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第九話 強かに在るは誰が為に#B


 その刹那、世界が揺れる。

 舞華の叫びに反応するように、律軌と優乃の体はひとりでに駆け出した。倒れこむ熊の体重が地震と紛うほどの揺れを引き起こす。

 スローな世界が見えたあと、土煙が晴れ気がついた時には、律軌たちは無事でいた。


「……今のは……」

「なに……?」

『主天使の力だ。舞華の言葉を号令にして、下位の天使を動かすことができる』


 困惑する三人の頭に、ロザリオの声が響く。理解までに数秒の時間を要したが、舞華はロザリオに言われたことを思い出した。

 天使に対する指示。外部から律軌と優乃に命令を出し体を動かせる、というのが舞華の持つ能力。


「そういうこと、なんだ……」

「……助かりました」

「ええ……」


 しかし、驚いていられる時間はそう長くない。熊が立ち上がり、自身を取り囲む三人の少女を睨む。

 中でも律軌は肩に怪我を負っており、こちらが有利とは言い難い状況だ。

 舞華は、すぐに念話を飛ばす。例え不利でも、三人ならばこの熊を斃すことができるかも知れない。


『こいつ、皮膚がすごく硬い。私一人じゃ傷もつけられない』

『それは……難儀ね。あなたにできなければ私達には……』

『……リオくん、まいちゃんの……主天使の力は攻撃にも使えるんですか?』


 優乃の放った言葉に、舞華達は疑問の目を向ける。


『全ての天使を一つにまとめる……それが可能なら、きっと個々の比にならない力が出せるはずです』

『……それは、舞華本人が天使に聞いてみないことには』


 ロザリオの返答に対し、舞華は魔法少女になった夜のことを思い出す。あの時のように、直接的なやり取りができるのだろうか。

 しかし、時間がないこともまた事実だ。夜が明ける前に打開策を見つけ、バラムの復活を阻止しなければならない。

 胸元のブローチを握り締め、目を閉じて祈る。


―――聞こえて、どうか。

―― ――― ―――


 聞こえた。明確な言葉でこそないものの、舞華の身を護る主天使達の声が聞こえる。そして、その意味するところも、舞華には理解できる。

 聞こえています、と。


―――みんなの力を合わせて、あいつを倒したい。協力してもらえる?

― ―――― ―― ― ―――


 勿論。そのために、私達はここにいます。

 柔らかな、それでいて力強い返答。過酷な戦いの中でも、その声は少しの安堵をもたらしてくれた。

 ……しかし


「姫音舞華っ!」

「まいちゃん!」

「っ!」


 一瞬、遅い。目を開けた時には、既に熊の腕が目の前に迫ってきていた。優乃と律軌がせき止めようと攻撃を加えるものの、効かない。

 防御を。本能に命じられるまま剣を構え、腹で爪を受け止める。だが爪は弾かれることなく、剣に突き刺さった。

 重くのしかかる攻撃に、耐える。しかし、アンドラスの時の比にならない重量は舞華の体を押し潰さんと力をかけていく。何よりも、爪が深々と突き刺さった剣は腕力で動かせない。


「くっ……!」

「逃げることはできんぞ。さあ、どうする」


 力で押し返すことも、力を逃がすこともできない。何より、このままでは―――


「っ!」

「な……」


 重量に耐え切れなくなった剣が、折れた。目の前で金属片が散る光景は、嫌味なほどスローに見える。

 このままではやられる。丸太のような腕がゆっくりと迫る中で、思考は早巻きのように湧いては消えていった。

 しかし、舞華の認識と現実は違う。


「まいちゃん!」


 振り下ろされる爪、仰け反る体。爪が鎧を削り取るかのような厭わしい音が響いた。舞華の体は、その上半身を反らせたまま後ろに重心を奪われている。

 このまま追撃を喰らえば、舞華の命が危ない。優乃と律軌は駆け出そうとして……その光景を目にした。


「あれは……」

「何?」

「っ、うおぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 左足を下げることで姿勢を持ち直した舞華の右腕に、折れた剣が光となって収束していく。光に合わせるように舞華の手甲は一回り大きくなり、薄紅色の光が尾を引くものへと変わった。

 そのまま跳躍した舞華の拳が、熊の顔を捉える。ダメージにこそならないものの、顔面に拳をぶつけることで視界から外れ距離を取ることができた。


「まいちゃん!」

「ゆのちゃん、律軌ちゃんを治してあげて。ここは私が」

「どうするつもり?」


 先の攻撃でも明確なダメージは与えられておらず、舞華の胸当ては爪に抉られた跡がある。

 それでも、舞華の顔つきは諦めたようなものではない。


「二人の力……私に貸して!」


 舞華の言葉を皮切りに、優乃のメイスと律軌の拳銃が光となって砕ける。そして、舞華の手甲に二色の光が加わった。

 大きさこそ変わらないものの、拳を中心として三色の光が螺旋を描くように流れ出ている。その立ち姿は、戦士そのもの。


「今更何をしたところで」

「負けないよ。私は、私の自分勝手を貫き通す!」


 走り出した舞華の背を見ながら、優乃は律軌へ駆け寄りその肩に手を当てる。


「奇跡を」

「……ありがとう、歌原優乃」

「これが私の役目ですから」


 柔和な語調で話す優乃も、礼を言う律軌も顔は険しい。

 その視線の先、距離を詰めた舞華は跳躍。熊と一騎打ちの形になる。


「いっ……けええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 拳のぶつかり合い。一秒前後の拮抗を経て、舞華の拳から溢れる光がより強くなる。三人の魔力は螺旋となり、熊の体を削るように貫いた。

 その勢いは留まる事を知らず、熊の背後にいたバラムに向かって突き進んでいく。


「馬鹿な……!」

「バカで結構! これが私の、私達のやり方だ!!」


 急いで魔法陣を展開するも、遅い。既にバラムと舞華の間に距離はない。

 拳が、振り下ろされる。

 バラムの体が消えていく中で、舞華も糸が切れたように倒れた。


「まさか」

「本当に、あれで勝ってしまうとは」


 口をついて言葉が出るが、それどころではない。優乃は急いで舞華に治療を施し、律軌はロザリオを連れて庭園まで走る。

 幸いにも意識を失った訳ではなかったようで、舞華は力の抜けた笑顔を優乃に向けた。


「えへへ……勝ったよ」

「……もう、本当にバカなんですから」



 翌日。ひどい疲れから死んだように眠った三人は、気持ちよく朝を迎えることができた。

 教室に入り、荷物を下ろす。どこか肩の荷が降りた気がして、舞華は伸びをしながら息を吐く。


「姫音さんっ」

「ん~、美南ちゃん」

「昨日はありがとうございました」


 重ねて礼を言ってくるところが美南らしい、そんなことを思って言葉を返そうとしたその時―――大きな音と共に扉が開け放たれる。

 教室の入口には、険しい顔をした円花が立っていた。


「姫音と堀内はいるか!」

「ぅえぇっ!?」

「ぴぃんっ!」



「助かった。礼を言う」

「は、はぁ……」

「歌原と宮下だったか、あの二人にも伝えておいてくれ」


 気絶寸前の美南を半ば背負う形で、廊下で円花と対面する。

 最初こそ険しい顔をしていた円花も、第一声と共に笑顔に変わった。


「堀内がお前に頼った理由がよくわかった。昨晩、何かは知らんがお前たちに救われた……そんな気がする」

「そ、そうですか」

「何かしてくれたんだろう? 深くは詮索しないが感謝している」


 ―――記憶、ちゃんと消えてないじゃん―――

 と叫びたいのを飲み込んで、舞華は続きを促した。


「そして、一晩悩んで決着がついた。堀内!」

「ぴぃ!」

「お前を私の後継者にしたい」

「……え? 私が? ですか?」


 切れのある動きで指を指された美南は、まるでわけがわからないと戸惑っている。


「ああ、お前は物覚えがいい。勤勉で真面目で人の言うことをよく聞いてくれるからな。私に変わって、来年からの活動はお前に一任するつもりでいる。どうだ?」

「え、えぇ……と……でき、るか、わかりません、けど……御門、先輩、が、任せてくれる、なら……わたし、頑張り、たい……です」


 しどろもどろではあるが、美南はしっかりと受け継ぎたいと口に出す。泳いでいた視線も、最後は円花と目を合わせるように据えられた。


「うむ。お前のそういうところが私は好きだぞ」

「はひっ、あ、ありがとう、ごじゃい、まひゅ……」

「やったね美南ちゃん!」


 頭を撫でられて顔を赤める美南を見て、舞華は安堵する。これで、円花の心配事もなくなった。

 ホームルームがあるからとその場を後にする円花を見送って、二人は笑顔で教室に戻っていく。



―――方法は良し。だが選んだ相手が悪かったな。

『そうね……あとは誰が賛同してくれているの?』

―――こんな方法は初めてだからな、まだ同志の数も多くない。

『時間がかかりそうね……』

―――だが、決してゼロではない。お前の目的を達成するには十分なはずだ。

『ええ、そうよ……必ず……必ず、時が来る前に終わらせる』

―――決して、悪魔を使おうとはしないことだな。

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