイディに向かう。
ヘニーはタワーシールドを右手に構えて前に立て、こっちへダッシュしてきた。想定通り。
ヒーターシールドを持った左手を胸前に構え、そのまま前から外へ向かってバックナックル風に振り回してタワーシールドをヒーターでぶっ叩く。
轟音とともに、お互いの盾が少し凹む。衝撃からヘニーがたたらを踏む。
「なん、だと」
当たり負けしたヘニーの声が聞こえる。右に回り込み、ブロードソードのグリップエンドでヘニーの左篭手の甲を叩く。
篭手が潰れ、ヘニーは剣を取り落とした。落としたブロードソードを蹴り飛ばす。
そのまま右腕を上に入れ、ヘニーのアーメットの顎をグリップエンドでカチ上げる。後ろにぶっ倒れるヘニー。致死判定され場外へ転送。
プレートメイルに刃は通らないからこういう変則攻撃が有効だ。
ジェラルドは剣ではなくハンマーを握りしめて殴りつけている。クラウディアはヘイディにようやく辿り着こうかというところ。そこへヘイディの速攻魔術がクラウディアへ飛ぶ。
「衝撃・増強!」
杖の先からなにかの塊のような歪みが三個。手数が多く属性がないから属性防御が効かない上にプレートなどの防具にかなり効果的。
学院選抜の防具にはたいてい属性防御が複数付与されているので選択は正しい。
ただし、クラウディアは革鎧。衝撃には少しだけ強い。が……まあヘイディの腕だとクラウディアはあと2~3発で沈められるだろう。
ジェラルドは互角な状況なのでクラウディアの救援に向かう。
剣を鞘に戻し、突っ込む。
「は、へ?」
いきなり視野の外から現れた俺に困惑したのかヘイディの間抜けな声が聞こえた。右フックを顎へ叩き込む。
頭を揺らされ、きれいにくずおれるヘイディを一旦抱きとめ、地面に転がす。
「これからってところで割り込まないでくださるかしら、出がらしさん」
「その出がらしよりかなり遅いな、鈍亀」
「なんですってえ!」
「悔しいならもっと速く動け」
それだけいうとジェラルドの救援に向かう。
結果だけ言うと圧勝だった。
クラウディアは衝撃で少し内臓を、ジェラルドは相手のハンマーで左腕に打撲を受けていた。
とはいえどちらも司祭の治癒で完全に回復。俺は一撃ももらっていない。
「ま、こんなもんだろ」
〈そうですね〉
ガーランドの声に頷く。
会場がざわついている。
「だれだよ、出がらしとか言ってたやつ……とんでもなく速いぞ」
「大器晩成……ってことなのか?」
「いや、でもな、対戦相手は重戦士だろ。軽装で幻惑されたんじゃね?」
「それに筆頭はあの方だし、無理だろうな」
来賓席を見る。親父は俺を見て頷いている。母さんも。
アルヴィンとクリスティーナのスヴェートベル家の二人はヒソヒソ話をしている。
第二と第三に大きな差はないというのが一般的な認識で、だからこそ毎年いい勝負をしている。
だが第一は別格。ここは将来の英雄候補を育成するような学院だ。
これを圧倒できれば、俺の「出がらし」という評価も変わるはず、だ。
我々6年生の一回戦目、次に5年、4年と下がっていき、第一学院との対抗戦は逆に1年、2年と上っていく。
6年の派手な立ち回りで会場を温めて、最後に第一学院の優秀さを顕示するという流れだ。
控室でしばらくの休息を取る。
呼び出しを待つ間にジェラルドが俺に話しかけてくる。
「マリウス、次の第一学院戦だがどうする?」
「俺は横から後ろへ回り込むように走る。重装のジェラルドには悪いが後衛のソフィアに向かってまっすぐダッシュしてくれ。クラウディアはジェラルドに合わせて走ってくれ」
「ふむ」
ジェラルドが頷く。クラウディアは少し不満げだ。
「ちょっと出がらしさん、その前にさっきの鈍亀って言葉、取り消しなさいよ」
「俺より速くなったらな」
〈それは一生無理では……?〉
ガーランドが小さくツッコミを入れてくるがそれを無視。
「この動きで前衛が俺に釣られた場合、ソフィアはジェラルドとクラウディア二人を相手にする予定でいたということだ。実際あれはそれくらいこなせる天才だからな、気合い入れておけよ」
「なるほど……では前衛がまっすぐこちらに来た場合はどうする?」
「その場合は、前衛二人はジェラルドとクラウディアに任せて俺がソフィアをやる。一発ぶちかませるだけの時間が貰えればこっちの勝ちだ」
「あら、大きく出たわね、出がらしさん。年下のカイ・スヴェートベルにすら勝てないのに」
さっきの鈍亀の意趣返しだろう。
「そうだな。だが、今回は俺たちが勝つ」
「その根拠はなにかしら?」
〈私です私〉
ガーランドの自己主張を無視して首を振る。
「ないよ」
「ふん……馬鹿らしい。でも第一を見返すのは気持ちいいでしょうね」
「ああ。だからやる価値はあると思っている」
「いいわよ、乗りかかった船だもの。乗るわよ」
ドアがノックされる。
「10分前です。入場待機室への移動をそろそろ行ってください」
俺が右手を出すとその上にジェラルド、クラウディアが右手を重ねる。
「よし、行くぞ」