第十四話 あなたのために勝たなきゃならない#B
「うおおおぉぉぉぉ!!」
「何ィィィ!!」
片手の力だけでは、腕を切り落とすことはできない。舞華は左手に持った短剣を、悪魔の腕へと突き刺した。ザドキエルの力により、悪魔の持つ魔力が舞華へと吸われていく。
少しずつ、直剣にかかる力が強まる。悪魔も断たれまいと肩に力を込めるが、二の腕に突き刺さった短剣がその抵抗力すらも奪い取っていく。
歯を食いしばり、負けんとする両者。だが、この場において有利を制したのは舞華だった。
「ぎいいいいいいあああああああ!」
「とっ……た!!」
悪魔の腕が、落ちる。肩から床についてなお余るほど長い腕はしばらく痙攣していたものの、遂にはその力すらも奪われ干からびるように乾いていった。短剣はひとりでに抜けて舞華の左手へと戻っていく。
両手を使い巧みな杖術で戦っていた悪魔だが、三人の魔法少女の連携を前にして一気に不利となった。五体満足の状態ですら虚を突かれ腕を失ったのに、これ以上戦闘を続けるのは無謀でしかない。一方的に嬲られて敗北するだけだ。
頭に血が昇る。歯が砕けそうなほどの歯ぎしりの後、悪魔は狂ったように暴れだした。
「ぐおおお!! 小賢しい餓鬼、人間の餓鬼!! 我の命を何と心得ている!? 塵芥にも満たぬ数だけの猿共! 何故何故何故何故我が儀式を乱すかァァァァ!!」
残った右腕で杖を振り回し叫ぶその様は、最早無様というほかない、完全な敗北の様相だった。
あまりの光景に、舞華たちは武器を構えることも忘れて口を開ける。
☆
―――馬鹿者めが。
『…………』
―――どうした、ロノウェがお前を恨んで襲いにくるとでも?
『……勝手を言わないで』
―――アレはもう敗者に外ならぬ。ああなっては只死を待つのみだろう。
『……どちらにせよ、仕留めきれなかったのなら失敗ね』
―――ただ、少し私が出なければならんな。
『え?』
☆
悪魔は顔を歪ませ、声にならない声を上げている。もう戦意はないのだろうか、まともに動けるとも思えない。
自分達が上手くやった、という感覚を瞬く間に拭い去る光景に混乱しつつも、早くとどめを刺さなければいけない。そう思い舞華が剣を持ち直した―――その瞬間。
「ぬうううううう!!」
突如として悪魔が振り向き、彰子に向かって杖を投げつけたのだ。完全に予想外の行動で面食らった三人の動きは二拍ほど遅れる。
間に合わない、このままだと彰子が。
最悪の可能性が頭をよぎる。喉奥から死なないでと叫ぼうとするが、声が出る寸前に事態は急変する。
―――金属音と共に、杖が弾かれる。儀式や魔法のそれではなく、彰子の周辺に魔力が動いた気配はない。
杖の転がる大きな音の中、何が起きたのか理解できた者は悪魔を含めてもいなかった。立て続けに理解不能なことばかりが起きるせいで思考が混乱する。
「まいちゃん!」
「っ!」
優乃の呼びかけで我に帰った舞華は、今一度剣を握り締め跳躍。悪魔は避けることすらせずに叫び続ける。
「この程度! 我にかかれば造作もなかった!! あんな人間の小娘に! サン」
何か重要なことを喋った、それに気が付いた時には既に悪魔の首が落ち、儀式が終わっていた。彰子の体は倒れ、ステージの床に落ちたシンバルが不安定な音を立てる。
それと同じタイミングでロザリオが講堂に到着した。
「終わったのか。本当に手早く終わらせてくれてよかった」
「考えるのは後回しにした方が良さそうですね。今はとにかく彰子さんを」
ステージ上の彰子の元まで駆け上がり、ロザリオが魔力の浄化、優乃が力天使の力で体の異常を調べる。
幸いにも彰子の体に異常はなく、悪魔の魔力が払われると同時に縮むようにして元の体格へ戻っていった。やっとのことで無事を確信でき、誰からともなく大きな溜め息が出る。
「話を聞いたときは驚いたけど、この子も含めてみんな無事だね」
「……うん」
「どうかしたのかい?」
傷を隠しているのでは、とロザリオは舞華の顔色を伺うが、その表情は悩むときのそれ。しばらくの沈黙の後、舞華はゆっくりと口を開いた。
「今の悪魔、言ってることが終始おかしかった」
「そうですね……儀式の様子も普段とは違いました」
「古賀彰子にとり憑いてから、何かあったということ?」
悪魔の様子がおかしい。その事実はこちらにとっても看過できるものではなく、一切の犠牲を出さないためにはその意味を考える必要がある。
まず最初に、優乃が疑問を口にする。
「最初に出てきた時点で「あの小娘」と妙なことを言ってました」
「うん、死ぬ直前にも「あんな人間の小娘」って……私達を指すなら「こんな」でいいはず」
「……待って、それじゃあまるで」
二人の言葉が意味するところを、律軌とロザリオも理解する。あくまでも、発言を元にした憶測でしかないが―――
「……人間の協力者が現れた、ということか」




