初戦
〈あらあら、まあまあ〉
覗き込んだ部屋の様子を見て、ガーランドがそうつぶやく。
ゴブリンの群れざっと20体と、大きなゴブリン1体。
通常、ゴブリンは60cm程度の大きさだが、こいつは120cm近くある。
「ゴブリンロード……管理ダンジョンに湧くこともまれにはある、とは聞いていたけど、そのまれ、を引いたのか」
〈ちょうどいいわ〉
「ちょうどいい……?」
〈マスターに、私の力を見せるのに、ね〉
「何をする気だ?」
俺の問いに答えず、ガーランドはしばらく沈黙している
〈一時的に指揮権を取得〉
包帯で巻かれた手の甲が薄く赤く光って見える。
〈第三種戦闘。強化開始。防護円環展開〉
全身が薄く赤く光る。
「な……んだ……これ、は」
〈身体能力の強化と、物理・魔術双方の防御の付与を行いました。さあ、行きましょうか〉
結果だけを見ると圧勝だった。体のキレもそうだが、そもそもガーランドの言う防護円環が桁違いの性能だった。後ろから殴られようがすべて受け止め、弾き返す。
〈ふふふ、素晴らしいわ、マスター〉
「は?」
〈あなたの魔素を引き寄せる力は優秀なのよ。結果魔力が豊富にある。防護円環の維持にはかなりの魔力がいるのよ〉
「出がらしだからスカスカなのかもしれないな」
自嘲気味に笑う。
〈いいえ。あなたは選ばれたのよ〉
ゴブリンロードから魔核を取り出すと死体は瘴気となって消えていった。
「ま、これに腕を砕かれた設定でいくか」
〈そうですわね、それがいいと私も思うわ〉
ダンジョンを抜けたあとは大騒ぎだった。
第三学院とはいえ、生徒の左腕が砕かれた。相手はゴブリンロードとその群れということで管理責任が問われた。
こっちはとりあえず「自分で治すので構わないでくれ」と押し切って食料と水、着替えを持ち込んで自室に籠もる。扉を封印で厳重に固めてエマですら中に入れず、三日間ただひたすら部屋で過ごした。
部屋でガーランドにレクチャーを受ける。
強化の効果。その時の体の動かし方と、そのための訓練方法、そして訓練実践。
防護円環の維持の方法。
空間に無数に漂う魔素を集めるための領有魔法具の作り方と設置方法。
阻害魔術の種類と使い方。
ガーランドが扱える速攻魔術、妖術の説明。
戦闘モードの説明。
とにかくガーランドは高性能であることがわかる。どうなっているんだ、これは。
〈私は魔法具の一種ですよ〉
「それで片付けていいとはとても思えない。そしてなぜ俺に手を貸す?」
〈さあ、私にもわかりません。製作者が誰なのかもわからないのですし。手を貸すのは、選ばれた人だから〉
「選ばれた?」
〈そう。私の声が聞こえる人はそれほど多くないんですよ。世界に一人いるかどうか……そのように作られているんです。理由はわかりませんけどね〉
「マリウス! 無事なの⁉」
俺の施した扉の封印をぶっちぎって母さんが突っ込んできた。出がらしじゃ聖女には勝てないよな……。
「まあ、ね。今出来上がったところ」
ガーランドを見せる。
母さんは口に手をやり、そのまま涙する。
「おお、おお、なんてこと! 私がいれば……」
「過ぎたことはしょうがないし、まあ、大丈夫だよ。普通に生活はできる、と思う」
後ろから親父が入ってきていた。
「そう……か」
親父は俺の左手を見て、小さくつぶやいた。
「ところで、兄さんの勤務地の視察はいいの?」
親父は俺の肩を掴んで怒鳴る。
「息子が大怪我をしたんだ! 飛んでくるに決まっているだろ!」
「どう聞いてたのさ?」
「ダンジョン演習でゴブリンロードとゴブリンの集団との戦闘において、左腕再起不能状態」
「あー……まあ、あっているね。だからこれを作ったんだけど」
左手をニギニギと動かす。ガーランドは俺の意思の通りに動く。
「なんだ、これは……」
「魔法具だよ。腕の筋肉で指の開閉ができるようにした。慣れるためにずっと籠もって練習していたんだよ」
ということにしてある。
「お坊ちゃま、お風呂の準備ができておりますよ」
エマが扉の外から俺に声をかける。
「あー、うん、わかった。入るよ」
ゆっくりと風呂に入って体をしっかり洗う。体は拭っていたものの三日風呂に入ってないからかなりさっぱりした。
風呂からあがると、食事の準備ができていた。
親父も、母さんも席についている。
一緒に飯を食うのは、兄さんの卒業後、地方勤務へ出立する前日の夕食以来、か。
「で、どうだ?」
親父がよくわからん質問をしてくる。
「どうだ、って何が?」
「第三学院主席とは聞いている。今回の怪我があったとしても、そのままいけるのか」
「たぶんね」
左手でフォークを握り込んで不器用に肉を切りながら答える。
「そうか」
コンラート・ベルゲン。通称、帝国の剣。見た目は優男だが自分の背丈程もあるグレートソード『魂砕き』を振り回す。
よくもまああんなクソ重たいものをと思うのだが、『魂砕き』は所有者を選ぶ、と言われている……選ぶ……?
そうか、俺も選ばれた、というのは、そういうことなのか。
母さんの『光の杖』もまた所有者を選ぶと言われていて、だからこその英雄パーティなのだと。
なるほど、そうか。
「ならば、学院対抗戦には出るのだな」
「まあ、その予定」
「去年は第二学院には勝てたが、第一学院には負けたな。一昨年は第二学院に負けた。まあ勝ったり負けたりだが、それはそれでいいと私は思う」
ソフィアは化け物だ。
賢者は集中力を乱されると魔術は立ち消える。このため敵対する前衛職は全力で賢者を狙い、逆に賢者のパーティメンバーは全力で賢者を防衛する。これが普通の流れだ。
ソフィアはその常識を覆す。詠唱中にも関わらず回避したり、手にした杖で攻撃を受け流す。しかもまたこれがレベルが高い。虚実織り交ぜても攻撃が当てられない。
だからこその学院筆頭であり、個人戦無敗なのだ。
そう、今までなら。
「今年は、すべて勝つさ」
俺の言葉に動きを止め、こっちを見る親父と母さん。
「ほう……その心意気が重要なのだよ。その心の持ちようが、奇蹟を生み出す」
「大丈夫よ。母さんはその努力を認めるわ」
ああ、やはりそうなんだな、と思う。兄さんは優秀だったが、出がらしの俺には何も期待していない。
フォークとナイフをそっと起き、水を飲む。
「三日三晩、これを作るのにかかってて、ちょっと調子がおかしいんだ。食欲もいまいちだし、もう寝るね」
返事を待たず、部屋に戻った。