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第十二話 繋ぐのは想いに気付いているから#C

 滑るような脚の動きと、手を大きく、たおやかに振る動き。全身を表現に使いながら、心で叫ぶ。


《魅せよ、第二の舞・慈悲の短剣! 慈愛のために振るう力を、この手に与える正義の刃! ザドキエル!!》


 天から降りたるは、一本の短剣。舞華の右手に収まったそれは、にじみ出るほどの力を放っていた。

 一見すればただの短剣だが、舞華にとっては一縷の希望。痛む体に鞭打って、三度廊下を駆ける。長槍による突きを横っ飛びに回避し、壁を蹴って飛び上がりつつ進路を修正。狙うは―――

 ―――首筋か!

 両手で短剣の柄を握り、突き刺さんとする姿勢。それを見たアミーは首筋を守るように両手を上げる。


「っ!」

「なっ」


 振り下ろす際に、わずかに軌道を逸らす。やや手前に逸れた刺突は右の胸へと吸い込まれていき、短剣が突き刺さる。

 その鋭利さ故か深々と突き刺さった短剣は簡単に抜けないだろう、舞華はすぐに手を離し距離を取った。

 ダメージにはなるものの、致命傷ではない。右腕を動かすにも支障なく、決定打と呼ぶにはあまりにも弱い攻撃。しかし、舞華の見せた表情は自信のそれだ。

 ―――大事を取って、こいつは殺すか。

 長槍で関節を狙い突きを入れる。が、詠唱により弾かれる。今一度直剣を手にした舞華は、真正面からアミーと打ち合い始めた。

 方や、殺さんと急所を狙う刺突。方や、傷を受けまいと弾く剣の動き。一見して互が攻撃のための打ち込みだが、その実舞華は自分が攻撃を受けないように受け流すに留まっていた。しかしその力量差は歴然であり、人間である以上舞華の方が圧倒的に早く疲弊する。

 時間の問題。そう断じてアミーは槍を振るい続ける。



「くっ……!」


 一方、優乃は。

 メイスを振るうことは諦め、呼び出した円形の盾でひたすらに攻撃を防ぐ戦いを続けていた。

 本体が倒れるまで無尽蔵に相手が湧いて出る以上、無意味に動き回るのは体力を消耗させるだけだ。であれば、最小限の動きだけで戦闘を続けられるよう守りに回るしかない。


「……二人は、大丈夫でしょうか……」


 思わず口からこぼれた言葉を否定するように首を振る。今自分にできるのは信じることだけだ。それをやめるのは、負けを認めるのと同じこと。

 舞華と律軌は諦めない、ならば自分も折れるわけにはいかない。半ば気概のみで優乃は盾を構える。

 幸いにも、力天使のおかげで優乃の体力は長く持つ。ただ安美を守るだけであれば、長期戦になっても支障はない。


「……?」


 ふと、攻撃に違和感を覚える。ずっと同じ重さの攻撃を受け続けていたせいで、どの程度の力を込めて構えればいいかを覚えていた優乃にはすぐにわかった。



 ―――なんだ。

 アミーは、脳髄を這い回る違和感に歯を噛み締める。しかし、その相手は明確。

 防戦一方だったはずの舞華が押し返し、自分が守りを強いられている。剣を振るう速度も、込められる力も、徐々に強まってきているのだ。

 そして、その原因もまた、火を見るより明らかなものだった。


「せえっ!」

「ぐ……!」


 右胸に突き刺さった短剣が、抜けない。何らかの魔法が働き、体内で根を張るかのように固定されている。さらに恐らく……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 固有の名前を持った天使、特異な能力を持っていると考えるのが普通。回避せず受けてしまったことがそもそもの間違いだった。

 ―――ふざけるな、こんなガキに……

 アミーは左手を前につき出す。必然的に、持っていた生首と舞華の目が合った。

 ―――こいつの敵意を揺さぶって隙を作れば。


「ぐっ……う!」


 舞華は、心の中で何かが膨れ上がるのを感じる。苛立ちに近い感情が、本能すら突き動かすように染み渡っていく。

 何かされた。思うままに動いたら駄目だ。そう思っても抑えきることができない。促されるままに走り出し、剣を心臓に向けて飛び込む。


「そうだ」


 動きを読んだかのような回避。そのまま、背中から心臓を狙って長槍の一突きが……


「あああああっ!!」

「なにっ」


 後方に伸ばした左脚の足首を、アミーの脚に引っ掛け回転。そのままの勢いで心臓に剣を突き立てた。

 予想だにしない動きに対応が遅れたアミーは反撃を許してしまう。心臓を穿たれた以上、それが致命傷となるのは明白。


「バ、カな……たった一人の人間に……」

「一人じゃない……主天使のみんなとザドキエル、ここにいない二人と……檜枝先輩の想いを私は背負ってる!」

「は……虚勢、だね……いつま、で、持つ……かな……」


 剣から感じる肉体の感触が消えていく。徐々に姿が崩れゆく中、アミーは最後まで嘲笑のまま、膝を折ることもなく死を迎えた。

 自然と全身の力が抜け、剣を落とす。金属音の響く中で、舞華は呼吸の荒いまま呟いた。


「いつまでも……はぁ、持たせて、やるよ」



 暫くして、安美を部屋に返した優乃とロザリオが迎えに来た。力天使の力で疲労を軽減させた後、事情を説明しながら律軌の元へ向かう。


「なるほど、よく喋るうえ感情に訴えかけてくる厄介な相手だったと」

「うん。あの場で私が助かったのはザドキエルのおかげだよ」

「ザドキエル……主天使の長とされる上位の天使か。まさかもう召喚を許されるとは」


 話しているうちに、廊下の隅でうずくまる律軌を見つける。話し声は聞こえていたはずだが、顔を上げるまでに随分と間があった。


「……終わったようね」

「え、大丈夫? 何があったの?」

「……悪魔の術中にはめられて、この廊下から抜け出せなくなっていたのよ」


 声が少し震えている。よく見ると脚も震えているように見え、少し顔色も悪い。


「怖かったの?」

「なにが」

「反応早っ」


 ―――触らないでおこうか。

 送った視線の意味を、優乃もロザリオも理解してくれたようだ。そのまま、律軌について詳しくは触れずに寮へと足を進める。

 ただ、舞華と優乃はこっそり顔を合わせて笑った。



 翌日の朝。戦いの疲労と傷からか、全身を痛めたまま舞華は渡り廊下を歩く。優乃も疲労こそ見せているものの、結果として手傷を負わなかったせいか舞華ほど辛そうな表情はしていない。


「大丈夫です?」

「ベッド入ってから痛みが来て……腕も筋肉痛だし……」

「舞華ちゃん!」


 背後から声をかけられ振り向くと、安美が小走りで向かってきていた。少し息を切らしながら、笑顔で舞華たちと向き合う。


「昨日は、ありがとう。私、なんていうか、吹っ切れた気がする」

「ああ、いえいえそんな……ねえ」

「私達はただ相談に乗っただけですから」


 登校時間ということもあり、簡単な挨拶を交わしてから別れたもの、安美の顔は晴れやかだった。

 舞華たちと別れた安美はひとり教室へ向かい、扉を開く。すると、数人の生徒が歩み寄ってきた。


「檜枝さん、これ。昨日のノート」

「え、あ」

「いつも大変だと思うけど、みんな協力するから。頑張って卒業しよ!」

「……うん!」


「……檜枝安美、羨ましいことね。周りに人がいて……」

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