訓練
ガーランドに習った体の動かし方をひたすら繰り返す。
彼女曰く、体を正しく動かせている人間は少ないのだそうだ。
必ず動きにはブレがある。思ったとおりには動いていない。
何をやっているのかを秘密にするために、自室で訓練する。
体と意識を一致させるために、床にロープで作った輪をおいて、その中を素早く移動することを繰り返せ、と言われた。輪は徐々に小さくしていく。最初にどこに輪があるかを覚え、輪に触れないように移動する。
次に天井から振り子をいくつか吊り下げ、揺らす。その振り子を避けながら輪の中を渡り歩く。
2週間もしたら余裕で歩き回れるようになった。
次の段階。とんでもないことをガーランドに言われた。
〈人間は0.1秒後の世界を予測しながら生きています〉
「……なにそれ?」
〈言葉通りですよ。人間の頭は判断してから行動に移すまでにタイムラグがあります。そのため、0.1秒後の世界を予測し行動を補正します〉
「そういうものなの?」
〈そういうものです〉
いきなり言われてもよくわからない。
〈強化はその弱点を埋めるもの、です。筋力だけではなく、神経の伝達速度も跳ね上げます〉
「それは人より数倍素早く動けるってことかな?」
〈大雑把には。でもそれはマスターの内部だけのこと。世界は変わりません〉
「どういうことだ?」
〈やってみればわかります〉
強化状態で体を動かしてみることにする。
グレートソードを振り回すと、その重さから来る遠心力に対抗するための余計な筋力が必要で感覚に大きなズレが起きる。それどころかブロードソードですら気持ち悪い。素手でも違和感がある。
「こういうこと、か……」
〈ええ。前回はかなり手加減していました。今の状態が強化レベル1になります。まずはこの状態に慣れてください〉
輪のステップをする。体と意識が再びズレる。輪を踏みつける。
頭がズキズキ、キリキリと痛む。割れそうだし、重たいし、くらくらする。
〈頭が痛いはずです。これは負荷がかかっているからですが、いずれ痛みはなくなり、切替ができるようになります。人間の頭はそれだけ柔軟な作りをしています〉
他人事だと思って気楽なことを。
〈これができないと強化は使いこなせません。頑張ってください〉
強化ありとなしでどちらでも輪のステップを楽にできるようになるまで1ヶ月かかった。
学院対抗戦まであと2週間。間に合った。
学院に向かうと、門のところで学年4位のジェイミー・ブラッドフォードがいた。
「よう、出がらし」
身長190cmほど、体重なら130kg前後。恵まれた体格のジェイミーはいわゆる重戦士だ。フルプレートにグレートソードをぶん回すスタイルは割と手強いが、速度と正確性が足りない。今の俺なら強化なしでも楽にさばける。
ヅカヅカと近寄ってくるジェイミー。俺は170cmほどなので見上げる必要がある。
「なにか用か?」
「対抗戦、お前その左手でどうにかできるのかよ。降りとけ」
対抗戦は上位3名が出る。4位のジェイミーにはこのままでは出番はない。
「断る。お前が出ても勝ち目なんかねえよ」
「んだとぉ!」
大振りの右を左手でキャッチ、下へ落とす。
「ケンカだケンカだー!」
通学途中の学生たちに囲まれる。遅刻はしたくないからさっさと片付けることにする。
「ジェイミー、しばらく歩けなくなっても恨むなよ」
俺の言葉を無視してジェイミーは踏み込んでくる。
その踏み出しに合わせて、左ふくらはぎを右ローで蹴りつける。
「ごうあ!」
雄叫びを上げ、ジェイミーは左足を抱えてうずくまる。
「お前じゃ、勝てん。じゃあな」
立ち去る。
「待て!」
振り返り、怒りに燃えるジェイミーを見る。痛みを堪えているからか、歯を食いしばって立ち上がり、足をつける。なかなかいい根性だ。
「学院規則11-3、決闘を申告する!」
額に手をやり、ため息。面倒くさいことにこの学院には決闘に関する規則がある。
建前上はエリート養成校だが、まあ武力をベースとした治安部隊を育てているわけだ。
当然戦い方を教えているわけだから、その技術を持って私闘なんぞしたら殺し合いになってしまう。
私闘を禁ずる代わりにそのガス抜きとして決闘という奇妙な規則が定められている。
……そうなんだよなー。実際今のやり取りは本来処分が来る。今回はジェイミーが先に手を出したので俺は説教、ジェイミーは説教と奉仕活動1時間を3日ってところだろう。
ただその直後に規則11決闘を宣言された。俺がこれを受ければこのやり取りに対する処分はない。
そしてそれの3は立会人あり、観客ありの順位戦規定。上位が負けるとそれより下位のランクが一つずつ上がり、上位ランカーは下位のランクになる。逆に上位が勝った場合、下位はその時のランクと上位とのランク差に合わせて落ちる。ジェイミーの場合は5つ落ちるはずだ。
そして降格した側は決闘後1ヶ月間ランク上昇はなく、下降のペナルティがある。このペナルティは授業の模擬戦におけるランク変動にも適用される。
卒業まで残り1ヶ月ちょいちょいだから規定上は決闘できるが、まあこの時期にやるやつは普通いない。ランクが下がっても別に就職に影響しないからな。あくまで学院内での栄誉みたいなもんだ。
受ける義理はない。だが受けないとジェイミーはグダグダうるさそうだ。
「わかったよ。受諾する。場所は学内闘技場。方式は通常武装による模擬戦。逃げるなよ」
囲んでいた野次馬から歓声が上がった。
設備課に顔を出して、11-3の申請書を書く。
「こんな時期に大変ね」
窓口のお姉さんに同情される。
「まあ、ねえ」
「聞いてるわよ、大立ち回り」
「……やりたくてやったわけじゃないんですけどね」
立会人の欄を空欄、学内闘技場、日付を空欄で提出。
「はい、学内闘技場が空き次第、そのときに立ち会える教師でのランク変動あり決闘、受諾です」
お姉さんは書類を箱に入れる。
「で、マリウスくん、左手、どうなの?」
「あー、まあなんとか使えますよ。盾くらいは持てるのでグレートソードじゃなくてブロードソードに盾になりますけど」
「あらー……この時期でスタイル変更は大変じゃない?」
それには微笑で答える。
「マリウスくん、出がらしなんて言われているけど、ちっともそうじゃないから、ね」
受付のお姉さんが俺の手を取って言う。
「ありがとうございます。でも、気にしてません。事実ですし」
「事実って……」
「オスカー兄さんは筆頭でした。同じ英雄パーティのスヴェートベル家の二人も、学年筆頭です」
〈今のマスターなら楽勝なのに〉
仕方ないだろう。この段階で尊大に振る舞ったらバカだよ。実績がないんだから。
ガーランドの声に心のなかで反論。
〈ま、さっきのデカブツ相手に存分に力を振るうことでマスターの実力を示すのです〉
それもしないんだけどな。第六種戦闘、限定解除なしの予定。強化も防護円環もなし。純粋な技術のみで戦う予定。
「では、予定が決まり次第呼び出しをしますのでお願いしますね」
「はい」
丁寧にお姉さんに礼をして、校舎へ戻る。