第十三話 応えたいと思うこと#B
「こんばんはー」
「邪魔するばい!」
「……本当に来たのね……」
買い物袋と学生鞄を左右それぞれの手に持ちながら、律軌の部屋を訪れる。最低限の家具以外にインテリアもなく、唯一自分の好きなようにできる場所にしては殺風景な部屋だ。
だが、部屋に入って間もなく。舞華はベッドの下に畳まれていないジャージが放り込まれているのが目に入った。
人の生活スタイルにみだりに踏み込むのは良くない、と思考から外して、努めて平常に話を続ける。
「色々買ってきちゃった。冷蔵庫借りるね」
「え、あ、私がやるわ。渡して」
「え」
夕飯の材料を冷蔵庫にしまいたい、舞華としては当然のことを言っただけ。にも関わらず、律軌の反応にはかなり明確な焦りが感じられる。冷蔵庫の中を見られると恥ずかしい、という生徒は他にもいたが、ここまで露骨な反応をするのは彼女が初めてだ。
少し考える。冷蔵庫の中は空、という弁。しかし舞華には開けられたくないという焦燥の様子。そしてベッドの下に雑に投げられたジャージ。
弾き出された結論を元に、舞華は彰子へ振り向いて叫んだ。
「彰子ちゃん、ちょっと律軌ちゃんのこと抑えて!」
「はえ?」
「は!?」
「いいから早く!」
ただならぬ気配を感じ取ったのか、彰子は頷くと共に素早く律軌の背後まで回り込み、両手首を握って押さえ込む。
その隙を見て舞華は強い踏み込みで冷蔵庫に向かい、その扉を開け放った。
「……律軌ちゃん?」
「ぐっ、何よ、っ」
「なにこれ」
……積み重ねられた二~三種類の冷凍食品に、お茶漬けとレトルトのお粥。そして、炊飯器があるにも関わらず大量にあるパックの米。辛うじて卵はあるが、少ない調味料の中でも特に生醤油の減りが早いことから何に使われているかは容易に想像できた。
無論、舞華も理解を示せない訳ではない。料理ができないのなら冷凍食品に頼るのは当然の手段であり、決して料理ができないから駄目、手を抜こうとするから駄目とは言わない。
だが、学園内のスーパーで買いだめできる量ではないこと、パックの米はほとんど売られていないことからも、それが仕送りであることは明白。いくら校則違反でないとは言え―――
「頼ってよ! 私を!!」
「し……知らないわよ」
「姫音、もうよかか?」
「あ、いいよ」
彰子の拘束を解かれた律軌は、両手を振りながら気まずそうな顔を部屋の隅に向ける。舞華はそれに構わず言葉を続けた。
「駄目とは言わないけど、駄目とは言わないけど! 栄養偏りすぎだし! お昼も購買のパンでしょ!? これだけじゃ体調崩すよ! 身近に私がいるんだから、作りに来てとか教えてとか、そういうのあってもいいじゃん!」
「……変わった怒り方するのね」
「友達でしょ!?」
「……そう、なの?」
もっと早く気付けばよかったと少し後悔する。律軌の最後に発した歯切れの悪い返答で傷ついたが、そんなことはお構いなしとばかりに優乃に念じる。
『ゆのちゃーーん!!』
『はいなんでしょう』
『律軌ちゃん四月から今まで冷食とお粥で生活してるの隠してた!』
『は?』
『なんで歌原優乃にまで』
『事実なんですか?』
念話であるにも関わらず、優乃の声が一気に低くなり凄みが増す。少し泣きそうな顔をしながら、律軌は能う限り強がって答えた。
『……そうだけど』
『毎日の夕飯をそれだけで済ませるのはさすがに体に良くないでしょう』
『別に……食べていない訳じゃないでしょう』
『テストが終わったらまいちゃんに叩き込んでもらいましょうか』
『…………』
唇を噛み締めながら崩折れる律軌を横目に、舞華は彰子へと声をかける。
「今すぐご飯にしよう、彰子ちゃん手伝って!」
「ん、わかった! 何ば作ると?」
「今日は唐揚げを作ります!!」
気迫たっぷりに言い放つと、買い物袋から鶏もも肉と片栗粉を取り出す。その後、冷蔵庫の中にごま油が無かったことを思い出した舞華は、一度自室に帰って必要なものを取ってきた。
米はパックのものを使うことにし、唐揚げ作りに専念。調味料を混ぜたものに鶏肉を漬けて二十分ほど待ち、その間に部屋の片付けを行う。幸いにも、律軌は服をほとんど持っていなかったためクローゼットの中は特に言うことなし。強いて言うのなら頻繁に使うものほど置き場が散らかる傾向が見られた。
台所に戻り、片栗粉に少々の小麦粉を混ぜたものを鶏肉と混ぜる。それから油に入れ中火で四~六分ほど揚げ、一度皿の上に移す。油気が捌けてきたところでもう一分ほど揚げれば完成。
「ほら律軌ちゃん、ご飯」
「……」
「そう暗か顔しなしゃんな」
「……いただきます」
依然として肩を落としていた律軌……だったが、唐揚げを一つ口に入れるとその表情が一気に明るくなる。
「美味しい……」
「濃いめの味付けだけど、口に合ってよかった」
「美味かやろ~!」
久方ぶりの手作り料理ということもあってか、律軌は詰まらせそうなほどの勢いで完食。流石に反省したと言って舞華に師事することを承諾した。
その後は舞華と彰子も雑談を挟みながら食べ進めていく。
「そうだ、彰子ちゃん」
「んー?」
「彰子ちゃんの負けず嫌い……っていうか、勝敗にこだわるのって、何か理由あるの?」
ふと気になったことを尋ねる。デリケートな話題だが彰子は特に躊躇う様子もなく、その身の上を語り始めた。
「あたい、身長低かやろ? そのしぇいで昔っからようバカにしゃれとった」
「あー…… 確かに、小学生の頃とかはよくある話だねぇ」
「んで、そん頃母しゃんに「誰もバカにできんよう、強うなったらよか!」って言われて、今んあたいになったんよ」
話自体は短いが、その中には確かに彰子が悩んでいたこと、そこから這い上がるきっかけをくれた母親への感謝が詰まっていた。誇らしげな口調は、本当に強くなれた自分よりも激励をくれた母親を自慢するようにも聞こえる。
その笑顔に釣られるように、舞華も自然と笑顔を向けて話していた。
食事を終え、食器を片付ける。それからやっとのことでテスト勉強が始まった。しばらくは無言でノートやプリントを睨んでいた舞華だが、やがて一つ二つと質問が飛び、少なくない会話を交わしながら少しずつ課題を解く形で理解を深めていった。
「んー、終わったー! やっぱちゃんと理解できるとスッキリするわー!」
「理解力があって助かるわ。話してもわからなければお手上げだもの」
「これで満点狙えなしゃんね!」
「……そうだ、姫音舞華」
片付いたと伸びをする舞華に向かって、律軌が思い出したように現代国語の教科書を差し出す。
「一応、万全を期しておきたいから」
「そっか、教科書からの出題多いって言ってたもんね」
今度は舞華が教える番。その言外に含まれた内容を察してか、彰子は荷物をまとめて立ち上がる。
「あたい、国語はもうやってあるけん、これで失礼するばい。お風呂も入らないかんし」
「ん、わかった。また明日ね」
「次からは押しかけは無しよ」
手を振って部屋を出ていく彰子を横目に、舞華と律軌はもうひと仕事と教科書を開いた。




