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第十一話 その瞳に映るのは誰#C

「で、今日は」

「はい、今日はですねー、旬の野菜を使ったゴーヤチャンプルを作ります!」


 寮に戻りエプロンを着けた二人は、料理番組のようなやり取りをしながら食材を広げていく。

 まずは下ごしらえ。豆腐の水分を抜きながらゴーヤのワタをとって行く。ゴーヤは切った後で数分間水にさらし、次に豚バラ肉を一口大に切る。そのあとはもやし、ししとうなどと一緒に炒め、豚肉とゴーヤを順に追加して少し炒めてから味付け。火が通ったことを確認したら、豆腐を切り分けて投入しつつ溶き卵を用意し、入れていく。あとは食材が混ざり味が染み込んだタイミングで火を止め、暫く待てば完成。

 出来上がって少ししたタイミングで、部屋の扉がノックされる。


「はーい」

「あ、檜枝です」

「待ってましたー! ささ、どうぞ上がって上がってー!」


 安美は部屋に入ってすぐに、部屋に染み付いた様々な匂いに気が付いた。頻繁に料理をするのだろう、キッチンの方から漂ってくる匂いは今日の夕飯だろうかと思考が巡る。

 テーブルに座ると、程なくしてゴーヤチャンプルと白米が運ばれてきた。一目見ただけでも出来が良いのがわかり、非常に食欲をそそる。


「すごいね」

「いえいえ、これくらい」

「お口に合うといいんですが」


 促されるままに、いただきますと言って一口食べる。すると、よく染み込んだ味が口いっぱいに広がった。苦味や辛さが飛び出ていることもなく、非常に食べやすく箸が進む。

 感想を言うことも忘れ、目を丸めたまま食べ進める。自分に暖かい視線が向けられていることに気付いたのは少し後だった。


「あっ、えっと、ごめんなさい、これすごく美味しくて」

「んふふふふ~、そう言ってもらえると嬉しいです」

「がんばって作ったかいがありますね」


 二人の笑顔に促されるように食事を続け、気付けば普段よりも早く食べきってしまった。自分の手や口の動きもさることながら、舞華の料理の腕に驚かされる。

 一方で、舞華と優乃も安心を覚えていた。予想以上の好感を得られたため、話に入りやすい。


「ごちそうさま。すごく料理上手だね、びっくりしちゃった」

「えへへ~」

「まいちゃん」


 優乃に肘でつつかれ、舞華は呼吸を整えてから語調を変える。


「……檜枝先輩、ちょっといいですか?」

「え……何かな」

「今回ご飯に誘ったのって、実は気になったことがあったからなんです」


 安美の表情が強張る。それが不明瞭―――未知から来る恐怖であることは想像に難くない。

 それでも、自分がやらなくてはならないことだ。舞華は言葉を続ける。


「先輩……負い目を感じてるんじゃないですか?」

「負い目って……どういうこと?」

「ほとんど憶測でこんなこと言うのは失礼だってわかってます。でも言わせてください。先輩、自分が人から助けられてることを負い目に感じて、人の役に立たなきゃって……そう思ってませんか?」


 強く息を吸い込むような音と共に、安美の表情が張り詰める。焦っているのか、驚いたのか……呼吸にすら戸惑っているのは明らかだ。

 心が痛む。自分としては善意でも、他人の弱さに付け込むような言葉を吐くのは辛い。


「なんで、そんなこと」

「……檜枝先輩。他人のためを思って生きられる人は立派です。例え裏目に出るようなことがあっても、その精神は尊重されるべきものだと私は思ってます」

「……?」


 言われている意味がわからない。そう顔に出ている。


「でも、そのために自分を卑下しないでください。犠牲にしないでください」

「……そっか、そこまで……」

「蝋燭は身を減らして人を照らす。焦って自分を削るのは、誰よりも先輩が危ないんです」


 自嘲気味に笑う安美だが、直後に舞華が言った言葉の意味がわからなかったようでまた疑問の表情を浮かべる。

 見かねた優乃が少し口を挟んだ。


「蝋燭は灯りを提供する代わりに自分の体をすり減らすことから、自分を犠牲にして他人に尽くすことの例えです。先輩のそんな様子を、まいちゃんは放っておけなかったんですよ」

「うん、うん。ごめんね、心配かけさせちゃって」

「そうじゃなくて。檜枝先輩は凄く立派です。だから、無理に人の役に立とうとするんじゃなくて、もっと人に甘えてください」


 予想外の言葉だったのか、安美は上体を少し引くほどに驚いた。いける、そう感じて舞華は身を乗り出す。

 ここで味方だと示さなくてはいけない。無理をしている姿を見たくない。その気持ちを乗せて、精一杯の言葉を紡ぎ出す。


「体が強くないから、人のお世話になることが多くて、申し訳なく思っちゃうんですよね。でも、でも……だからって人より強くあろうとしないでください。それじゃ、いつか壊れちゃう」

「舞華ちゃん……」

「誰にも弱さを見せない人は、いつか潰れて壊れます。だから、まずは自分のためを考えて、ちゃんと人に甘えてください」


 舞華の言葉に、安美はしきりに頷きながらにわかに涙を流している。今まで同じようなことを言われた経験があっても、ここまで親身であると明確に伝えたのは舞華が初めてだった。気にしないで、いつでも頼ってと言われることはあったが、それすら負い目に感じていた安美としては大きな衝撃なのだ。

 今日出会ったばかりの後輩が、自分のためにわざわざ夕飯を作ってまで話す場を用意してくれた。そのことに溢れるような感謝と喜びが止まらない。


「ありがとう……ありがとう……!」

「私じゃなくて、普段支えてくれる人達に言ってください。きっと、先輩のことをわかってくれる人がいますから」

「うん……! うん……!」


 涙ながらに感謝する安美を見て、優乃は驚いていた。人の心をいとも容易く開いてしまう、そんな力が舞華にはある。

 優乃からすれば、人の心など他者が簡単に理解できるものではなく、いたずらに踏み込むべきではない。それを舞華は傷つけることなく、傷つくことなく開いてみせた。

 ―――ああ、この子は、本当に「特別」なんだな。

 落ち込むでもなく比べるでもなく、素直にそう感じる。躊躇はあれど、それを表に出さず話せるというのは希少だろう。


「……わかってくれて良かった。いきなりこんな話してすみません」

「ううん、いいの。嬉しい。本当にありがとう」


 舞華と優乃に深々と礼をして、安美は自分の部屋へと帰っていった。

 部屋を出ていく姿を見送ってから、舞華は大きく息をついて座り込む。


「はぁ~……良かったあ……」

「お疲れ様です」

「うん。檜枝先輩、納得してくれてほんとに良かった」

「よく頑張りましたね」

「……やっぱり子供扱い」

「してませんよ?」


 しかし、安美の心の暗雲が晴れたとはいえそれが全ての解決となる訳ではない。悪魔を倒せなければ今の努力は水泡に帰し安美は生贄となってしまう。

 勝たなければいけない、どうしても。決意を新たに、舞華と優乃は向き直った。


「あとは、今夜」

「ええ、悪魔を倒せば解決ですね」

「絶対助けるよ」



 夜の帳が落ちる。月が昇り、人ならざるものの時間が始まる。

 舞華は驚く程自然に目を覚ました。呼吸は平静、気分も落ち着いている。問題ない。

 部屋を出て、優乃と律軌に合流する。どこからか雨の匂いが抜けて、風が頬を撫でた。


「準備はよさそうね」

「ええ、コンディションはばっちりです」

「行くよ、二人共」


 気配を追って走り出す三人―――を、寮の廊下から見つめる影があった。


「あれが魔法少女……天使の力の担い手、ね」

―――驕るなよ、あれらは一度として贄も自らも殺していない。

「お手並み拝見といきましょうか」

―――間違っても気取られるなよ。

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