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第十五話 あの日を見せる陽炎の#B

 翌日も、杏梨は変わらず沈んだ様子を見せていた。昨日話した推理のせいで、舞華も芽衣も気になって仕方がない。

 授業中に指されても反応が遅れ、手に持ったものは取り落とし、会話に至っては完全に上の空で成り立たない。

 自分達が関わっていい問題ではない。そう思って我慢する。杏梨が自ら解決しなければならない問題であり、第三者が身勝手で割り込むのは


「先生! 杏……アッシュベリーさんを保健室まで連れて行きます!!」

「ど、どうぞ」


 いけないのだろうが我慢できなかった。杏梨を無理に立たせ、腕を引いて歩かせる。幸いにも空き教室が多いことから、人目を気にせずに保健室まで連れて行くことができた。

 扉を開ける力が強すぎたのか大きな音が響き、保健医の館野が跳ねるように驚く。


「ひっ! ど、どうしたの?」

「ちょっとベッドお借りします!! あとできたら少しの間外してもらえるとありがたいです!」

「え、ええ……」


 ベッドに杏梨を座らせ、肩を強く掴む。


「あ、あの……姫?」

「もう無理、私が我慢できない。何があったか話して」


 強い眼光で見据えられ、杏梨は顔を逸らせなくなる。肩を掴む手の力は強く、痛くはないが離してはもらえないだろう。

 無論、杏梨も責任は感じていた。自分が変わった様子を見せれば、友人である舞華達は心配する。逆の立場であれば絶対に自分も放っておけない。だからこそ、早いうちに解決するつもりはあった。

 しかし、杏梨の様子が変わったことに一番動揺していたのは、他でもない杏梨自身だった。昨日から調子がどうにも狂ってしまうことに違和感を覚えつつも、それに抗うことができない。気付けば上の空になって何も考えず呆けている。

 そして、意識が逸れている時に頭にあるのは決まって―――


「先輩と話、できたの?」

「え」

「話したい先輩がいるからわざわざここに来たんでしょ?」


 予想外の言葉が飛び出したことで、杏梨は目を白黒させて戸惑う。何故、今のタイミングでその話が出てくるのかわからなかった。


「……芽衣ちゃん、心配になって調べたんだって」

「あ……」

「中学生の時、色々あったって……勝手なことしてごめん」


 ばつの悪い顔で謝る舞華を見て、杏梨の心に刺すような痛みが走る。

 ―――ああ、こんな顔してほしくなかったのに。

 話しておけば良かったかもしれない。そう思ってもまだ、声にして話すことは体が躊躇っている。

 それでも、ゆっくりとでも。伝えなければいけない。もう心配させたくない。


「……中学ん時さ、すっごい仲いい友達がいたんだ。陸上で走り高跳びやってて。「みう」っていうの、美しい羽って書いて美羽。脚がめっちゃ強くて部活でも期待されてたんだ。けど、そのせいで立場食われるって上級生からは嫌な顔されてて。人目のないろとこで結構キツいこと言われたりしてたみたい」

「ああ……」


 稀に聞く話だ、というのが舞華の率直な感想だった。運動部で下級生が注目されると内部で邪険に扱われる。舞華が中学生の時は無かったが、他所では似たようなことがあったという噂は流れていた。

 頷いて相槌を打ち、続きを促す。


「んで、二年になっても結局上級生の当たりはキツくて……夏休み、ほとんど人がいない時に……」

「怪我させられた……」

「階段から突き落とされて……頭打ったんだ。全身打撲もあって二ヶ月半の入院、当然大会なんて出られなかった」


 言葉が出てこなかった。あまりにも直接的な方法、まともな人間がやるとは思えないような手口を聞いて背筋が凍えるような感覚を覚える。

 止めたかった。これ以上話させることが、杏梨の心に拷問の如き苦しみを与えているのは火を見るよりも明らかだ。

 それでも、無理に聞き出したのは舞華自身だ。最後まで聞いて、力になれることを探すしかない。


「そんなことされて、普通に学校通うなんてできるわけないじゃん。死ぬんじゃないかってくらい落ち込んで、部活もやめちゃって……卒業して、遠くの高校選んで引っ越したんだ。ずっと普通には話せなかった」

「そうなんだ……」

「でも、突き落とした方も悪い噂が立って……大会は出たけどその後部活は辞めたって。それで、同級生が来ない天祥に進学したって聞いて……アタシも」


 杏梨の話が終わっても、しばらくは沈黙が続いた。舞華は必死に思考を巡らせ、どんな言葉をかければいいのかを考える。

 ―――まずは落ち着け。私が冷静にならなきゃ解決しない。


「まだ、その先輩とは……」

「話してない。お見舞いの時、美羽に詮索しないでって言われてたし、中学ん時教室まで乗り込んで友達に止められたから……中々」

「……話を聞いて、杏梨ちゃんは……どうするつもりなの?」


 逆鱗に触れる覚悟で切り込む。もしこれで、杏梨が復讐など考えていれば、止める必要があるだろう。最悪の場合、悪魔に目をつけられる可能性も……既にとり憑かれている可能性もある。

 強く見据えられた杏梨は、ゆっくりと口を開いた。


「アタシはただ、なんでそんなことをしたのか知りたい。せめて美羽に謝っ……」

「…………杏梨ちゃん?」

「……ちがう」


 体中を撫で上げられるような悪寒。ここに来て、やっと舞華はその存在を認識することができた。

 ぼんやりとだが、翼と角を生やした悪魔の姿が杏梨の背後に見える。そして、その表情は全てを理解させるような底意地の悪い笑み。

 煽っている。あえて気付かれるまで儀式を行わず、舞華にとって身近な存在である杏梨にとり憑くことで。この悪魔は、勝利を確信してわざと挑発的な笑いを舞華に向けているのだ。

 そして杏梨もまた、煽りたてられたように自分の意思を上書きする。


「あんなことしたんだ……同じくらい、苦しませないと……痛めつけないと」

「杏梨ちゃん!!」

「っ」


 肩を強く掴み、揺さぶる。杏梨は我に返り、水でも浴びたかのような表情で舞華の顔を見た。

 自分がなぜそんなことを考えるのかわかっていない、といった様子だった。悪魔から受けた影響は深刻、確実に倒さねば杏梨が危ない。

 まずは杏梨の精神を安定させること、そう断じて舞華は口を開く。


「今杏梨ちゃんが知ってることが全部本当とは限らないんでしょ? だったら変なこと考えないで。危ないことは怪我のうち、って言うよ」

「あ、うん……ごめんね姫」

「私も行くよ、その先輩の所。二人きりだと何が起きるかわからないし」


 当然、悪魔に操られた杏梨が滅多なことをしないように、という意味だ。悪魔の存在が普通の人間には認識できない以上、何か起きれば杏梨が疑われる。

 絶対に失敗できない。心の底から湧きあがる悪魔への怒りを抑えて、杏梨に寝ておくように伝える。

 そして保健室を出てから、待っていた館野に頭を下げた。


「すみません、急に追い出したりしちゃって」

「私は大丈夫だけど、あの子は……アッシュベリーさん? 大丈夫なの?」

「はい、寝ておくようには言ってるので、お昼休みくらいになったら教室に戻るよう言ってあげてください」


 もう一度礼をして、教室へ向かう。

 その顔には、固い決意が現れていた。

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