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第一話 旋律の軌跡、歌う草原、舞い踊る華#C

「本日の授業はこれで終了となります。門限を守って寮の部屋に帰るように」


 約六時間に及ぶ授業が終わり、教室のあちらこちらから唸るような声が上がる。

 最初の一時間を以て、この学校の授業が如何に濃密かが生徒たちに知れ渡った。

 効率的かつ高密度の授業についていくのが精一杯、といった生徒が多く見受けられ、舞華もその勢いに辟易としてしまっていた。

 座ったまま伸びをする舞華の元に、既に帰り支度を終えた優乃が歩いて来た。


「大丈夫ですか、まいちゃん?」

「け、結構進むね……ここ」

「天祥は完全進学校、そのうえこの少人数ですから。早くに通常授業を終わらせて、個人の要望を聞く余裕を作ってるんですよ」

「詳しいね」

「パンフレットにも書いてあることですけど、読んでないんですか?」


 当然のように聞き返され、舞華は笑って誤魔化す。

 ……ある理由から天祥への進学を即決したが、当時の学力が足りずリサーチよりも基礎学力の向上に時間を費やしなんとか入学できた、とは言えない。

 鞄を持って立ち上がる。規則により自炊をしなければならないため、早いところ敷地内のスーパーマーケットへ赴かなくてはいけない。

 優乃と並んで教室から廊下に出る。傾いた日差しは校舎に遮られ、蛍光灯に照らされたリノリウムが不思議なほど綺麗に見えた。

 第一校舎を出ると、中庭がある。寮までは渡り廊下が繋がっており、そこを横切ることで学外施設の区画に出る。

 ―――果たして、その光景を異様と呼ばずになんとしたものか。

 仮にも高等学校の敷地内であるはずが、そこにあるのはごくごく普通のスーパーマーケット。

 駐車場は教員・来客用に纏められているため、この場にないというのもまた違和感を生む。

 スーパーの隣には小さな小洒落たカフェがあるが、準備中の看板と共に来週から開店の旨が貼り出されている。

 最早疑問を持つだけ無駄、と思考を切り捨て、スーパーへ入店する。

 買い物かごをカート上部に入れ、下部に二つの鞄を乗せ、いざ自動ドアを超える。

 まず初めに目を引いたのは、西側の入口から真っ直ぐ突き当たりに見える群衆。群がる生徒たちからマグロの競りのような大声が聞こえてくる。


「……なにあれ」

「お惣菜です。卒業生のお話で聞いたんですが、お料理ができない人や課題で時間のない人にとって、あの手作りのお惣菜が生命線になっているみたいですよ」

「怖ぁ……」


 騒ぎが収まった後を見ると、惣菜を勝ち取った生徒は脱兎の勢いで寮へと走り去り、負けたらしい生徒たちは死んだようにへたり込んでいる。

 あんな風にはなりたくないと戦慄しながらも、舞華たちは奥へ進んだ。


「まいちゃん、お料理は得意なんですか?」

「得意だよ。お母さんが厳しくて、小さい頃から花嫁修業みたいなことさせられてたから」

「そうなんですか……なんというか、意外ですね」

「よく言われるー」


 言葉を交わしながら歩いているうち、舞華はある一角を見て足を止める。

 調味料のコーナーに、印象強い黒髪……宮下律軌がいることに気が付いたのだ。

 自然と、カートを押して歩き出した舞華の後を優乃が追う。


「こんにちは」

「…………歌原優乃、と……姫音舞華?」

「覚えててくれたんですね。律軌さんもお料理するんですか?」


 話しかけてなお言葉少なに返す律軌に、優乃が問う。


「……別に」

「しないんですか? でもほら、お醤油」


 優乃の指が示した先、律軌の手には確かに生醤油のボトルが握られていた。

 しかし、彼女はそれ意外の商品や買い物かごを持っておらず、かなり不自然な光景に見える。


「……あなたたちには関係ないわ。私、もう行くから」


 それだけを言い残すと、律軌は生醤油を持ったままレジの方へ向かっていった。


「……何故、お醤油だけを……?」

「さあ……なんでだろ」

「今度また聞いてみよっか……んー、今日は入学祝いにハンバーグ作ろ!」

「いいですね、私も手伝います!」


 カートを進め、商品を買い物かごに入れていく。

 レジはセルフレジとなっており、学生証を通すことで購入となるシステムのようだ。

 ……ただし、菓子類や雑誌などの嗜好品は個別に現金を払わなければならないらしい。


「……なんでさぁ、こんな複雑でめんどくさい学校造ったのかな?」

「校長先生が創設したんですよね、いつか聞けるといいですね」

「聞いてみたいよね」


 何気ない言葉を交わしながら、人参と玉葱を選別する。

 周りでも多くの生徒が同じように買い物を進めており、スーパーとは思えないほどに若い話し声ばかりが飛び交っている。

 粗方の材料を買い終え、買い物かごから指定のエコバッグに詰める。

 ―――その時、何気なく店の外を見た舞華の目に、小さな男子の姿が映った。

 小学生くらいだろうか、フード付きのローブという変わった服装をした金髪の男子が駆けていく姿が見えた。

 見間違いだろうか。ここは女子高で、関係者以外はまず立ち入ることができないはずだ。


「ね、ゆのちゃん。今さ、男の子見えなかった?」

「え? 男の子……? すいません、手元を見ていて……」


 首を傾げるが、答えが判るわけではない。考えても仕方なし、とエコバッグを持ち上げた。


「なんか今日は変なことばっかり起きるなぁ」

「そうなんですか? 何かが起こる前触れかもしれませんね」

「悪いことじゃなきゃいいけどね」



 その後、寮で夕食を作ったのだが、それもまた波乱だった。

 舞華の部屋にあるキッチンを使ってハンバーグを作り、雑談を交え楽しく夕食を済ませる。

 次は入浴を済ませよう、と部屋を出て話していると複数の生徒に絡まれた。

 料理の話してたけど姫音さん料理できるの、なんかいい匂いしたけど何作ってたの、など。

 そして総括して―――「私にも教えて欲しい」と多数の生徒に懇願されてしまう。

 準備もなく、部屋を回るにも一室に集まるにも人数が多すぎたので、必ず教えるから今は待って欲しいと約束を取り付けるしかできなかった。

 そうして多くの視線を浴びながら夕食を済ませ、入浴を終わらせた。

 しかし、浴場が銭湯のように大きかったこともあり、やはり他人の視線が気になっていまいち気持ちの良い入浴とは言えなかった。


「はー! つっかれたぁ!」

「大変ですね、明日から皆さんに料理を教えないといけないなんて」

「私以外の人も同じ目にあってるだろうし、できるに越したことないからね」


 苦笑を見せながら、備品のドライヤーで髪を乾かしていく。


「みんながどの程度かだよねぇ、ゆのちゃんは見よう見まねでできてるからいいんだけど」

「苦手な人もいますよね」


 ドライヤーを規定の位置に戻し、畳んだ制服を持って廊下に出る。


「じゃあ、おやすみ。また明日」

「ええ、また明日」


 部屋に入り、制服をクローゼットへとしまい込んでベッドへ座る。

 ただでさえ波乱の多い一日だったうえに、不思議な体験が重なったことで舞華の疲労はピークに達しそうだった。


「九時か……ちょっと早いけど寝ちゃおう……」


 言葉を紡ぎながらも、舞華はゆっくりとベッドへ倒れこみ、その意識は次第に薄れていった。



―――マイカ。聞こえますか、マイカ。


 声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。そう、あの夢で語りかけてきた不思議な声。

 だとしたら、これはまた夢なのだろうか。この声は何を伝えようとしているのだろう。


―――マイカ、目を覚ましてください。


 違う。

 思い切り上体を起こす。寮の中、自分の部屋。夢ではない、間違いなくこれは現実だ。

 しかし、その声は頭の中に響いてくる。


「だ、誰!? あなた誰なの!?」

―――私の導くまま、進んでください。

「え……」

―――早く。


 言われるがままに、部屋を出る。時刻の確認はしていないが、完全に消灯が済んでいる以上二十二時を回っていることは確実だった。

 ……いくら不可思議な体験であると言っても、今日初めて聞いた声を信用してもいいのか、少しだけ迷ったことは確かだ。

 しかし、あの夢のように、今誰かが戦っているとしたら。そう思うと、居ても立ってもいられないのが姫音舞華の性分だった。


「み、見つかったらどうしよう……」

―――大丈夫。人に見つかることはありません。

「本当なのぉ……?」


 声は、体育館の方から聞こえてくるようだった。

 寮を出て、渡り廊下を歩く。第一校舎の横を抜けると、体育館が見えてきた。

 ……建物の中で何かが光っている。電灯ではない、床に近い位置から光が漏れている。


「ね、ねぇ……あれって」

「誰だ!?」


 肩を震わせる。見ると、舞華の真っ直ぐ前にはスーパーで見かけた少年がいた。

 透き通るように美しい金髪、宝石をはめ込んだような緑色の瞳。ベージュのローブを羽織ったその少年は、舞華に問いかけてくる。


「生徒……? 何故こんなところに」

「あなたが私を呼んだの?」


 同時に言葉をかけるが、どうにも一致しない。舞華をここへ導いたのは彼ではないようだ。

 しかし、少年はその言葉に目を丸めて舞華に詰め寄る。


「君は……何かに呼ばれてここに来たのかい?」

「うん、夢で見た不思議な声から……」

「……そうか……なら」


 少年はローブの内側から何かを取り出し、舞華へ差し出す。見ればそれは、綺麗な桃色の宝石が嵌め込まれたブローチだった。


「君は天使に選ばれた。このブローチを受け取って……魔法少女として戦ってくれないか!」

「……えぇ!? ま、わ、私が! 魔法少女ぉっ!?」

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