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第二十話 思い出すのは影か陽か#A

 暦は八月十七日。天祥学園の中でも校舎以上の面積を誇る学生寮の、普段は静かな一階広間が今日は騒がしくなっていた。

 一年を通して広間に人が集まるのはほぼ年末―――クリスマスと年越しのみとなっている。規則の上ではいつ集まるも自由、かつ一応はテレビが設置されているのだが、あまり人気がない。

 白い壁にフローリングと、カジュアルな内装の部屋は暖色の照明に照らされ、薄緑のカーペットと低い正方形のテーブルが四つ、二人用のソファ八つほどが設置されている。ソファよりもテーブルの方が低い位置にあるため、あえて勉強には向かない団欒のための場所としているのだろう。

 普段は四つのテーブルがバラバラに置かれ、複数のグループが集まれるようになっているが、今日は全てのテーブルを繋げるように置くことで、物の置き場と人の座る場所を広く取っていた。


『てか、寮に広間みたいのなかったけ?』


 綺麗な割に誰も使わない、その現状を知ってか知らずか、芽衣と杏梨が提案したのが広間を使った舞華の誕生会であった。

 最初は部屋で祝うか外出しようとしていたのだが、試しに参加するかと聞いたところ思った以上の人数が確保できてしまったため予定を変更。更に参加予定のなかった律軌の誕生祝いも兼ねるということで広間は賑やかになっていた。


彰子(しょうこ)ちゃんも来てくれたんだ」

「当ったり前や! ライバル同士、激励し合ってこそやけん!」

「あ、あの、姫音さん。御門(みかど)先輩からも、プレゼント、預かってます」

「うぇっ、綺麗な箱……ちょっと後で開けるね、ここだとやばそう」


 ソファの前でクラスメイトに囲まれ、口々に言葉を投げかけられる。そんな舞華の様子を、律軌は数歩引いた位置に立ち見守っていた。

 彼女からすれば、正直なぜ自分が呼ばれたのかわからない。舞華の誕生祝いなら自分抜きでやればよく、自分の誕生日を―――舞華だけならともかく―――クラスメイトが祝う必要があるのかと。

 しかし、そんな律軌の心配もよそに、舞華に声をかけた面々は次いで律軌にも声をかけに来る。それも混じりけの見えない笑顔で。


「あのっ……宮下さん、も……おめでとう、ございます……」

「宮下んこともしっかり祝うけん、あたいに負けんごと数学頑張りな!」

「はあ……」


 ―――わからない。

 どう考えても、自分に声をかける理由が見当たらない。ほとんど付き添いのようなものであるにも関わらず、みんなして生真面目すぎやしないかと当惑する。

 思い返せば、昔からそうだった。自分から人に話しかける理由が見つからず、他人がなぜ自分に接してくるのかわからず、結果として一人でいることに慣れてしまった。だから誕生日など祝ってくれる人は家族だけ―――


『律軌ー、誕生日おめでとう!』

『おめでとーきぃちゃん!』

『え……』

『お祝いだよお祝い!』

『今日は一緒にプレゼント買いに行こう』

『え、いい……悪いし……』

『遠慮しないの、私も律歌もきぃちゃんが好きで祝ってるんだから!』


「っ……」


 刺すような頭痛。思わず片手で頭を抑えると、すぐに気付いた舞華が人を分けて歩み寄り、肩を叩いた。

 顔を上げる前に、眉間のしわを伸ばして平静とした表情を作る。大勢に心配されるわけにはいかない。そんな空気は、最も苦手だ。


「大丈夫?」

「……ええ」

「体調悪いようだったら言ってね、無理はしないで」

「問題ないわ……あなたこそいいの?」

「なにが?」


 思わず聞いてしまったものの、口を閉じてすぐに視線を逸らす。いらないことをした。

 舞華が純粋に律軌を祝う以外の理由で、この場に律軌を呼ぶことなど有り得ないだろう。少しはわかっていたはずなのに、口をついて本心が出てしまった。

 すぐに訂正しなければ、と思ったものの、瞬時に何をどう言えば? と思考が混線し始める。少し視線を戻すものの、舞華の瞳を直視できずに目を閉じた。


「……いいえ、野暮だったわ。ごめんなさい」

「無理かも知れないけど、気負わなくていいんだよ。友達のお祝いに、深い理由なんていらないし。ほら、鯛も一人は旨からずって」


 予想だにしなかった言葉に、思わずふっと息が漏れる。お見通しだよと言わんばかりに、舞華は口の前で人差し指を立てた。

 あれこれと悩んでいたことが、少し馬鹿らしく思えてしまい、思わず口角が上がる。

 少しだけ、軽くなった自分の背中を押すように、律軌はもう一度深呼吸し、舞華へ笑いかけた。


「……ずるいわね、あなたって」

「えー?」

「なんでもないわ……私も座ろうかしら」


 二人が席に着くとほぼ同時、集まった人をかき分けて一際大きな声が広間に響き渡る。芽衣と杏梨が、二段もあるケーキを持って現れたのだ。

 市販のスポンジにクリームを塗り、カラースプレーやチョコレートソースで少し行き過ぎたくらいのデコレーションが施されたそれがテーブルの上にゆっくりと置かれた。

 芽衣たちは両手を広げて、これでもかとその存在をアピールする。


「んじゃーーーん!!」

「スペシャルバースデースペシャル~!」

「センス雑くねー?」

「スペシャル~!」


 輝かしいまでの笑みを見る限り、相当な自信作なのだろう。褒めて褒めてと表情が語っている。高さにして約九センチ、飾るだけでも簡単な仕事ではない。

 促されたような気になった律軌は、舞華の後を追って呟くことにした。


「おーっ! やるじゃん二人共ー!」

「塗ったのはほとんど皐月だけど、ま細かいことはいっしょ」

「……手作りなの。凄いわね」

「手作りっつーにはちょい恥ずかしーけど、美味しけりゃ問題ナッシン!」


 満足そうな顔でエプロンを外し、ソファへと飛び込む二人。そこへ、美南がやや慌てた様子でペットボトルの紅茶を差し出した。

 律軌は返された言葉を受け、首を傾げてから舞華へ向けて囁く。


「……これは手作りじゃないの?」

「え……まあ焼いてはいないけど……手作りだと思うよ?」


 ―――何か違うの、という言葉は喉元で止まった。これ以上余計な口を滑らせるのは、何かまずい気がする。

 舞華の返答で納得することにした律軌の前で、一足遅れてやってきた皐月が刃渡りの長いナイフでケーキを切り分けていく。そしてケーキから視線を外さずに、落ち着いた声色で律軌に問いかけた。


「宮下さんは、甘いものは苦手ですか?」

「え……わ」


 危ない、と脳が警笛を鳴らした。つい反射でわからないと言いかけてしまった。いくらなんでも、自分の好みがわからないでは返答にならないだろう。

 誤魔化すように前髪をいじりながら、難儀なものだな、と自分に呆れる。


「……私は、特に好きでも嫌いでもないわ。少し小さくしてくれるかしら」

「ふふ、では可愛いサイズにしますね」


 少し口角を上げ、柔らかい微笑みと共に、丁寧な所作で皐月はケーキを皿へ移す。次いでその皿を渡された美南が、律軌と舞華の前へフォークを添えて運んできた。

 手渡された皿の上のケーキに視線が落ち、そのままなんとなくスポンジの断面を見つめる。ケーキなど食べるのはいつ以来だろうか。一人でいれば絶対に手を出すこともないだろうその存在が、心に違和感のような何かを生んだことに、律軌はまだ気付いていない。


「配膳、終わりましたっ」

「ありがとうございます」

「そんじゃ、せ~の……」


「誕生日おめでとー!」


 掛け声と共に、どこに隠し持っていたのか、芽衣と杏梨によってクラッカーの音が鳴り響く。突然のことで驚いた律軌は大きく肩を跳ねさせてしまった。もし皿を手に持っていたら、ケーキには甚大な被害が出ていたことだろう。

 普段は滅多に感情を出さない律軌の意外な反応に、場の視線は一気に彼女へ注がれた。


「……大丈夫?」

「……姫音舞華」

「なに?」

「……あれはフィクションで使う小道具じゃないの?」

「そんなメルヘンな感じじゃないと思う……」


 急な心拍数の上昇で、胸に手を当てて浅い呼吸を繰り返す律軌の背を、舞華がそっと撫でる。

 その一方で、

 ―――やっちゃったか。

 ―――べりーべりーやばばじゃね。

 と芽衣たちは顔を見合わせていた。固まった空気に耐え切れなくなったのか、美南が散った紙吹雪を掃除しようと動き出すも皐月が止めにかかる。


「ですから、宮下さんのことも考えなさいとあれほど……」

「いやー……」

「定番かなーって……」

「掃除は自分たちでやると言いましたよね?」


 人形のように綺麗な姿勢と笑顔を崩さないまま、皐月が凄む。背筋の冷えた二人は、引きつったような顔で背を丸め、いそいそと掃除を始めた。

 二十秒ほどを経て律軌が呼吸を整えると、改めて祝いの言葉が投げかけられる。そして気を取り直しケーキを食べ始めた。

 小さなフォークを突き立て、スポンジを一口大に切り取る。舌の上に乗せると、いかにも市販といった甘いクリームと卵の味がした。市販品をほとんど食べたことのない律軌でも、ある種安心できるような食べやすい味で、大人数に振舞うにはちょうど良いものだと思いながら飲み込めた。


「……美味しいわね」

「だね、二人ともよく―――」

「ねーあたしらも食べたいんだけどー!」

「なら早く終わらせなさい」

「……作ったよねー」


 カーペットの上に落ちた細かな紙を拾う芽衣たちをよそに、ふたり分を残してケーキは平らげられていった。

 その後はプレゼントの受け渡しが行われ、夕方より始まったパーティは気づけば夜まで続いていた。

 そして、七時を回った途端に芽衣が広間の照明を落とす。


「さーて……それでは夏の定番~~」

「ホラートークのお時間でーす!」


 テーブルの中心にキャンプ用のランプを置き、雰囲気たっぷりの芽衣と裏腹に杏梨が元気に宣言する。合わせて舞華も拍手した。

 それは今日のメインイベント。せっかく夏に集まるのだから、怪談のひとつでもして盛り上がろうというのが二人の主張だった。同じ流れの経験がある舞華と、それくらいのことならと皐月も了承していざ始まったのだが。


「……どういうこと」

「うぇ、どしたの律軌ちゃん震えてな」

「あなた私を騙したの……!?」

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