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第九話 強かに在るは誰が為に#A

 ―――最悪だ。

 部屋を飛び出してすぐに、舞華は唇を噛み締めた。

 悪魔の気配がするのは、庭園。よりにもよって、最も戦い難い場所から魔力が発されている。

 どうか、草花が儀式の犠牲になっていないようにと祈りながらも、舞華達は庭園へ急いだ。



 暗雲が月を隠す。暗闇に包まれた庭園の中心で、円花はアルトサックスを抱えて立っていた。

 なんで、どうしてという言葉を飲み込む。何がどうあっても、目の前に悪魔が呼び出されようとしているのは事実だ。

 舞華に一足遅れて、優乃と律軌が到着する。


「……何故、彼女が」

「本当にわかんない。少なくとも、昼休みの間は円花先輩に何も感じなかった」

「みんな!」


 切迫した表情の律軌に詰め寄られ狼狽する舞華。そこへロザリオが駆けてくる。

 無論、舞華だけを責めるのも筋の通らない話であり、相手が超常的な存在である以上常にこちらの予想に当て嵌ってくれるはずもない。


「リオくん」

「急に悪魔の気配を感じたから……今までにない現象だ」

「話は後、今は」

「待ってくれ律軌……ブローチを」


 そう言ってロザリオが取り出したのは、丸められた羊皮紙。それを開くことなく律軌が差し出したブローチに向けると、宝石の中へ吸い込まれていく。舞華達が驚愕の表情を見せている間に、羊皮紙は宝石へ呑まれて消えた。

 疑問や驚愕の視線を受けて、ロザリオは言葉を紡ぐ。


「君のものを再現した、擬似的な楽器を作る魔法だ。ずっと自分のギターを使っていると、壊れてしまうかも知れないからね」

「……そうね、ありがとう」


 二人のやり取りを聞いた舞華の脳裏に、いつか見た夢がフラッシュバックする。持ち主の手から離れ、弦を失うベース。自分が愛用する楽器が、演奏や劣化以外の理由で壊れてしまうというのは、楽器にとっても持ち主にとっても本位ではないはずだ。

 そして、それを考慮してくれたロザリオもまた、精神的な部分でも魔法少女に寄り添ってくれているのだという実感が湧く。


「ブローチに手を当てることで楽器を取り出せるし、押し付けることで収納できる。これなら戦闘中に動きの不自由がなくなって、律軌が怪我を負うことも少なくなる」

「ああ、なるほど。それもあるね」


 ギターを常に抱えたまま戦うのは、舞華や優乃に比べてかかる負担が大きいのは火を見るよりも明らかだ。律軌が今まで使った重火器はどれも軽いものばかりであったにも関わらず、その動きは決して機敏とは言えない。

 何が起こるかわからない悪魔との戦いで、機動力が制限されるということは命に関わる。そういった面から見ても、ロザリオの判断は賢明だ。


「今日はそのギター、僕が預かるよ」

「……ええ。お願いね」

「……来ます」


 少し躊躇った律軌がギターを手渡し、優乃が警戒を口にした直後、円花がサックスを吹き出す。ジャズ的なテンポのよい音色が響くのとは裏腹に、瘴気を多分に含んだ魔法陣が禍々しい光を放つ。

 そして、演奏を媒介とし悪魔が顔を出し始めた。最初に目に映るのは、王冠を囲む二本の角。続けて真紅の目をした牡牛の顔が現れ、その下の長い顎鬚が見えてくる。細いながらも筋肉質な人間の体は、アンドラスを思い起こさせた。しかし、蛇のような尻尾がやはり悪魔であることを実感させる。

 全身を現世に表したその悪魔は、しわがれた低い声を響かせ不気味に笑った。


「ふぉっほほ……成る程。これはいい。ちまちま人間を選別する必要もなくなる」

「……?」


 何らかの意味を含んだ言葉。無論、舞華達にその意図を図る術はない。今は目の前の悪魔に対峙することが最優先だ。

 律軌がブローチに掌を押し当てると、そこから青い半透明の光が吹き出し、ロザリオの抱えるエレキギターと同じ形を取る。両手でギターを握った律軌が満足そうに頷いたのを皮切りに、三人は魔法少女へと姿を変える。


《魅せよ、第一の舞・契約の主天使達! 悪を打ち砕き、正義を貫く我が身に光を! ドミニオンズ!!》

《響け、第一の歌・契約の力天使達。高潔を以ち、正義を照らす我が手に奇跡を! ヴァーチュース!》

《轟け、第一の旋律・契約の能天使達。掟に従い、悪しきを正す我が手に武器を。エクスシーアイ!》


 薄紅・若緑・蒼。三色の波動が重なるように弾け、天使の力が三人を包み込む。出で立ちの変わった少女達を見て、悪魔はまたも笑い声を上げた。


「ほお……天使の力を使う人間とは聞いていたが……いやはやこれほどとは」

「……こっちに来なよ。円花先輩には絶対に手を出させない」

「うむ、よかろう……我が名はバラム。大いなる王である」


 名乗りを上げたバラムは、左手を地面に、右手を空に向ける。咄嗟に、舞華と律軌はアンドラスを思い出して武器を向けた。

 現れたのは、大きな熊と大鷹。鷹が右腕に留まると同時に、バラムが熊に跨る。決して素早くはないものの、威風堂々とした歩みで向かってくる熊は、ただならぬ気配を放っていた。

 しかし、舞華の挑発に乗ってくれたおかげでバラムを庭園の外に出すことができた。これである程度は気兼ねなく戦うことができる。


「……実質的な数は対等……厄介ね」

「うん……ゆのちゃん、突っ込み過ぎないように」

「理解しています」


 この場においてはっきりしていることの一つは、優乃が前回のような桁外れの力を出せないということ。そしてもう一つは、バラムが使い魔を呼び出したことで数が対等になったことだ。アンドラスも狼の使い魔を使役していたが、鷹という形に対してどう対処したらいいのか不明瞭なこともある。


「さて……行け」


 小手調べとでも言うのか、バラムはまず右腕の鷹を差し向ける。直上に飛び上がった鷹は、目についた優乃に向かって急降下してきた。咄嗟に舞華達は行動を起こす。


「ゆのちゃん!」

「くっ!」


 優乃の前に舞華が立ち、律軌が鷹へ向けて発砲する。しかし、これまでの悪魔と比較して小さな相手である鷹に銃弾は当たらず、翼の上を通過しただけだった。

 外れる可能性を考えた舞華は意識を手放す。途端に右腕が動かされ、鷹のくちばしを剣で弾いた。鷹はさして驚く様子もなく、バラムの腕へ戻っていく。


「ふう……いくよ、ドミニオンズ」

「ヴァーチュース! 勇気を!」


 強い語気で呟く舞華の後ろで、優乃がメイスを掲げる。すると、舞華と律軌の足元から橙の光が湧き上がり、それに合わせて全身により強く力が入った。

 力天使の能力を肌で感じた舞華は、心強さを感じると共に駆け出す。


「はああああっ!」

「愚直め」


 金属音。舞華が全力で振り下ろした剣が、立ち上がった熊の腕に弾かれる。魔法によって作り出された熊の体は、鉄のように硬かった。

 その後ろ、熊の動きに合わせて背から降りたバラムの顔が炎のように揺らめいたかと思うと、その顔つきが牡牛のものから牡羊へと変わった。

 舞華と熊が強く睨み合う中、バラムは含みのある笑い声を上げる。


「ほう……今までは運良く打ち勝てていたようだな。だが、そう上手くいくかな」

「ぐっ!」


 仁王立ちの熊が、舞華に向けて拳を振るう。その動き出しが遅い分、威力が確かなものであることは間違いない。舞華は剣を両手で構え、振るわれた拳を受け流す。そのまま左回りに回転し、左足の踵を熊の顔へとぶつけた。


「っ……!」


 硬い。蹴った脚の方に痺れを感じ、咄嗟に舞華は距離を取る。自分では、どうやってもこの相手に傷を付けられない。

 見れば、再び牡牛の顔に戻ったバラムがその不気味な瞳で舞華を見つめている。


「生憎……私自身にはお前たちと戦うような力はない。だからこうして使い魔に殺させることにした」

「なるほどね……!」


 相槌を返したものの、解決の手段は見つからない。三人の中で最も攻撃力に長けているのは、力天使の加護を受けた舞華だ。その力をもってしてなお、叩きつけた剣は弾かれてしまった。

 蹴りを浴びせた左足が痺れる。隙を探ろうにも、熊の鋭い眼光は舞華をっしっかりと捉えて逃がそうとしない。


 一方で、優乃と律軌も苦戦を強いられていた。鷹はその体躯に反して素早く、攻撃を仕掛けてくる一瞬を狙った反撃で無ければこちらの攻撃は当たらない。

 その上、今まで空を飛ぶ相手のいなかった律軌と戦闘経験の少ない優乃では打つ手が更に限られ、背中合わせになって攻撃を受け流すことしかできなかった。


「……向こうの攻撃に合わせて詠唱すれば……」

「姿勢だけは崩せるかも知れませんね」


 視線と少しの会話で互いの意思を示すと、二人は再度空を見上げる。程なくして、上空を旋回していた鷹が律軌目掛けて急降下してきた。直線的な軌道ではあるもの、銃弾を避けるほどの反応速度を持ち合わせていることは実証済み。

 であれば、と律軌はブローチに手を押し当てる。


「来なさいっ」


 限界まで鷹とにらみ合った末の演奏。音と共に放たれる波動が、直進してきた鷹を跳ね返さんと衝突する。


「っ……!」


 だが、想定外。鷹が羽根を折りたたみより速度を上げると、波動と拮抗し始めた。律軌は演奏を続けるが、それも数秒と持たず終わってしまう。

 突破されては―――


「ぐ!」

「ここです!」


 演奏の終了と同じタイミングで、優乃が鷹の下顎をメイスで殴り飛ばす。波動に抗っていたこともあり回避できず、鷹の体は軽々と飛んだ。

 その隙を見逃さず、律軌は今の詠唱で呼び出した短機関銃を撃つ。狙いを定める時間も無い以上弾丸は散らばるもの、幾発かが鷹の胴体へ着弾した。


「やった!」

「これで……」

「おっと、まだ動けるぞ」


 仕留めた。そう確信する声の直後、鷹はまるで力ずくで手直しされたかのように、不気味な動きで姿勢を整える。優乃達から見えない位置で、バラムが糸を引くように手を動かしていた。

 来る。そう思って律軌は狙いを定め弾丸を撒くが、当たらない。見切ったとでも言わんばかりの最低限の動きで、弾丸は夜空に吸い込まれていく。

 避けられない。直感した律軌は、咄嗟に自分の前にいた優乃を右へと押し退けた。


「何を!?」

「ぐっ……!!」


 鷹の鋭利な嘴が、律軌の左肩に突き刺さる。それと同時に律軌は右手の銃を鷹へ押し付け、その翼の付け根に向けて発砲した。

 尻餅をついていた優乃も、慌ててメイスを握り直し、鷹の胴体へ振り下ろす。無我夢中の数秒間の後、大鷹はぐったりと動かなくなった。

 呼吸が荒くなっていく中で、嘔気に襲われる。いくら身近にいないといっても、姿を見たことのある生き物を殺した、その実感が罪悪感となって二人の首を締め付ける。白い布に血を垂らしたように、少しずつ―――


「二人共っ!!」


 終わったと思い油断していた。舞華の声に振り返った時にはもう遅く、熊の巨躯が月明かりから二人を阻んでいた。

 舞華としても、自分が狙われているとばかり思っていたせいで反応が遅れる。このままでは、あの硬質な熊に二人が押しつぶされてしまう。

 焦燥のせいかスローモーションになる光景。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。早まる呼吸の中で、舞華は決死の叫びを上げた。


「避けてぇぇっ!!」


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