第三話 彼女は雄弁を夢見た#C
夜。天祥学園の外、都会的な町並みを誇示する奏野市は電光で溢れかえっているのだろうが、学園内は違う。
少なくとも、二つある校舎の電灯は消え、教員は教員用の宿舎、生徒は学生寮にいる。定期的に警備員が通ることを除けば、校舎には誰もいない……はずだった。
第二校舎。主に移動教室で使われるその校舎の一階には、多目的倉庫と呼ばれるスペースが存在する。主に体育祭や文化祭で使われる装飾品などが置かれている場であり、恐らく校内で一番開かれることの少ない部屋だ。
そして、倉庫の更に地下。普通の人間ならば立ち入るどころかその存在を知ることもできない空間がある。
その空間―――自らの工房で、ロザリオは一心に何かを書き記していた。古びた羊皮紙にインクを走らせ、文字を綴る。
部屋の灯りは、彼の向かう机に置かれたランタンのみ。正確に言えば、魔法によって火を灯すそのランタンが部屋の壁にあと三つほどかかっている。あえて一つの灯りに頼るのは、ロザリオが暗い場所に慣れているからに他ならない。
「……もうそろそろか」
懐から懐中時計を取り出す。時刻は二十一時四十分を指しており、もうすぐ学内の消灯時間……そして、人間の踏み込めない時間になることを表していた。
ペンを置き、ローブを羽織る。舞華と律軌を見守り、サポートするのがロザリオの役目だ。
「……律歌……彼女達は死なせない。どうか、見ていてくれ」
祈るように独り言ちると、倉庫へ続く階段を進む。
その途中で、ローブの中に入れた緑色のブローチを握り、もう一言呟いた。
「叶うことなら、もう一人……一緒に戦ってくれる者がいれば」
✩
入浴を済ませ、美南と別れたあと。舞華は不安を抱えながらも眠りについた。浅い眠りが深く落ちそうになったその時、神経に妙な感覚が走る。
「っ!」
魔法少女になってから、謎の声が聞こえることはなくなった。初めて感じる悪魔の魔力に吐き気のような嫌悪感を覚えながら、舞華は跳ね起きる。
消灯時間は過ぎている。ベッド下のスマートフォンで時刻を確認すると、二十二時三十分の文字がディスプレイに浮かび上がる。
「美南ちゃん……!」
ブローチだけを握り締め、パジャマ姿のまま部屋の扉を開け放ち、真っ暗な寮の廊下を駆け抜ける。気配は中庭から走ってきている、手遅れになる前に儀式を止めなければ。
―――一方で、舞華の立てた足音を、ただ一人耳にした者がいた。
「足音……誰でしょうか……消灯時間は過ぎているのに」
部屋を出て確認するべきか。しばらく迷った末に諦め、ベッドへ倒れこむ。万が一警備員に見つかったり、防犯カメラに捉えられたりしてしまえば自分も校則違反だ。そうなってはたまらない。
意味もなく天井を見つめながら……優乃は小さく呟いた。
「またですか……眠れないのも困りものです」
 




