第二十一話 あなたらしい歌声で#B
昼休み。いつも通り二人で昼食をとる優乃と皐月だが、今日は様子が違った。
「……気付いていなかったのですか」
「なんですかその顔はっ!」
周囲に……特に舞華には気取られないように、優乃は強く言い返す。
優乃としては、ただ宮野に言われた言葉を話の種として出しただけで、悪い冗談を言われたとしか思っていなかった。しかし、それを聞いた皐月は心底驚いた顔で言葉を漏らす。
実際、皐月からしてみれば、今まさに顔を赤くして声を荒げている優乃にその自覚がないとは思えなかったため、完全に素で驚いているのだが。
当人に自覚がないのなら仕方なし、と皐月は箸を置き、頬を引き締めて言葉を紡ぐ。
「ですが実際、かなりわかりやすいかと」
「っ、私がですか」
「ええ。私と話していても舞華さんの話題は多いですし、よく視線は送りますし」
「それは……付き合いの問題で」
「あだ名で読んでいるのは舞華さんだけですよ?」
反論を潰す勢いで淡々と自覚していなかったサインを告げられ、優乃は行き場のない感情に襲われた。何かに当たる訳にも行かないため、目の前の弁当をとにかく口に運び咀嚼する。もはや味もわからない。
自分の感情がどうであれ、他者から見ても容易に想像がつくような立ち振る舞いをしているというのは、まるで好きですと言って回っているようなもの。彼女でなくても恥ずかしい話だ。
それに、そう見えると言うことは自覚がないだけで本当に舞華を―――
「んぐ!」
「大丈夫です?」
「……舌を少し」
「噛んでしまいましたか」
どうにも思考に意識を持って行かれてしまう。食べ終えるまでは考えないようにしよう。そう考えながらも、優乃は釈然としない表情で速度を落として咀嚼を続ける。
そんな様子を見ながら、皐月は密かに微笑んでいた。
―――可愛いところがあるんですね。
「……人のこと言う前に、皐月さんはどうなんですか」
「芽衣は親友です。友情はあっても恋慕はありません」
「むぅ」
☆
「ゆのちゃーん? おーい」
「ふあい!?」
「うぇ、っとと、通り過ぎてる」
夕飯の買い出し中も、二人から指摘されたことが優乃の思考を阻み続けている。それにこれが一人ではなく、問題の舞華と一緒なのだから大変。顔を覗き込まれ大声をあげてしまった。思わぬ反応に舞華も後ずさる。
明らかに朝と比べてどこか上の空。そんな露骨な変化は舞華もすぐに感じ取っていた。
―――最近二人とも調子よくなさそうだな……
優乃の様子に加えて、今朝の律軌も心配になった舞華は、よし、と小さく呟いて優乃に問いかける。
「今日は律軌ちゃんと三人でご飯食べよっか」
「え、あ……はい」
「うんうん、今律軌ちゃん誘うね」
舞華が律軌に向けて念じるのを聞きながら、優乃は余計な心配をさせた、といたたまれない気持ちになった。普段から三人で夕食をとることは少なくないのだが、今日は明らかに心配させたことが原因だ。
上手く感情が処理できず、もどかしさからカートの持ち手を強く握る。自分はここまで簡単に動揺するような人間だったのか、と大きくため息をつき視線と肩を落としていると、後ろから声をかけられる。
「あら、優乃ちゃんに舞華ちゃん!」
「宮野先生……」
「あ、先生こんばんは~」
優乃からすれば、今日の不調の元凶である宮野がそこにいた。思わず睨みをきかせそうになったものの、相手に悪気はないのだからと思い直し、なんとか堪える。
宮野は数点の食材が入った買い物かごを持ったまま昼と同じ調子で話を続け、舞華も笑顔でそれに返す。スタイルのいい宮野とスーパーで買い物という状況はどこかミスマッチにすら見えた。
「これから二人でご飯かしら?」
「律軌ちゃんも今誘ったところです」
「あらあら、仲良しでいいじゃな~い!」
他愛もない話をする舞華と宮野を横目に、ばれないようため息をつく。今朝までは舞華と普通に話せていたのに、今では顔もまともに見られない。
―――別に、好きと決まった訳でもないのに。
心の整理がついていないだけ、と何度も言い聞かせてみるも、気持ちは一向に落ち着かない。むしろ心臓は嫌な早さで動くばかりだ。
そんな中、宮野がおもむろに背後から歩み寄り、ひっそりと問いかけてきた。
「どう、上手くいきそう?」
「っ!」
反射的に本気で睨み返してしまう。誰のせいで今こんな気持ちに、という行き場のない怒りをついぶつけてしまった。
しかし、鋭く細められた目はすぐに大きく開き、息を呑むことになる。奇しくも、強く睨んだことがきっかけとなり優乃は気付いた。
宮野に悪魔が憑いている。
「っ……!」
「あらら、そんな怖い顔しないで」
『まいちゃん!』
こうなれば何に構っている暇もない。今の今まで気付けなかったということは、それだけの力を持った悪魔である危険性が高い、ということは、舞華やロザリオから聞いている。
感じた力からするに、今夜すぐには出てこない、だが対処が遅くなってはいけない。優乃からの念を受け取った舞華はすぐに事情を察し、強く頷く。それから一度深く呼吸を整えて、笑顔を作り宮野に言った。
「せっかくですし、先生も一緒にどうですか? ご馳走しますよ!」
「え、いいの? それじゃご一緒して自慢の料理、いただいちゃおうかしら!」




