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第二話 天使を呼ぶ舞#B

 限りなくヒトに近い形をした悪魔―――よりも先に舞華の意識を奪ったのは、不可思議な衣装に身を包んだ宮下律軌の姿だった。

 青を基調とした、魔法少女というよりはどこか婦人警官を思わせるが、それでいてSFのような現実離れした衣装。そして―――肩から下げたエレキギターと、右手には拳銃。

 夢で見た女性とほとんど一致するような姿を見て、舞華はあることを思い出す。


「ちょ、ちょっといいリオくん」

「なんだい」

「私、楽器とか一つもできないんだけど」

「えっ」


 後ろにいたロザリオに問うと、きょとんとした表情で返される。


「待ってくれ。何故魔法を使うのに演奏が必要だと」

「夢で見たの! どうしよう、私今完全に無防備じゃん!」

「何かないのか!? その、君を呼んだ声から何か聞いていないか!」

「あ」


 思うままに、()()―――


「そうか!」


 改めて、舞華は悪魔へ向き直る。

 人に限りなく近い姿。しかしそれは肢体だけであり、背中には羽根、そしてその顔つきはフクロウのような猛禽類のそれだった。

 右手に大剣を持ったそれが、左手を床へかざすと、魔法陣が床に浮かび上がる。瞬く間もなく、その中から狼のような形をした真っ青なナニカが現れた。

 悪魔が左手を突き出す動作に合わせ、狼は舞華へ襲いかからんと跳躍する。律軌から制止の声がかかるが、遅い。


「待ちなさい!」

「不運だったな人間」

「わわっ!」


 咄嗟に、考えるより先に体を動かす。

 右、左に手を鳴らし、右手を掲げて回転。たったそれだけの動きで、ブローチを中心に爆発的な力の波が起きる。

 狼は弾き飛ばされ、悪魔と律軌はその場に留まるのがやっとといった姿勢を見せる。

 まだ、これだけではない。舞華は思うまま、感じるままに舞い踊り―――心で唱えた。


《魅せよ、第一の舞・契約の主天使達! 悪を打ち砕き、正義を貫く我が身に光を! ドミニオンズ!!》


 光に包まれる。戦いへの不安を消し去る暖かな光。

 羽毛のような優しさに心地よさすら覚えながら、舞華は長すぎる体感を終えた。


 ―――果たして、それを魔法少女と呼んでいいのか。

 舞華が身にまとっていたのは、華やかではあれど柔らかく見える衣装などでなく、鎧であった。

 顔を隠すものは無く、白と桃色を基調とした優美な衣服の上に、薄紅色のアラベスクが描かれた薄く軽い鎧が、胸や肩、腕や脚など体の各部を覆っている。

 甲冑のように重苦しいものではないが、あまりにも簡易に見える鎧の防御力はとても高いとは思えない。

 と、一拍の間を置いて舞華の頭上に魔法陣が浮かび上がり、そこから直剣が落とされる。

 こちらは純粋な剣、いわゆるブロードソードと呼ばれるものだ。しかしこちらも剣一本と些か頼りなく見えてしまい、舞華は背後のロザリオに問いかける。


「……あれ、盾とかは」

「変身の詠唱で召喚できるのは鎧と武器だけだ。追加の詠唱が無ければ盾や他の武器は呼べない」

「あっそうなんだ、ありがとう」

「……今度は主天使(ドミニオンズ)か……人間風情が!」


 悪魔は、吐き捨てると同時に右手の剣を舞華へと向ける。

 その背後に三つの魔法陣が現れ、先のように狼が襲いかかってきた。

 まるで実体を持たないようなエネルギーの塊が、牙を剥いて向かってくる。あまりに現実味のない光景であるせいか、不思議と恐怖は感じなかった。


「うわ、っと!」


 舞華が思わず直剣を両手で握り締めると、無意識のうちに腕が引かれ、迫り来る狼に向かって剣を振り抜く。狼は刃に触れた途端に霧散。斬ったという手応えもないままに消え去った。

 また、舞華が立て続けに剣を薙いだことで二匹の狼を消した一方で、もう一匹は律軌の拳銃による射撃によって防がれていた。


「危なっかしい……」

「あ、ありがとー!」

「なるほど……主天使、伊達ではないか……ならばこれはどうだ!」


 息をつく間もなく、悪魔が舞華に飛びかかる。一メートルはゆうにある大剣の刃が、舞華の眉間をしっかりと捉えていた。

 先の狼とは比べ物にならない恐怖と焦燥が心の底から湧き上がってくる。あれに触れたら死ぬ、そう確信させるだけの冷たい邪気を、灰色の刃は放っている。

 咄嗟に―――またも意識する前に直剣を構え、刃の腹で受け止める。歯を食いしばり耐えるが、重い。

 大剣という得物の重量だけでなく、悪魔自身が半ば宙に浮く形で舞華と対峙しており、その体の重みまでもを受けるには今の舞華では些か非力だった。


「ぐ……!」

「ふん……っ!」


 一際強い押し込み。あまりの重量に舞華の腕は弾かれ、尻餅をつく。


「これでは結果は変わらんぞ、死体が増えるだけだ」

「安心しなさい、お前の相手は私だけよ。最初から、今も変わらずね」


 律軌が弾丸を放った。悪魔は舞華を踏み台にして弾丸をかわし、その重量に舞華は押し出されたのだ。

 ―――片や、上位の力で下等たる人間を殺さんとする悪魔。片や、借り物の力で上位たる悪魔に逆らわんとする人間。

 対峙する二人を見て、舞華は状況を飲み込み萎縮する。今この場において、自分は双方の邪魔者でしかない。

 唇を噛む。魔法少女となり戦うことが簡単でないことは確かだ。今日会ったばかりの律軌と、この土壇場で協力することも難しいのは明白。

 となれば、自分にできることは何か。


「では……やってみるといい」


 悪魔が再び左手を床へとかざす。しかし今度は様子が違った。

 出てきたのは今までのように形だけの実体を持たないものでなく、はっきりと生きた漆黒の狼。

 唸り声をあげる狼に悪魔が跨った次の瞬間、狼は目にも止まらない速度で律軌へ飛びかかった。


「くっ!」


 律軌は拳銃を手放し、がむしゃらにも見える荒々しい動きでギターを弾く。

 またもブローチから魔力の波動が起こり、狼と悪魔を寄せ付けまいと跳ね除ける。

 拳銃は床に落ちると共に消滅し、律軌の頭上からは新たに短機関銃(サブマシンガン)が召喚される。

 波動が消えるのを見てすぐに、狼は再び律軌へ飛びかかる。獰猛に飢えた双眸と、その背中で悪魔の振りかぶった大剣の刃が光る。

 律軌の心は刹那の間何処かへ飛ばされ、死の確信に頭が満たされていく。

 ―――これは、駄目だ。


「やっ!」


 響いた声で我に返る。舞華が剣を狼に向かって投げつけ、悪魔の剣がそれを払う。

 しかし一瞬あれば十二分。律軌は狼の眉間目掛けて発砲し、その反動で後ろへ跳んだ。咄嗟の判断ゆえに弾丸が当たることは無かったが、距離をとるには十分な反動を受けられた。


「あちゃー、駄目か……」

「小賢しい真似を……引っ込んでいろ」

「そういう訳にもいかないから、悪いね!」


 叫びながら舞華は走り出し、左腕を前に出す。

 ―――バレエの要領を利用した跳躍と、高速での回転。波動と共に迫り来るというその驚異的な光景に、狼は本能的に飛び退いた。

 律軌の隣に綺麗な着地を決める舞華に、悪魔と律軌は驚愕の表情を向ける。


「あなた、そんな運動能力が……」

「うおーすごい! 四回転できるようになってる! 魔法少女いいかも!」


 口に出したのは歓喜であれど、真剣な表情で舞華は二本目の直剣を構え走り出す。

 その背中を眺めながら、律軌は無意識のうちに頷く。

 彼女がいれば、少しは希望があるかも知れない。


「いっ……けぇ!」

「邪魔を!」


 舞華と悪魔が剣を打ち付け、肉薄する。律軌はそれを見た後、天井を見上げた。

 ―――体育館の天井を埋め尽くすかのように記された呪詛と魔法陣。そしてその中心に、一人の生徒が拘束されていた。


 悪魔は、復活のために儀式を行う必要がある。人間の強い願望を利用し、生贄とすることで、人間の体を奪い取る形で現世に現れるという。

 そして人間の皮を被って人の世界へと潜り込み、少しずつ手駒を増やして神へ反撃する準備をするのだとロザリオは言った。

 儀式は、悪魔にとって何よりも重要なもの。だからこそ儀式の空間にただの人間が入ることはできず、音や光も人間に感知されることはない。

 そして―――儀式を壊せばその悪魔は大幅に弱体化する。逃がしてしまえば次の機会を与えることになるため、儀式を邪魔したうえで確実に息の根を止めなくてはならない。


 天井の魔法陣を睨みつけ、発砲する。舞華と打ち合っている今ならば、そう簡単に反応はできないはずだと踏んでの行動だった。


「ふんっ!」

「く!」


 実体のない狼が、五発の弾丸のうち一発を噛み砕き、残りの四発をその肢体で受け止める。やはり上手くはいかない、と律軌は唇を噛み締めた。

 ―――その一方で、舞華の動きが止まっていた。

 律軌の弾丸を防ぐために悪魔が意識を逸らした、その隙をついて左肩に剣を振り下ろした。

 剣は悪魔の体に食い込む。まるで人間と変わらないようなその肢体に、銀色に輝く刃が切り込まれていく。

 心の痛む、現実的な感触だった。肉を切り、骨まで断とうかという剣先の感触が、両手にまじまじと伝わってくる。

 思わず舞華は動きを止め、一拍遅れて咄嗟に剣ごと身を引いた。

 刃からは血がしたたり、悪魔の左肩からはしっかりと肉が見えている。


「……っ」

「何を怖気づく人間! お前は私を殺すためにそこに立つのだろう!」


 無論、舞華とて論理的な部分では理解できている。

 だとしても、生きたものを殺すということがどれほど自分にとって苦しいかを再確認させられたことで、その手先は震えていた。

 腹の底から湧き上がる嘔気。強い寒気に襲われ、今にも全身の力が抜けそうだ。


「交代よ姫音舞華。続きは私がやる」

「でも」

「その様じゃ止めは刺せない。あなたは天井にある魔法陣を、どうにかして傷つけて」


 律軌の手が左肩に置かれ、その暖かみに少し緊張が和らぐ。

 小さく頷くと、舞華は後ろへ飛び退いた。

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