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第十六話 灰の果実に彩りを#C

 図らずも、舞華の善意からなる働きが勝利を齎した。その事実を再確認して、舞華はどこか恥ずかしそうに笑った。

 しかし、ただ喜ぶばかりではいられない。ロザリオの感じた「別の気配」を追及する必要がある。

 揃って寮へと歩みを向けながら、舞華が思い出したように問うた。


「そう言えば、リオくんの感じた別の気配って」

「ああ。何も見つからなかったが……ごく小さな悪魔の気配を感じたんだ。だけど、何も見つからなかった。魔力を使った跡さえね」

「……ただの気のせい?」


 小さく呟いた律軌がふと視線を前に戻した時。

 目指す先、寮のその窓。二階の廊下に()()()()()()。翻った長髪のようなそれは、すぐに見えなくなる。だがそれが見間違いでないなら、そこに誰かがいる。

 ―――咄嗟に、律軌は走り出していた。靴を脱ぎ捨て手近、な階段を駆け上がる。


『二階廊下、曲がり角に人影!』

「うそ!」

「早く!」


 どうにかその場へ到着するが、既に人影は消えていた。足音や扉の開閉音は聞こえず、魔力の痕跡も見当たらない。

 手がかりがない以上、部屋に戻られたのだとしたら見つけるのは困難になる。

 追って階段を上がってきた舞華達へ向けて、律軌は首を横に振った。


「……駄目、見失ったわ」

「目立った痕跡も無い、か……」

「見間違いでしょうか?」

「そうかもしれないわね」


 流石に易々と姿を晒す相手ではない。無理に捜索するより、今は一度退くべきだろう。

 しかし、ここに来たのは決して無駄ではなかった。


「だけど、曲がり角ってことは……」

「ええ……三年生の可能性が高いわね」


 天祥学園の学生寮は、L字の形をした二階建ての建物だ。そのうち第一校舎と直接繋がっている方の一階に浴場や大広間があり、二階が現在の一年生の部屋となっている。

 曲がり角の先は一階が現二年生、二階が現三年生の部屋となっており、曲がり角周辺にある一年生の部屋は生徒の数が少ないため使われていない。

 従って、二階の曲がり角周辺で姿を消した―――部屋に入ったということは、窓から見えた人物が三年生の生徒である可能性を示唆することになる。

 無論断定はできない。施錠をしない生徒の部屋に隠れられた可能性もある。しかし、空室は完全に施錠されており、他の部屋を確認する暇はなかった。どちらにせよ、相手が隠れる方法を用意していたのは確かだ。

 ヒントが得られただけでも良かったと、四人は別れ部屋へ向かった。



「……ふーっ、ふーっ……」

―――行ったか。

「まだ、顔までは、割れてない、はずよ」

―――これからは行動を控えるべきだな。

「ええ……()()もそう多くない……けど大丈夫、やれる……やらなきゃ……」

―――難儀なものだな、人間とは……



 翌日、舞華は登校中に背中を思い切り叩かれた。見れば、昨日までとは打って変わって上機嫌の杏梨がそこにいる。


「ぃやっほー!」

「いったぁ!」

「ぐっもーにん姫! 歌原さんも、昨日はさんきゅねー」

「はい、おはようございます杏梨さん」


 ……あまりにも不審に思いロザリオに尋ねたところ、悪魔にまつわる記憶は消されたものの、「舞華達に何か怖いものから救われた」という部分は漠然と残っているようだ。

 舞華達の目から見て悪魔の力が見えない限りは問題ないとのことだった。


「にしても、機嫌いいね」

「マジ憑き物ポロポロでばっくとぅーざアタシってカンジ! それにほら、もう夏休みじゃん? 楽しみすぎてヤバみがヤバい!」

「楽しみもいいですが、上の空だった授業の内容もしっかりと覚えてくださいね」

「うげぇ……」


 二人の周囲を跳ね回って歩いていた杏梨も、授業のことは内心わかっていたのか水を打ったように大人しくなる。

 釘を刺すような言い方をした優乃も、無論のこと悪魔が原因であることは理解しているため、今回ばかりはしっかりと手を差し伸べる気ではいるのだが。

 流石に、復活して早々気分を害するのもよくないと思った舞華は話題を逸らす。


「そ、そう言えばさ。夏休みって一時帰宅とかあるじゃん。二人は帰るの?」

「私は一応、一年生のうちは帰るつもりです」

「アタシはいっかなー、ガリ勉しかいなかったら超速で帰ってたけど、友達いるならこっちでいいや」

「そっかそっか。私も残るし、杏梨ちゃんいるなら良かった」


 話をしながら足を進めているうちに、舞華と杏梨は前方に美空の姿を見つける。そしてどちらからともなく顔を見合わせ微笑むと、美空の肩を叩きに走り出した。

 清々しいほど晴れ渡った空に、綺麗な雲が浮かんでいる。心なしか、生徒の声にも談笑が増えているような気がした。

 もうすぐ、夏休みが始まる。

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