邂逅
俺に向けられる視線は、哀れみか、あるいは蔑みか。
後3ヶ月で卒業予定だが、未だにカイに勝てない。
兄さんは地方での勤務が終わり、俺の卒業直後に中央に戻ってくる予定だそうだ。
両親はもともと忙しい人だったが、ここ二年ほどはまともに顔を見ていない。おそらく落ちこぼれの俺の顔など見たくない、とそういうことなのだろう。
結果、だだっ広い屋敷で、メイドのエマとともに過ごしている。
「お坊ちゃま、そろそろお時間ですよ」
ベッドからのそのそと這い出て、制服に着替える。
「今日は野外のダンジョン演習じゃありませんでしたか?」
エマの言葉にため息を付いて制服を脱ぎ、キルトを来てチェインメイル、その上から胸にプレートをかぶせる。壁のグレートソードに手を伸ばしかけ、ダンジョン演習だったので普通のブロードソードとターゲットシールドをつける。
オープンフェイスの兜をかぶる。
「そうやって見ると一端の戦士なんですけどね」
エマの言葉には棘がある。
ため息で返事をする。
「じゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて」
ダンジョン演習は帝国によって管理されたダンジョンで訓練を行う、学院の必修カリキュラムの一つ。俺はこれが嫌いだ。
理由は「英雄の子のくせに」と言われるから、だ。
そのせいでだいたいソロ。ソロはとにかくキツい。
ため息をつきながら郊外のダンジョンへ向かう。
「事前登録のあったパーティ単位で入れ」
入り口に立つ教師に生徒たちがカードを提示してダンジョンへと飲み込まれていくさまをしばらく眺める。
「マリウス! またお前今回も一人なのか」
「私と組もうなんて奇特な人いませんよ」
肩をすくめて答えると、教師もため息で答える。
「ま、気をつけろ。死なない程度にやってこい……とはいえここならまあ大丈夫だがな。お前、主席だし」
「はあ」
気の抜けた返事をしてダンジョンへ潜り込む。
管理されているダンジョンはほんのり明るい。床には踏み荒らされ、倒されたモンスターたちの残骸が残っていたが、それも徐々に消えていく。
ダンジョン内に渦巻く瘴気がモンスターを生み出し、また死んだモンスターは瘴気となって吸い取られる。瘴気のもとは20年ほど前に倒され、世界中に飛び散った魔王のかけら、らしい。
世界各地にとんでもない量のダンジョンができているんだから魔王ってのは強力だったんだろうなあ、とぼんやり考えながら歩いていく。
それにしても、どうしたものかな。
このまま行くと一応主席なので年度終了直前に実施される学院対抗戦に出る羽目になる。
第一学院はソフィア・スヴェートベルが筆頭と聞いているので彼女は確実に出てくるだろう。
実に気まずい。
当日、腹痛で休もうか。
そんなことをぼんやりと考えていて注意力が散漫だった。
罠を踏む感触。
「ちっ」
舌打ちしたときには視界が暗転し、そして空間の歪みを感じる。
「転移罠⁉」
管理ダンジョンには似つかわしくない罠に引っかかり、そして気を失った。
どれくらい気絶していたのだろうか。よくわからない。
暗闇だ。仕方がないので生活魔法の一つ、光明をキャスト。
……光らない。魔力の消費は感じるが、闇を押し戻せない。なぜだ。
〈おや、これはこれは……珍しいお客様ですね〉
冷たい女声が響く。
「失礼しました。学院のダンジョン実習で罠に引っかかってここに飛ばされました」
人の気配は全くしないが、声のした方に頭を下げて挨拶する。
〈あら、そうなのですか……ふうん……あなた、面白いわね〉
相手の声に微妙に侮蔑の香りを感じる。
「それはどうも。なるべく早くここを立ち去ろうと思いますが……ここはどこなのでしょうか?」
〈どこでもないどこか、ってところかしらね……あなたはね、選ばれたの〉
微笑を含んだ声。いや、冷笑か。
〈出がらし。それはあなたの評価として適切なものかしら〉
「どういう意味ですか?」
〈一つ質問をするわ。あなたの光明、なぜ失敗したのかしら? 基本魔術なのに〉
「……魔力の消費はありました。よくわかりません」
〈でしょうね。阻害魔術って、知ってる?〉
「眉唾な伝説の一つですね。究極の魔術という……まさか……」
〈ふふっ。さあ、ね〉
沈黙が場を支配している。その沈黙を破ったのは冷たい女声だった。
〈さて、ここで私から提案。あなたに阻害魔術を与えると言ったら、あなたはどうする?〉
「……代償は?」
〈あなたの左腕。ああ、大丈夫よ。ちゃんと代用品はあげるから〉
「代用品?」
〈そ。義手よ。ふふ……見た目はちょっとアレだけどね〉
対抗戦の対戦相手には賢者のソフィアがいる。魅力的な提案。そして出がらしである俺がどうにかなったところで悲しむ人間はいないだろう。
「その提案、受けました」
〈ふふふ。承りました。ではあなたの左腕を貰い受けますね〉
直後に熱い感覚が腕に。激痛にのたうつ。意識が飛びかける。
しばらく痛みに耐えていると、周囲の闇が消えていった。痛みも消える。左腕を見る。
肘の先のところから黒い腕。右手で触る。硬い。そして右手で触れている感覚がちゃんとある。
黒い左手の甲には丸いガラスが埋められている。
自分の意志で左腕の指、手首は自在に動く。なんだ、これは。
〈よろしく、マスター。私はガーランド。知性魔術装置のガーランド〉
左腕の甲の丸いガラスが赤く光る。先程の冷たい女声が正面から響いてきた。左腕のあった位置ではなく、真正面から。
〈私の声はあなたにしか届かない〉
「盾はどうしたんです」
〈一緒に食べたわ。ミスリル製で美味しかった。あなた、やはりお坊ちゃんなのね〉
「……まあ、そうですね」
〈ああ、そうそう。あなたは私のマスター。だから丁寧な言葉遣いは不要よ。では、行きましょうか〉
「どうやって?」
〈妖術展開〉
左手の甲のガラスが強く赤く光る。
〈転移〉
空間の歪みを感じた直後、あの罠を踏んだ位置に戻っていた。
「……左手をどうするか。折れたことにする、か」
バックパックから包帯を取り出し、添え木を当ててぐるぐる巻にしておく。
〈あら、ひどい〉
「粉砕骨折で整復不能、魔法具で義手を作った、って感じで行くしかないかな」
〈まあまあのストーリーですわね。あなたの才能ならそれくらいはできそうですし〉
「そりゃあ、どうも。じゃあそういうことで少し探索をしてから帰るとするか」