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第十八話 それは嫉妬か、それとも自棄か#C

 夜の帳が降りる。ロザリオらの手によって二十二時を過ぎた校内は静まり返り、熱帯夜の気温すら凍りつく箱庭の中で「それ」を見る者はいなくなる。

 あるいは、魔に取り憑かれた少女。あるいは、憎悪に落ちた炎。あるいは、希望を振り下ろす剣。言葉を交わすだけでは理解しえない、激情と責務の鍔迫り合い。

 奇しくもその場所は、あの日と同じ体育館。


「肩の力を抜きなさい、姫音舞華」

「わかってる……いくよ、みんな」


 昼間よりも重い扉を開く舞華の言葉には、信頼と祈り。その背に続く律軌の視線は、覚悟。そして二人を見守るロザリオは、悔いるような無言。

 一日の間もなしに今日を選んだのは、焦っているからだろうか。それとも、勝てるという確信があるのか。月明かりの差し込む広い館内に踏み込むと、中にいる璃愛がこちらを向いた。

 ―――取り憑かれたような、という表現が、今までで最も当てはまる様だった。背は曲がり目は暗いながらも血走っている。今まさに人の道を踏み外そうとしているその様相は醜悪といって差し支えず、相対する二人に凍えるような感覚を覚えさせる。


「っひ、ふひ……本当に来たのね。しつこい奴ら……」

「言いましたよね、犠牲はあなた一人じゃ済まないって」

「だから何? どうせあんた達だって自分の身だけ守りに来たんでしょ……本当は他人なんてどうだっていいのよ、そうやって都合つけて人を叱ればサマになると思って……」


 距離があるにも関わらず、呟くように話すせいであまり聞き取れない。むしろ一人で喋っているようにも見えるその様子は、最早話など通じないことの裏返しだろうか。

 既に魔法陣は書き上がっている。詠唱が始まれば、もう引き返すことはできない。


「どうせ死ぬなら誰が道連れでも同じ……他人の事情に首突っ込んだこと後悔しなさい……!」


 小さい声でまくし立てると、璃愛は大きく息を吸い―――右手に持ったホイッスルを吹き鳴らした。甲高い長音が体育館の中を駆け回り、その音を号令とするように魔法陣に光が走る。

 すかさず舞華たちもブローチに手をかけ、その身を翻した。


《魅せよ、第一の舞・契約の主天使達! 悪を打ち砕き、正義を貫く我が身に光を! ドミニオンズ!!》

《轟け、第一の戦慄・契約の能天使達。掟に従い、悪しきを正す我が手に武器を。エクスシーアイ!》


 詠み終えたの(アウトロ)は、ほぼ同時。天使を纏った二人の前で、暗い光が炎へと変わる。はじめに目を引いたのは、力強く太い四本の脚。燃え盛るような瞳を備えた恐ろしい黒豹の顔が、こちらを睨みつけている。やがて前足を持ち上げたかと思うと、その姿は豹と人間の中間とも言うべき生半なところで変化を止めた。

 幾度も悪魔と対峙した二人には何の驚きもないが、記憶を消された璃愛は()()()()()見る人ならざる存在に短い悲鳴を上げて尻餅をついた。

 援護のため二階に上がったロザリオが、その名を叫ぶ。


「フラウロス……!」


 名前を呼ばれた悪魔……フラウロスは口角を歪ませ笑うと振り返り、魔法陣から出て璃愛の前へ歩み寄る。その一歩ごとに璃愛は怯え、痙攣するように肩を震わせた。

 やがて足を止めたフラウロスは、丁寧な仕草で璃愛に一礼し、よく通る低い声で諭すように問いかけた。


「さあ、お呼びでしょうか我が主よ。何なりと申し付けを」

「……ぇ、ぁ……」


 その光景を見ながら、舞華の脳裏をある本の記述が駆け抜ける。それは優乃たちと悪魔の情報を共有していた時のこと。優乃が目をつけたのがフラウロスであり、その内容は


 ―――召喚した者の敵対者を焼き尽くすとも言われますが、魔法陣の中にいない時は真実を言わず嘘をつく、そうです。


 もし、それが本当のことであれば。今取っている態度は嘘、ということになる。一見すれば丁寧な所作に見えるそれも、璃愛の警戒を解いて取り入りやすくするためのものだろう。

 あれ以上喋らせてはいけない。そう感じた舞華は律軌に目配せすると渾身の力で跳躍した。剣は腹の前でフラウロスの方を向くように構え、腕を広げないことで空気の抵抗を減らす。身体を守る天使たちへ指示を出し、脚へ魔力を込め打ち出すことでより飛距離と速度を伸ばす。


「フラウロォォォォォオオス!」

「おっと」

「ひぃっ!」


 突き出した剣はかわされ、舞華の身体は軽く浮き上がるようにしてゆるやかに着地した。主天使が持つ指示の力も、上手く使いこなせるようになっている。勝てる。

 栗色の髪を揺らして、半人半豹の悪魔と対峙する。相手の能力が知れない以上、簡単に踏み込めば大火傷を負う可能性が高い。しかし、璃愛の近くで戦闘を行うのは不要な危険が伴う。どうにかしてフラウロスをステージ上から引き離さなければならない。


「はっ!」


 右手に握った剣を大振りに横へ薙ぐ。反対方向に飛び退いてくれれば目論見通りだが、果たして。


「なんだ?」


 困惑、ではない。舞華の意図を理解したような一言と共に、黒い肢体はステージを降りる。璃愛と舞華から離れたことで誤射の危険性が薄れたと判断した律軌は、フラウロスの脚を狙って引き鉄を引いた。

 通常の射撃において、脚を狙うというのは得策ではない。胴体と比較して面積が狭く、命中率が大幅に低下するためだ。まして今の相手は人間の比にならない運動能力に加え魔法の力を使う悪魔。まず当たることはないと見るべきだろう。無論、律軌もそれを理解していない訳ではない。

 狙ったのは着地の瞬間。床に足をつけるのであれば、その一瞬は回避が困難になるだろうという判断が一つ。そして、大人しく攻撃を受けるはずもない、あわよくばその能力の片鱗が拝めれば御の字というのが、もう一つの理由。

 弾丸は空を切って漆黒の肉体へと向けて飛び―――


「っ」

「消えた!」

「……おお、危ない。今のは致命傷だ」


 炎に包まれ焼失した。

 やはり何かがあると確信した律軌は、続けて弾丸を撃ち込もうとする。

 だがその刹那、律軌を取り囲むように床から炎が上がった。炎はフラウロスの身の丈ほど、律軌からすれば身長の一回りほども高く、消えることなく燃え盛っており飛び越えるようなことはできそうにない。

 ならば多少のダメージを覚悟して突っ切れば、と身を投じようとした時、ロザリオの声が響く。


「触れるな! どうなるかもわからない!」

「っ!」


 反射的に足でブレーキをかける。ロザリオの言う通り、この炎は悪魔の使う魔法だ。安易に触れれば、何が起こるかわからない。しかし、四方を囲まれている以上触れずに抜け出すことは不可能だ。

 しかし、優乃がいない今、律軌が動きを封じられれば戦えるのは舞華ひとりになってしまう。舞華の腕を信用していない訳ではないが、既に想定外が起こっている戦場で悪魔と一対一で戦うのは危険すぎる。


「さて……不利になったな」

「どうかな……! 第二の舞・慈悲の短剣!」


 舞華は右手に直剣、左手に短剣(ザドキエル)を持ちフラウロスと向き合う。相手の能力は判明したものの、炎が自在に発生するとすれば目の前の相手だけに集中することはできない。

 しかし、時間がないこともまた確かだ。律軌は追い込まれ、戦えるのは自分だけ。少しのミスが大勢の死に繋がる―――

 ―――いつものことでしょ、急ぐな休むな。

 力技にも近い言葉で自分の思考を押さえつけ、舞華は跳躍する。ただ跳ぶだけでは通じないと断じ、床を蹴った地点とフラウロスの間に直剣を投げつけ、床に刺さった剣の柄を足場にして再び跳ぶ。ほぼ頭上を取り、上半身を丸めると一回転して右脚を伸ばし、踵落としの体勢を取った。


「ぬうっ!」


 強靭な右腕で防がれる。ならばと畳んでいた左脚を伸ばして腕を蹴り付け距離をとった。着地する先は直剣の隣、すぐに引き抜いて構える。

 どうにかして短剣を突き立てることができれば、ザドキエルの力で力関係を逆転させることができる。しかしそれは、裏返せば舞華ひとりで勝つためには他の方法がないという一縷の望みでもあった。

 当然、遠距離かつ突発的な攻撃手段を持っているフラウロスの方が圧倒的な優位にあり、状況は絶望的となったまま。

 やって見せると歯を食いしばり、舞華は再び走り出した。

 一方、律軌は炎の中で唇を噛む。敵が見えない今、自分にできることは無い。攻撃自体はできたとしても、相手の位置がわからないのであれば無駄でしかなく、万一舞華に被弾でもすれば一巻の終わりだ。

 焦燥のまま思い返す、これまで自分がどれだけの戦果を上げただろうか。まったくの無ではないことは律軌自身もわかっているが、それでもほとんどの成果は舞華によって挙げられてきたのではないか。

 自分に、自分に、何ができたと。何ができるというのだろうか。


「……」


 体が冷えていくような感覚。呼吸が浅くなるのは炎の中で酸素が薄れるからか、はたまた自分の無力さを痛感してか。

 唇を噛みちぎってしまいたかった。このまま炎の中に身を投じてしまいたかった。舞華より数刻とはいえ先に、そして―――明確な目的を持って魔法少女になったというのに、この様だ。

 自分を取り残して、世界が遠くへ行くような感覚に襲われる。


―――


 どこか遠くなる音たちの中に、何か聞こえた気がする。床を蹴る音か、空を切る音か、殴打の音か、誰かの声か。


―――


 やけに大きい、誰かの声。ロザリオか。それとも璃愛が止めを刺しにでも来たのだろうか。しかしそのどちらにも似つかない。


―――


 そんな大声で響かないで。頭の中に直接響き渡るようで無視せずにはいられない。ならばせめて冴えた手立てを


「っ!」


 顔を上げる。意識を急速に現実まで引き揚げると同時に、理解した。天使の声が聞こえる。ここまではっきりと語りかけてくるのは律軌にとっては初めての経験であり、それゆえに気付くのが遅れてしまった。

 この状況で聞こえるということは、何かあるに違いない。静かに呼吸を整え、耳を傾ける。何を語ろうとしているのか、自分に何かできるのか。

 正に天啓、というのだろう。舞い降りたまたとない機会に喜びに似た感情すら湧き上がってくる。急ぎギターを取り出した律軌は、思い切りそれをかき鳴らした。


《轟け、第二の旋律・天罰の聖爵(せいしゃく)。 捧げし生命(いのち)に応えを示し、あまねく天使の戦場とせよ。カマエル!》


 蒼き波動が集まっていく。詠唱の波動でさえ炎を消すには至らない。しかし、それでも。

 律軌の足元に現れた黄金の杯は、確かな希望の現れであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 律軌覚醒?! 確かに舞華の方が目立った活躍は多かったので、ここにきて律軌が魅せてくれそうなのはとても嬉しいです!!! 続きが楽しみ!!
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