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第二十話 思い出すのは影か陽か#C

 かくして、少し歩いては早いと言われ、しかしそれでも急がねばならないという歯がゆい状況の中、舞華と律軌はなんとか寮を抜け、校舎へと入っていった。

 消灯時間を過ぎ、生活の活気が抜け舞台セットのように時が止まった廊下。もはやこの四ヶ月で見慣れてしまった、のだが。

 一度スイッチが入ると慣れも何もなくなってしまうらしく、律軌は露骨なまでに震え始めていた。


「二人共! ……大丈夫かい?」

「あー、私は」

「私が駄目みたいな言い方しないで」


 追って校舎へ入ってきたロザリオも、これは本当に触れない方が良さそうだなと察した。できるならば今すぐにでも逃げ出したいとわかるほど腰が引けている。否、抜けそうなのかもしれない。

 しかし、相手が使い魔であっても事態が一刻を争うことに変わりはない。


「律軌ちゃん、ほら、変身」

「あ、ああ、ああそうね、そうよ。別に問題ないから」


 促されたことで、とてつもなく名残惜しそうに舞華のパジャマから手を離し、律軌はどうにかブローチの中からギターを取り出す。対して舞華は一歩前に出ると素早く詠唱を始めた。


《魅せよ、第一の舞・契約の主天使達! 悪を打ち砕き、正義を貫く我が身に光を! ドミニオンズ!!》

《轟け、第一の戦慄・契約の能天使達。掟に従い、悪しきを正す我が手に武器を。エクスシーアイっ!》


 装いを変え、武器を手にして。それでもなお恐ろしいのか、律軌の震えは止まらない。普段の様子からは想像もできないほどの怯えようで辺りを見渡している。

 これは早いとこ片付けないとな、と思い直した舞華は気配のする方、三階の端へと走り出した。

 しかし、律軌にとってその行動は完全に予想外だったようで、引けた腰のまま弱々しく舞華の背中へ手を伸ばしたものの、間に合うはずもなく置いていかれてしまった。

 言葉にならない音を漏らしながら狼狽する律軌に、ロザリオはどうにか言葉をかける。


「えっと、律軌。辛いなら休むかい?」

「ふ、ふざけないで、それ、それで姫音舞華に、何かあったら、ど、どうするの」

「確かに、君がこんな調子で何かあったら優乃もなんと言うか」


 何気なく放った言葉。ロザリオとしては、友人である優乃の名前を出すことで少しでも気を紛らわせつつ、戦闘に向かうようにという気遣いと誘導を込めたものだった。

 だがそれを聞いた刹那、律軌の脳裏に思い浮かんだのは普段通りの笑顔、で謎の殺気を発しながら棘のついた鈍器を振り回す優乃の姿だった。

 ―――それで? まいちゃんが怪我をしてしまった時に? あなたは何をしていたんですか?

 ―――怯えて? 何も? してなかったんですか?


「急ぐわよ!」

「わぁっ、急だな君は!」


 力強く拳銃を握り直すと、律軌は空いた左手でロザリオの腕を掴み全力で階段を駆け上がり始めた。あまりにも唐突に、魔法少女の力で引っ張られたロザリオの体が少し浮く。

 一階廊下からひとっ飛びで踊り場へ、返しのひとっ飛びで二階へ。軽やかでありながら力強いステップで飛び上がり、いざ三階へたどり着く。

 右を向いてすぐ、既に多数の使い魔の中剣を振るう舞華の姿を見つけた。相手は夢魔よりも下級の使い魔で、黒みがかった緑の肌色や、翼を持った人型という点は同じであるものの、取り立てて強いということはない。

 すぐにでも加勢し、終わらせなければ。律軌は颯爽と駆けつけるべく照準を―――

 ……合わせたところで、校舎の外で飛んでいた使い魔が大きな音を立てて窓に張り付いた。


「きゃあああぁぁぁぁあああぁあ!!」

「ぎっ……!」

「うぇぇちょっと大丈、あぁもう構ってる暇ないって!」


 幸いにも、舞華の言葉の後半は迫り来る使い魔に向けて放たれたものであり、律軌も人の言ったことが耳に入る状況ではなかったためにすれ違うことはなかった。ロザリオはと言うと至近距離で悲鳴を浴びた挙句、律軌が両耳を塞いでしゃがみ込んだため廊下に肩を打ち付ける羽目になったのだが。

 舞華は床へ剣を突き立てると、そこを重心に自分の体を振り回して多数の使い魔を蹴飛ばす。


「っ、律軌撃て!」

「どこを!!」


 けたけたと笑いながら襲い来る使い魔を見て、ロザリオが叫ぶ。目を開けたくない律軌はただ叫ぶしかない。

 すると、天使たちが見かねたのか律軌の右手はひとりでに動き出し、迎撃を始めた。

 駆け寄ろうとしていた舞華も、それを見てひとまずは安心だとばかりに新しい集団に向き直る。


「舞華! 窓から入って来ている、儀式は外かもしれない!」

「外ぉ!?」


 剣と手足を振りながらも、舞華は意識を校舎の外へと向ける。戦いながらではあるが、魔力の流れる源を探った。

 動いている使い魔ではない、その大元。動かずにそこにある大きな魔力。

 それは、二階と三階間の外壁。


「よっしきた!」


 目標を見つけた舞華は、まとわりつく使い魔を剣の一閃ではね退け、深夜にも関わらず開いている窓の縁に手をかける。そのまま窓の外へ飛び出すと、左手の力だけで自分を支えながら、思い切り反動をつけて真下の壁、そこにある魔法陣へ向けて剣を突き立てた。

 減っていく気配と音が収まって、はじめて律軌は顔を上げる。目が慣れても真っ暗な廊下の中、舞華を引き上げるロザリオの姿が見えた。


「ふー終わったぁ。儀式近くて良かった。律軌ちゃん大丈夫?」

「だ、いじょうぶ、よ。大丈夫」

「一人で帰れる?」


 ぐっ、という声と共に恨めしげな視線を送る律軌を見て、舞華はこらえきれなくなったように吹き出す。つられたのかロザリオも口元が緩み、律軌は思わず頬を少しだけ膨らませた。

 すぐにごめんと謝りながら、舞華は律軌の手を取って言う。


「ね、今日は一緒に寝ようか?」

「……意味がわからないわ」

「一人だと不安でしょ? 別に一日くらいなら気づかれないって」


 変身を解いた舞華の笑顔を見て、律軌の中でなにかが解けたような感覚がした。彼女がそれに気付くのはもう少し後のことだが、意識する前に自然と言葉に出していた。


「あなたがそう言うなら、そうするわ」

「ふふ、じゃ一緒に帰ろっか」


 先を行く舞華が、律軌の手を引く。そう言えば、昔はよく手を引かれて歩いていた。自分より少しだけ大きな手の暖かさが、まだどこかに残っている。



 その夜、律軌は久方ぶりに夢を見た。姉に手を引かれて夜道を歩いた、いつかの日の夢だった。



 翌日、優乃が寮へと帰ってきたのは昼過ぎのことだった。連絡を受けた二人は入口で彼女を迎える。


「おかえりー。羽伸ばせた?」

「ただいまです。ゆっくりできましたよ」


 一言目は笑顔で返した優乃だったが、次の瞬間ふとその表情が変わる。しばらく舞華と律軌の二人を交互に見て、不思議そうな顔で舞華に訪ねた。


「二人から同じ匂いがしますが、何かあったんですか?」

「うぇ、えー、さぁ? なんでだろうね?」

「知らないわ」


 声に出して驚いた舞華と、露骨に視線を逸らして髪をいじる律軌。

 その様子から誤魔化されたと判断した優乃は、一転して舞華に詰め寄った。


「何してたんですか」

「な、なんでもないって! あ、一昨日だっけ、シャンプー貸したから」

「髪じゃなくて全身です。柔軟剤も貸したんですか?」


 その後、数分かけて本当のことを聞き出すまで、優乃は離れてくれなかった。

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