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第十七話 夏のある日に#B

 その一方、大通りに位置するカフェのテラスでは、芽衣と皐月が腰を降ろしていた。午前の時間を目一杯使った買い物の成果は、テーブルの下で所狭しと並んでいる。

 芽衣はカフェオレ、皐月は抹茶ラテを飲みながら少しの休息を取っていた。


「っはーー!! 回った回ったー!」

「ええ、随分と買い込みましたね」

「とりあえず今シーズンはコレでいくかな~、着るチャンス無さそうだけど」


 新品の服を見つめながら自嘲気味に笑った後、芽衣は皐月に向き直って問いかけた。


「そーいや結局あたしの好きに動いちゃったけど、これでいいの?」

「はい。私は芽衣と一緒に回りたかっただけですから」


 そう、今日の外出を切り出したのは芽衣ではなく皐月の方。彼女から何かの誘いを受けるということは珍しく、芽衣としても初めは少し戸惑った。

 天祥から出てからも、何処かへ行きたいと言うでもなく芽衣に任せるというので、実のところ動きにくさを感じていたのも事実だ。


「せっかくこうして同じ学校に来たのですから、共に過ごす時間は多い方がいいでしょう?」

「あはは、そーだね。っと、あたしちょっと外すわ」


 席を立って店内へ歩いていく芽衣の背中を見送りながら、皐月は名残惜しそうに一言だけ呟いた。


「……この三年間が、最後になってしまうでしょうから」





「ここだ」

「ここって……」


 円花に連れられ美南がやってきたのは、洒落た外観に多数の人が並ぶ場所―――スイーツビュッフェだった。

 予想外の選択に美南が目を白黒させているうちに、円花はさっさと列に並ぶ。慌てて美南もそれに続き、そう長くない列の最後尾に加わった。


「あの、どうしてここに私と……」

「ん? ああ……私はティータイムは賑やかな方が好みでな」


 言葉の意味は理解できても、賑やかという言葉と自分の存在が余りにもかけ離れているため混乱してしまう。

 何と言葉を返したらいいのかと思考を必死で巡らせているうちに列は進み、店に踏み入れる頃には完全に脳が熱暴走してしまっていた。


「大丈夫か?」

「は、ひゃい……」

「まあ、好きなものを取ってこい。ゆっくり話しながら過ごすとしよう」


 促されるがままに一旦席を離れ、とりあえず最低限のケーキと紅茶を用意する。手のひらに乗ってしまうほど小さく真四角に切られたケーキを見つめて、四角四面という言葉が頭をよぎった。気の利いた話もできず、相槌を打つことすらも満足にできない自分が、この場にいていいのだろうか。

 考えれば考えるほど気持ちが沈んでいってしまう中、席につくと程なくして対面の位置に円花が戻ってきた。


「待たせたか?」

「あ、いえ……」

「そうか」


 ―――沈黙。緊張のあまり形だけ口に入れたケーキの味がわからない。むしろ何か苦い気すらする。

 何か話さなければ、話題はないか、何か


「姫音たちとは」

「ぴ!?」

「? 最近どうだ?」

「ぴぇ、ぁ、はぃ……良くして、もら、ってます……?」


 返答の歯切れが悪すぎる。意味としては言葉の通りなのだが、舞華が他人に対しネガティブに接しているところを見たことがないため美南としては月並み以下のことを呟いただけだった。

 それよりも、最初の話が自分の交友関係であったことから、要らぬ不安を抱かせているのではないかと勘繰ってしまい胃が縮む。


「期末の結果は良かったか?」

「ふぇ、はい……ぁの、ありがとう、ござい、ました……」

「そうか、それなら何よりだ」


 わざわざ自ら教授してくれたことを無駄にできないと、自主的な復習を心がけたこともあって美南の成績は中間を大きく上回る結果となっていた。

 しかし、そこを気にされていると取った美南は更に萎縮。既に泣きそうになってしまっている。

 円花もそれを察していたのか、一度手を止めると語調を和らげるよう心がけながら美南に言葉を投げかけた。


「堀内」

「は、い」

「期末を乗り越えたご褒美だ、お前のわがままを何でも一つ聞いてやろう」

「ふぇっ」


 美南が何度も繰り返し緊張してしまうことは、円花もこれまでの経験で理解できていた。まだ完璧にタイミングを掴めてはいないものの、反応を見て察することは少しずつできるようになった。

 無論、何気なく言っただけの今の言葉が美南にとっては重圧になりうることもわかっている。それでも、自分なりのやり方でどうにか美南の心を開きたいと思っての行動だった。

 手を止めて、美南は暫く考え込む。円花も同じく手を止めて、美南が口を開くのを待った。

 逡巡の中で、美南は数日前のことを思い出す。二人で出かけると舞華に相談したこと、それを芽衣と杏梨が茶化して、皐月と優乃に叱られていたこと、そして最後に、皐月に言われたこと。


『美南さん。どんなに怖くても、相手への想いは口に出さなければ伝わりません。どうか、自分に嘘をつかないように』


「……それ、じゃあ」

「ん」

「わ、わたし、には……その、ちゃんと、弱い、ところも……見せて、ください」


 ―――予想外の言葉に、目を丸めて驚いた。

 長い前髪越しに見る美南の瞳は、これまでにないほど強く円花を見据えていた。

 言葉を詰まらせながらも、美南は小さな声を振り絞って精一杯を伝える。


「先輩、はとても、強い、人、です……だけど、何も、辛くない、なんてことは、ない、はずだ、から……せめて、わたしには、愚痴、とか、弱音、とか……吐き出、して、くだ……さぃ……」

「……」

「こ……これが、先輩の、き、気に入った……わたしの、わ、わがまま、です……」


 もしティーカップを手に取っていたら、間違いなく取り落としていただろう、それほどの衝撃があった。あろうことか、あの美南が、逃げ道を塞ぐために挑発したのだ。

 円花は顔を伏せ、今の言葉を噛み締める。


「そうか……そうか」

「……」

「っふふ……くはは……! ここが個室なら大声を上げて笑うところだ!」


 再度顔を上げると、円花は右手を美南の頬に添える。小さい顔の中に、確かな熱が感じられた。

 しばらく、互いの目を見つめ合う。美南の緊張と熱が入り混じった視線と、円花の慈しむような優しい視線が手を握るように絡み合っていた。


「堀内」

「はいっ」

「今夜はお前の作った料理が食べたい」

「ぴぇっ」

「いいな?」


 突然の提案。それも意趣返しとばかりに念を押し、美南の逃げ道を潰している。

 もちろん、美南だってこの三ヶ月間まったく料理をしていない訳ではない。むしろサボり気味で舞華に度々叱られている芽衣や杏梨と比べればかなり頻度の高い方だ。自分の手で作り置きに適した料理を調べ、どうにか工夫して複数日分を一気に作って暮らしている。回数に比例して、腕も上がっているように感じてはいる。

 しかし、それでもまだ他人に出せるようなレベルのものではないと思えてならない。ましてや現在進行形で多くの恩を受けている円花に対してなど、言語道断もいいところである。 ……が。

 ―――こっちが乗ったんだ、お前も乗ってくるんだろう? と言わんばかりに、円花の口元が緩んでいる。もはや口先でどうにかするのは不可能だ。


「……ま、かしぇてぃぇ、くら、ひゃぁい……!」

「呂律が回ってないぞ」

「うぅ……が、がんばり、ましゅ」

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