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第二十話 思い出すのは影か陽か#B

 この時になるまで、舞華は律軌が怖がりであることをすっかり忘れていたのだった。否、確証を得た訳でもなく、もしかしてと思った時は悪魔により孤立させられていた。ごく僅かな状況証拠しかない状態で覚えていろという方に無理があるだろう。

 とはいえ、律軌からすれば怪談などもっての外であり、ただ誕生祝いと聞かされていたのが唐突にこれでは、


「一ヶ月も空いてるからおかしいと思った……そういうことだったのね」

「うぉお落ち着いて落ち着いて、知らなかったんだって……律軌ちゃん怖いのダメだったんだ」

「……悪い?」


 怒りを覚えて当然だ。強く睨み返され、思わず両手を上げて仰け反る。悪気があった訳ではないが、これでは舞華としても後味が悪い。

 ひとまず、この状況にあって彼女が取れる行動は一つだ。腕を下げ、顔を覗き込みながら尋ねる。


「じゃあ、先に帰る?」

「……そうしたいところだけど」

「だけど?」


 口を尖らせながら、律軌は不満げな視線を芽衣たちへ向ける。機嫌よくプリントアウトしてきた紙を取り出し、どれから読むかと話している様を見れば、確かに気が引けてしまう。

 せっかく自分のために準備してきたのだから、そこは甘んじて―――


「ここで帰れば明日から色々言われるんでしょう」

「そんなことははないと思うなぁ!?」


 普段の付き合いが薄い律軌からすれば、そう思ってしまうのも無理はないかもしれない。とはいえその極端な考えには、舞華としても突っ込まざるを得なかった。

 しかし、決めるのであれば早くしなければいけない。なにせ既に雰囲気が出来上がりつつあり、盛り上がってしまえば抜け出すのは至難の業となる。


「んー……私が上手く言っておくよ?」

「……怯えて逃げたと思われるのは……癪なのよ」

「結構イメージ大事にしてるんだ……」


 意外な一面、と思っている暇もなく。律軌としては聞きたくないが動きたくもない、ということはわかった。ぴんと立てた人差し指の先に唇を乗せ、どうしたものかと思案する。

 そもそも、芽衣と杏梨がそんなに怖い話を仕入れ、あまつさえ人が怖がるように話せるとは思えないが、感情は個人差。怖いのであれば仕方がない。であれば何も無いよりはと、舞華は美南に手招きした。


「な、なんでしょうっ」

「ブランケットか毛布みたいなのある?」

「あ、はい。わたしので、よければ」


 ソファの裏に置いてある荷物の中から、美南が若草色の膝掛けを取り出し、舞華に渡す。次いで舞華がそれを、律軌に対し包むようにして被せた。事情を理解していない美南と、何をされたのかわからない律軌は揃って首を傾げる。


「ほら、これならなんとなく……耐えられそうじゃない?」

「意味がわからないわ」

「あ、わかります……怖い時って、お布団にくるまると、ちょっとだけ、落ち着きます、よね」


 わからない、に対してわかる、と言われたことで、律軌はどういうわけか逃げ場を潰されたような気分になってしまった。しかし事実として、律軌の答えようのない要望に、舞華なりに対応した形がこれなのだろう。そう考えれば、これ以上わがままを言うわけにもいかない。

 むすっとした表情はそのままに、膝掛けを握る。ここから先は、律軌にとっては戦いだ。


「さーさ、それではまず一本目ー!」


 かくして、一時間半に及ぶ怪談の語り合いが幕を上げたのである。



 午後八時三十五分。怪談は終わり、誕生会の場は解散となった。今は芽衣や杏梨たちが後片付けに勤しんでいる。公共の場である以上、紙くずの一つでも残してはおけないだろう。

 さて、律軌はどうなったのかと言えば。


「……大丈夫?」

「そう見えるかしら」

「あんまり……」


 周囲にばれないよう努めてはいたものの、度々舞華の腕を掴んだり、わざとらしい大声に驚いたりと、少なくとも落ち着けていなかったことは確かだった。

 舞華からすれば、芽衣たちの集めてきた話はどれも少し作り話じみたものばかりで、人の怖がるような雰囲気を作るのも苦手な二人では、むしろ笑わないよう堪えていたほどなのだが。

 それでも、借りた膝掛けを強く握りしめる律軌の怖がりようは、見ていて心配になってしまうこと請け合いだ。このままで部屋に帰れるのだろうかとさえ思えてきてしまう。


「部屋まで送ろっか?」

「……そうね、頼もうかしら」

「ん、じゃあ私たち帰るね! 今日はありがと!」


 立ち上がり手を振ると、舞華は律軌に歩くよう促す。律軌もやっとのことで膝掛けを手放し、美南に返却してから歩き始めた。

 二人の姿が見えなくなったあと、せっせと掃除に励む芽衣たちを横目に、テーブルを拭きながら美南が皐月に向けて呟く。


「宮下さん……すごく、大変そう、でしたね」

「そうですね。ああいったことが苦手とは、舞華さんも知らなかったようですし」

「わたし、自分より、怖い話が苦手な人……初めて見たかも、しれません」



 夜は深まり、月が昇る。往々にして、現実というものは時や場合を考慮してはくれないものだ。

 時刻は二十二時十四分、舞華は小さな気配を感じて飛び起きた。


「使い魔だ」


 天候の不安定な日が続くと、使い魔は発生しやすい。忘れてはいなくとも、思い出すのはいつも気配のあとだ。

 優乃の帰りは明日、今日までは二人だけで学園を守らなくてはいけない。急いで外に出ようと扉に手をかけ―――律軌が精神的に参っていることを思い出した。

 アミーとの戦闘で、律軌が廊下の一角に縛り付けられた時。今日のように強がっていただけで、本当は怯えていたと推測するならば、戦闘に支障をきたす可能性があるかもしれない。

 ひとまず連絡を、と念じる。


『律軌ちゃん、大丈夫?』

『なにが?』

『いやほら、怖かったんだよね。戦える?』


 正直なところ、何を言っても煽り立てているように聞こえてしまうため言葉に詰まる。舞華としては、無理をしてまで命の危険に晒されるくらいなら、部屋で待っていてもという考えなのだが。

 律軌自身、舞華ならそうやって気を使うだろうと想像できていた。しかし、優乃のいない今では話が変わってくる。


『一人にして、怪我でもさせたら、寝覚めが悪いでしょう』

『そっか、無理しなくていいからね。迎えに』

『来て頂戴』


 こちらが言葉を言い切る前に切り返され、思わず苦笑いがこぼれる。扉の音を立てないように部屋を出て、早くしなければと律軌の部屋へ駆けながら、舞華はひっそりとロザリオだけに向けて念じた。


『律軌ちゃん今日はデリケートだから、あんまり触れないであげて』

『え、ああ。わかった』


 同じ一年生である以上、部屋はそう遠くない。すぐに部屋の前へ着いた舞華は、扉をノックしようとし寸でのところで思いとどまった。

 ―――あの怖がりようじゃ、夜中のノックとか多分ダメだな。


『着いたよー』


 念じた声を遮るように、扉が少しだけ開く。なぜかかけられたドアチェーンの下から、毛布に身を包んだ律軌の顔が覗き込んだ。

 既に言いたいことが頭の中で渋滞を起こしているのだが、下手なことを言えば反感を買うのも間違いない。


「えーっと……それ、効果あった?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「声すごい震えてるけど本当に大丈夫? 待ってる?」


 どうにか本調子を取り戻してもらいたかったが、明らかに戦える状況ではない声色に心配が先行してしまった。

 それでも、律軌の方もプライドを捨てきれないらしく、むっと唇を結ぶと毛布を後方へ投げ捨て、これまた震える手でドアチェーンを外して廊下へ出た。


「なめられたものね」


 長い黒髪をかき上げ、鋭い目で舞華を睨みつけ―――たあと、暗い廊下が怖かったのかすぐに舞華のパジャマの裾を親指と人差し指でつまみ、後ろに隠れるようにして先を促した。


「行くわよ」

「あーうん、そだね、行こっか」

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