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第三話 彼女は雄弁を夢見た#B

 昼休み。舞華は優乃と共に昼食を終え、午後の授業の準備に取り掛かっていた。


「うー、物理かぁ……」

「苦手ですか?」

「私、理数系はほぼ全滅……入試も文系科目に助けられて受かったくらい」

「それは大変ですね」

「……ゆのちゃんは?」

「私は……体育が苦手ですね」

「座学の苦手はないんだ……物腰といい知崇礼卑(ちすうれいひ)というかなんというか……」


 物理の教科書とノートを机に出し、ふと舞華は気が付いた。律軌が教室の中にいない。

 購買で昼食を買ったのだろうか。購買はしっかりと数が確保されているために、スーパーのような争奪戦が起きることはないと聞く。否、だとしてもこの天祥学園において、教室以外に食事をとるような場所はないはずだ。階段で食事を取ったり食べ歩きをしたりすれば、どんな目に遭うかもわからない。

 もしかすると、自分の知らないところで悪魔と戦う準備を進めているのかも知れない。

 背筋が冷える感覚。一人で危険に陥ってはいないか、そんな邪推が水流のように止まらない。

 いてもたってもいられなくなった舞華は、ブレザーの胸ポケットに入れたブローチへと意識を集中させる。


『リオくん……聞こえる?』

『舞華。どうかしたのかい?』

『律軌ちゃんが教室にいなくて……どこにいるか知ってる?』

『律軌が……僕にはわから……』


 わからない。そう言おうとしたのであろうロザリオの言葉が途切れる。次の言葉が発されるまでの時間が、嫌に長く思えた。


『……講堂に、いるのかも知れないね』

『講堂……なんで?』

『……僕の口から話すことはできない。会いにいくことも勧められない』

『……その理由、聞いてもいいかな』

『彼女の……家族に関係することだからだ。他人が踏み込んでいい領域じゃない』



 ―――講堂。天祥学園の少ない生徒数に対して多すぎる数百人分の席と大きなステージは、まるで外の世界と遮断されたかのような静けさに包まれていた。昼になって、傾いた陽光が差し込んでいるその光景は、一枚の絵画の如き美しささえ感じさせる。

 果たして、その儚さの中に一人佇む宮下律軌が、なぜここにいるのか。それを知る人物はごく少ない。


「…………」


 律軌は、ブレザーのポケットからブローチを取り出す。確かめるように、おもむろにそれをステージの床へとかざすと、ごく僅かだが魔力の痕跡に反応した。

 反応はまだ三ヶ月と経過していないもので、二種類。魔法少女と―――()()()()()()()()


「……そう。本当にここだったのね」


 小さく呟くと、律軌は講堂の出口へ向かう。扉を開けたあと、一度だけステージへ振り向いてから、講堂を後にした。

 教室へ続く廊下を歩いていると、数人の生徒とすれ違う。水色のリボンを見る限り、二年生だろう。その中の二人が、律軌の顔を見て血相を変えた。

 すれ違い、遠ざかっていく中で話し声は嫌でも耳に届いてしまう。


「ねえ、あの子、宮下さんに……」

「一年だよね。妹とかかな……」

「……なんで天祥来ちゃったんだろうね……」

「……もしかしてあの子、講堂行ってたのかな……」


「……宮下さんが亡くなったのって、講堂のステージだったよね……」



 放課後。舞華は優乃に悟られないよう律軌の元へ行く。


「儀式が始まれば、ブローチを通じてわかる……んだよね」

「ええ」

「わかった。じゃあ、始まったらその時は」

「言うまでもないことよ」


 神妙な面持ちで頷く。いざ悪魔が現れると知ってから、舞華の中でどこか張り詰めたような感覚は拭えないままでいた。

 その時、後ろから優乃に肩を叩かれる。


「まいちゃ」

「うぉわぁ!」

「ひゃっ!? そ、そんなに驚かなくてもいいんじゃないですか……?」

「叩く前に声かけてよぉ……」

「はぁ……」


 跳ねるように驚いた舞華に、周囲の生徒までが釣られて驚き、教室から笑い声が上がる。

 舞華も誤魔化すように苦笑したあと、優乃に向き直った。


「で、なんだっけ」

「美南さんとお料理するんでしょう? 話しかけようとしていたので」


 見ると、優乃の後ろで美南がもじもじとしている。どうやら舞華の様子を見てか、空気を読んで……というよりは怖気づいて話しかけられなかったようだ。

 律軌に軽く手を振って、美南と向き合う。


「じゃ、買い出し行こっか!」

「い、いいんですか……?」

「大丈夫! 大船に乗ったつもりで!」

「は、はあ……」


 ……断らなくて、いいんですか。本当はそう言いたかった美南だが、舞華に手を引かれて教室を出て行く。

 その様子を見送ったあと、残された優乃が律軌に問いかけた。


「律軌さんは、今晩何を食べるんですか?」

「……あなたには関係のないことよ」


 律軌としては、触れて欲しくない話題でもあったため、あえてぶっきらぼうに返したつもりだった。しかし優乃はそうですね、と笑顔で返して教室を出て行く。

 どこかやるせ無さを覚えながら、律軌は寮へと向かった。



 スーパーマーケットの中。既に惣菜争奪戦は終わったのか、幽鬼の如き足取りで歩く上級生がちらほら見える。

 そんな中を、舞華と美南はカートを押しながらゆっくりと足を進めていた。


「美南ちゃん、料理の経験はあるんだっけ」

「ぇ、はい……ない、わけでは、ない、です……自信は全然ないけど……」

「自分であるって言えるぶんマシだって。結構未経験の子も多いしさ」


 努めて明るく、怖がられることのないように。舞華はそう意識しながら美南に言葉を投げる。

 もし、本当に美南の意思が弱ければ、ここまで自分についてきてはくれないはずだ。一緒に来てくれる分、頼りにされている。そう信じて話していると、遂に美南の方から舞華へ話しかける。


「姫音さん、って、凄いですね」

「え、どこが?」

「私、こんな性格だから……小学校でも中学校でも疎まれちゃって、中々友達、できなくて……」


 確かに、美南の引っ込み思案は少々過剰だ。しっかりと向き合う気でいなければ鬱陶しく感じることもあるだろう。

 舞華は頷いて、次の言葉を促す。


「でも、姫音さんは、ちゃんと私の話、聞いてくれるし……話してて、すごく、楽になるっていうか」

「そう言ってくれると嬉しいな」

「よ、良ければこれからも、よろしくお願いします……」


 そう言うと、美南は深々と頭を下げる。クラスメイトとの会話、というには些か不釣り合いな動作に、思わず舞華は失笑した。

 それから二人は材料を買い込み、寮の中にある舞華の部屋へと運ぶ。買ったうちの半分は、美南が今後一人で練習するための材料だ。


「えと、今日のメニューは……」

「うん、今日は豚肉の生姜焼きを作ります!」

「は、はい……!」


 材料を並べ、早速調理に取り掛かる。

 まずは米を一合取り出し、ざるに入れて研ぐ。あとは水と共に炊飯器に移し替えてスイッチを押すだけ。

 そしてメインの生姜焼き。豚のロースをパックから取り出し、食べやすい大きさに切って塩胡椒で軽い下味をつける。その片手間に、醤油や砂糖、生姜といった調味料を混ぜ合わせておく。

 さらに、肉の表面に片栗粉をまぶして下準備は完了。


「さて、火使うよ」

「わかりました」


 調理器具やサラダ油などは、入居直前に学校側が揃えてくれている。少し特殊な調理器具でも、相談すれば貸出してくれる場合もあるそうだ。

 コンロに乗せたフライパンに大さじ二杯分程度のサラダ油を入れ、全体を熱する。熱くなってきたところで肉を並べて投入し、片面ずつ焼きいろがしっかりつくまで焼き上げる。

 両面が焼きあがったところで、用意しておいた調味料を入れて火を弱める。弱火のまま暫く熱したら完成。


「はい、これだけ」

「結構簡単……なんですね」

「そうだね。今の時代ネットのレシピも豊富だし、とりあえずレシピ通り簡単なものが作れるようになれば問題ないと思うよ」


 そう言いながら、舞華は出来上がった生姜焼きにレタスを添えて素早く綺麗に盛り付ける。その手際の良さを見て、美南は目を丸くして驚いた。


「姫音さん、盛り付けが綺麗……」

「子供の頃からやらされてたからねー、一人で食べるならいざ知らず、人の目に触れるものだからできるだけ見た目も良くしたいじゃん?」


 喋りながら舞華が食器棚を開くと、狙ったかのように炊飯器が炊き上がりを知らせてくる。わかっていたかのように舞華はすぐさま茶碗を取り出し、炊き上がった米を盛った。


「さ、食べよっか!」

「は、はい! い、いただきます」

「いただきまーす」


 美南が箸で肉を掴み、口へと運ぶ。すると、途端に程よく焼けた豚肉の濃すぎず薄すぎない適度な味が舌全体から伝わってくる。

 ……美味。ただそれだけが一瞬にして彼女の脳内を支配し、ある種のノスタルジーすら感じさせる。そういえば、家で食べていた懐かしい味に似ている。思わぬ場所で思わぬ味に出会ったせいか、しばらく面食らったように呆然と咀嚼を続けてしまった。


「どう?」

「……お母さんの、味が、しました」

「えっ、あ、似た味付けだったのかな?」

「たぶん……すごい、です」


 目を輝かせて、少しずつだが急くように食を進める美南を見て、舞華はほっと息をつく。

 悪魔に憑かれているとは言え、まだ彼女は普通の人間なのだと再確認できたような気がした。


「これ、本当に私でも作れるんですか……?」

「うん、大丈夫。レシピは渡すし、味付けは自分の好みで変えちゃってもいいからさ」


 しばらく雑談を交えながら夕食を食べ進め、舞華が先に食べ終える。

 ご馳走様、と手を合わせる舞華を見て、美南が小さく呟いた。


「……姫音さん、明るくて礼儀正しくて……」

「ん?」

「……さっきも言ったんですけど、私、昔からこういう性格で……その、できたら、直したい……ん、ですけど」


 しどろもどろになりながらも、自分を変えたいと伝える美南。舞華は節々に相槌を打ちながら、しっかりと彼女の言葉を聞いていく。

 次第に落ち着いてきたのか、話し終える頃には美南の語調も平常に戻ってきた。


「やっぱり、私みたいな性格の人って、疎ましいんでしょうか……。明るくなれたら、もっと、友達とかも増えて……」

「美南ちゃん」


 はっと顔を上げた美南の眉間に向けて、舞華は指をさす。何か言われるのだろうか、と身構える美南に向かって、柔らかい語調で諭した。


「空き樽は音が高い、とも言うよ」

「……? それは、どういう……」

「よく喋る人ほど中身がない、って例え。確かに、美南ちゃんはゆっくり話すし、慌てちゃうタイプだと思う。でも、それは決して短所じゃない、と私は思うな」


 相手に合わせて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。それは紛れもない舞華の本心であり、美南を大切な友達と思っての言葉。


「ゆっくりでも、自分の伝えたいことを順序だててわかりやすく話せればそれでいいんだよ。明るい人が正しくて暗い人が間違ってる訳じゃない」

「……はい。そうですね」


 美南の表情が、柔らかくなっていく。

 相手の逆鱗に触れないように諭すのは、舞華にとっても賭けだった。付き合いの浅い相手、抱えているものを知る由もない。そんな状況でありながら、知った風を装って説教するなど本来ならば言語道断である。

 それでも舞華は、美南の不安を少しでも拭いたかった。例えそれが、悪魔との戦いにおいて何の意味を成さないとしても、堀内美南という一人の人間に寄り添うことを選んだ。


「さ、片付けてお風呂入ろっか」

「あ、はい。 ……その、ありがとう、ございます」

「大丈夫。不安になったら、私が守るから!」


 ―――守ってあげる。そう言わなかったのは、自分が勝手に守るから。

 笑顔の裏で覚悟を決めた舞華は、美南と共に食器を片付け始めた。

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