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第十九話 それは駄目だよ#C

 黒い表装の本を持って、図書室に向かう。こんなもの持っていればまた変なのに絡まれる、と投げ捨てたい気持ちを抑えながら、カウンター裏の愛莉(めぐり)に声をかけた。


「あの」

「はぁ~い……むに」

「これ、返します」

「ん……おやぁ、都灯(つとう)さん……何か吹っ切れましたぁ?」


 ぶっきらぼうに本を突きつけただけなのに、予想外の言葉で返され動揺する。

 ―――まさかこいつもグルじゃないでしょうね、とは思ったものの、それならそれで全部伝わっているだろうと考え流すことにした。


「知りませんけど」

「ふぅ~ん……ちょっとぉ、こ~やって輪っか、作れますかぁ?」

「は?」


 逸らした視線を戻すと、愛莉は両手の人差し指と親指で輪を作っている。

 無視しようかとも考えたが、にこにこと絆すような笑みを浮かべる愛莉の視線に耐え切れなくなり、言われるがまま輪を作った。


「……これでい」

「えんがちょ~」

「……はい?」


 差し出した指の輪を、手刀でおもむろに両断される。何が起こったのかまったくわからず怪訝な表情を浮かべる璃愛に、愛莉は続ける。


「いろいろ悩むことはあると思いますがぁ、こんな非~科学的な悪~いものに頼っちゃぁめっ、ですよぉ。だから、えんがちょ~」

「……はあ」

「うふふ、でも去年からず~っとここを使ってくれてぇ、お姉さん嬉しいなぁっていうのも本当なのでぇ、ゆ~っくりしていってくださいねぇ」


 ―――なんでそんなこと覚えてんのよ。

 思わず口から素の言葉が出かけたが、元々変わっている愛莉には言うだけ無駄だろうと飲み込んだ。

 しかし感謝を伝えられた手前、何も借りずに出て行くことにも気が引けたためあてもなく本棚の間をぶらりと歩くことにした。

 どうせ三月には荷物をまとめて出て行くことになるのだから、今のうちから何か読んでおくか、と適当に本を物色していると、背後から声をかけられた。


「あ……都灯さん」

「……檜枝安美(ひのえあみ)? 私なんかに何か用?」


 自分ではきっぱりと、つっけんどんにあしらったつもりでいるが、実際の璃愛は少し挙動不審にも見えるほど怯えていた。そもそも他人と話す機会がないため、急に話しかけられたことで心臓が跳ね上がるほど驚いている。

 そんな様子を見て余計に心配したのか、安美は少し眉をひそめて近づいてきた。


「大丈夫? 声、震えてるけど」

「……別に、あなたこそ保健室行かなくていいの?」


 ―――あんたのせいよ近寄ってくんな。

 叫びだしたい気持ちを抑えながら、どうにか言葉を返す。しかし、皮肉のつもりで言った言葉は大丈夫だよと一言で流された。


「昨日、ま……一年生の子が都灯さんを見かけて、すごい心配してたから」

「……一年って」


 今になって、璃愛は舞華に睨まれた理由を理解した。そうか、こいつがあることないこと吹き込んだのか。

 すぐにでも殴ってやりたくなったが、もしそんなことになれば今度こそ自分の首が飛ぶと自分を諌める。


「それで、私が成績不振で転校するって吹聴したわ」

「えっ!? 都灯さんいなくなっちゃうの!?」


 ―――しまった、やらかした。

 正確に言えば、転校は決定した訳ではなかった。春休みの頃から成績不振で担任に心配され始め、難しく感じるようならと夏になって転校の選択肢を勧められたに過ぎない。担任としては進学校が合わないのかもと純粋に璃愛を案じ、これから挽回があれば進級できるかもとは言ったのだが、璃愛自身今の環境が嫌になったこともあって投げやりな気持ちで両親に連絡していた。

 というより、四月の件は呼び出されて成績不振の話をされたという事実がとてつもないストレスになり、現実味がないからと悪魔の儀式に半ば衝動で走ったのが真相であったりするのだが。

 とにかく、今目の前の相手に知られたのは失敗だ。どう言い訳したものかと逡巡していると、安美は璃愛の手を強く握ってきた。


「何か私にできることない!? 勉強、見たほうがいいかな!?」

「は!? いや、え、ていうか痛っ!」


 意外と強い握力で手を握られたことと、またも予想だにしない言葉を浴びせられ困惑する。

 その一方でどこか冷静に、そういやこいつ出席率の割に成績ちょっといいんだったと思い出した。

 しかし、だからと言って転校が嫌な訳では―――どうせ馬鹿にされるんだろうなという気持ちはあれど―――ない。むしろ外出の制限される天祥ではストレス発散の方法がないため、危うく寮の壁を殴りつけそうになった璃愛にとってはバレないように離れたいという気持ちすらあった。

 しかし安美の方は璃愛以上に困惑しているように見え、あわあわと言葉を連ねる。ひとまずは手の痛みが悪化する前にと、璃愛は安美を振り払った。


「離して。とにかく、私はもうここから離れるって決めてるから。どうせお友達なんて一人もいないし」

「そうだったんだ……」


 まるで友人のことのように落ち込む安美を見て、どこか調子が狂うなと溜め息をつく。

 璃愛からすれば、保健室常連にも関わらず優しくしてくれる友人のいる安美など圧倒的勝ち組にしか見えず、そんな人間が自分を心配するのかが理解できない。

 どうせ今話したから何があるわけでもない、適当にあしらって


「じゃあ、私が都灯さんの友達になるよ」

「はぁ?」

「だって、このままじゃ天祥が嫌なことしかなかった場所みたいになっちゃうでしょ? せめてあと半年くらいは、何かいい思い出が作れたらって」


 ―――ああ、こいつもあの一年と同類なのね。

 もはや頭痛に近い感覚を覚えながらも、同じ教室で暮らす安美から逃げるのはほぼ不可能という事実を噛み締める。


「お昼ご飯一緒に食べるとか、少しでも一緒に勉強するとか、ちょっとでいいから」


 そのちょっとは璃愛にとって身長の三倍はあるハードルなのだが、それを伝えたところで諦めてくれそうにはない。

 思考の一切をシャットアウトして、璃愛は嫌味なほどに綺麗な空を眺めていた。



 その一方で、舞華の部屋では。


「そう言えば、律軌ちゃんの誕生日祝おうとして流れちゃってたな」

「え、宮下さんもう過ぎてたの?」


 数日後に迫った舞華の誕生日祝いについて話し合い……ながら芽衣と杏梨の課題を進めるという形で皐月を含めた四人が話し合っていた。

 祝うとは言っても、寮の広間を使って何か食べて飲んで夏だしついでに怪談でも、とどちらかと言えばパーティーがやりたいという方が主であるが。


「宮下さんの誕生日は七夕でしたね」

「えーやば、べりーべりーろまんちっくじゃん、べりべろじゃん」

「そうそう、テスト近かったせいで当日祝い損ねちゃってさ……何語?」

「じゃ舞華ちゃんと一緒に祝っちゃえばいいっしょ」


 誕生日祝いという口実があれば、夜でも少しは広間を使うことが許されるらしい。もっともそれを行うくらいなら外出してどこかの店で祝うという生徒も多く、寮はめったに使われないそうだ。

 今週中は優乃がいないという問題はあったが、先にやってしまってくださいと本人に言われたために当日決行の連絡が行き渡っていた。


「じゃ決定~、舞華ちゃん誘える?」

「大丈夫、任せといて」

「ふふ、賑やかになりますね」

「とびっきりのホラー仕込んでおこー!」


 一層の盛り上がりを見せる部屋の中で、ふと舞華の頭に何かがよぎった。

 ―――あれ、何か忘れてるような……

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