鍛錬
それからは何事もなく、毎日訓練して飯食って寝る生活をしていた。
朝、強化なしで街中を一周、ありの状態でさらに一周。このときに前日作った領有魔法具を設置していく。
領有魔法具は地域から発生する魔素をかき集めて、オーナーである俺に送り込んでくる魔法具。ガーランドに習って作った。
集められた魔素はガーランドによって魔力へと変換され、魔石や魔力炉に蓄えていく。
本来魔石等へのリチャージは自分の魔力を消費してやるものだから、これが自動で消費もなく行われるというのはものすごいアドバンテージになる。
とはいえ俺は戦士だがら魔力を使うのは日常魔法でしかなく、大消費はない。だが、ガーランドは違う。
ガーランドは魔術師を自称している。
「なあ、ガーランド。なんでお前は賢者ではなく、魔術師なんだ?」
〈私が生まれた頃は賢者なんて職がなかったからですよ〉
「……お前、何歳なんだ?」
〈女性に年齢を聞くのはマナー違反です〉
賢者って職が生まれたのは魔王降臨直後だったはずだから……少なく見積もっても150年以上前に作られているということになる。
150年前だとエディルナもまだ帝国になる前の辺境伯時代。そんな時代にこんな魔法具が作れるのだろうか?
〈変なこと考えてるでしょ。えっち〉
「……自分の左手に対して変なことを考えるほど上級者じゃないよ」
昼、輪のステップを強化なし、ありそれぞれで。
第五種戦闘は強化特化モード。強化以外のすべてを停止し、守護円環すらも展開しない。
この場合、強化にガーランドのリソースをかなり割り当てられるため、他のモードに比べると強化のレベルを大幅に上げることができる、らしい。
当然その強化のレベルに合わせて体の使い方が変わる。対抗戦の初戦は第五種戦闘の予定でいる。できれば使える強化のレベルを上げておきたい。
〈マスター、わりと人外ですね。鍛錬はじめたばかりなのにレベル5でこれだけ動けるのはすごいですよ〉
「そりゃ褒めているのか?」
〈褒めていますよ。普通の人ならここまで強化すると処理限界から体の制御に失敗して怪我します〉
「そんなもんかね?」
チリチリとした頭痛を感じながら輪のステップを繰り返す。
〈もう一段階上げられそうですね〉
「俺の体を考えなければ、あとどれくらい上げられるんだ?」
〈そうですね……リソースの残から考えるとあと30ほどはいけますね〉
「……人外はどっちだよ」
〈そりゃ私はもともと人外ですからね〉
両親はすでに地方視察に戻っている。なので食事は一人で、エマが給仕をしてくれる。
「お坊ちゃま、最近、部屋でドタバタなにをしているのですか? 子どもじゃあるまいし」
エマは俺に対しいつもこんなスタンス。兄さんが優秀だから俺に対しては一線を引いて冷たく扱うようにしているんだろう。
学院進学までは優しかった。それもあって……そう、初恋の君、ってやつだったんだ。
進学後の態度は、子供心にかなり傷ついた。
「お前には関係のないことだ」
「掃除をする身にもなってください」
エマは俺の前に温かなパンとスープを置きながら文句を言う。
「ここしばらく、お前に俺の部屋を掃除させた覚えはないがな」
封印してある部屋に無理やり入るにはその封印を剥がすために込められた魔力よりだいぶ大きな魔力を叩き込む必要がある。
たかがメイドのエマにそれは不可能な話だ。
「……そうですね」
エマはしばらく俺の顔を見た後、目を伏せる。このところこんな感じだ。
出がらしが、事故で左手を失った。
いつものように扱おうとして、ふと憐憫の情にかられるのだろう。
ガーランドのことを伏せている俺も悪いのだが、だが、な。
目の前に小分けにされた肉が置かれる。イラっとした。
「前から言おうと思っていたんだがな」
「なんでしょう?」
「食べやすいようにと小分けにしてくれていることには感謝する。だが、左手をうまく使うようになるためにはかえって問題がある」
イラつきをそのままエマにぶつける。
エマはゆっくりと俺を見る。顔色は青白く、まつげが少し震えているのが見えた。
急にイラつきが消え、後悔という重たい塊が胃へ落ち込んでくる。
「すまん、言い過ぎた」
「いえ……配慮が足らず、申し訳ございませんでした」
震える声で答えたエマが頭を下げ、皿を下げようとする。
右手をエマの手に載せ、止める。
「次からでいい。言わなかった俺が悪いのだ」
塊が邪魔をして、食事はさほどすすまなかった。
〈最低ですね〉
部屋に戻るなりガーランドに言われた。
「何がだ」
〈私を自由に使っているくせに、ひどい人。女心を弄ぶなんて〉
「何のことだ? そもそも俺の左手の代わりになる条件だっただろう?」
〈あらー……もういいです〉
「なんだそれは」
ガーランドは甲のガラスを赤く激しく点滅させるが、沈黙している。
「言いたいことがあるならはっきり言え」
〈いまのマスターじゃ理解できないから言っても無駄です。もうすこし経ってから教えます〉
「そうか」
机に向かい、明日設置するための領有魔法具を仕込む。
〈その精神力だけは称賛に値すると思うんですよね〉
「失礼なやつだな」
銀の球に対し、刻印を丁寧に行う。
そこへ魔力を注ぎ込むとコアとして安定する。
大きな円形の銅板に刻印を施し、同様に魔力を注ぐ。
銅板の中央に開けられた穴に銀球をはめ込む。
なじませるため、布で磨きつつ魔力を再び注ぎ込む。
ざっと1時間ほどかかったが、一つ出来上がった。
〈手慣れたものですね〉
「ああ……そろそろ銀球と銅板の手配をしないとな」
〈マスターがお坊ちゃんで助かりましたよ〉
「……うるさいな」
魔石や魔力炉は所有者の近くにあれば使えるが、距離が近いほど効率がいい。それなりに数はあるが、ベルトポーチやバックパックに詰めている状態だとちょっとロスがある。
即使えるようにアクセサリーに仕立てるのがいいだろう。
土台となるシンプルなブレスレットがある。これはなんだっけか……ああ、去年の選抜戦のあと、親父が置いていったものだった。これに魔石を埋め込んでなじませることにする。
〈しかし……器用なものですね〉
ガーランドが感心しながら細工を仕上げる俺に言う。
〈本職の魔術師以上だと思いますよ、その手際〉
「褒めたって何も出んぞ」
〈どちらかというと呆れています〉
いつも思うが、ガーランドはかなり失礼だ。人間じゃないから辛辣なのだろうとは思うが。
「おまえ失礼だな」
〈そりゃ私は人間じゃないですから、建前なんてものはありません。思ったままをズバズバ言います〉
やはり、そうか。
「ま、陰口叩くよりか遥かにマシだよな」
〈そもそも、私には陰口叩く相手がいないんですけどね〉