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第八話 心に、気高き一輪を#A

 長いようで短い、ゴールデンウィークが終わった。

 休み明けの登校初日、舞華と優乃は皐月からの願いで、休み気分の芽衣と杏梨をどうにか登校させる仕事を請け負っていた。

 二人を教室まで運ぶ体力勝負を終えて、額の汗を拭いながら一息をつく。


「ふー」

「二人共、しゃんとしてください」

「むーりぃー……」

「あいうぉんほりでぃー……」

「休み気分が抜けないのは良くありません」


 叱りたい気持ちも山々だが、席に着かなければホームルームが始まってしまう。

 急いで席に座ってからきっかり三十秒、間宮が扉を開けて教室に入ってきた。その誠実な佇まいは休みの前と一切変わりない。


「皆さん、おはようございます。連休明けで辛い部分もあると思いますが、今日から生活リズムを元に戻して行きましょう」


 ―――ま、そりゃそうだよねー……

 淡々と告げる声を聞いて、舞華はもう少し優しい言葉を期待した自分を笑った。

 だが、生徒達には一つ気がかりがある。今日の一限目が、授業ではないのだ。何をするのかは知らされていないが、もしかすると少しは楽しいことをやらせてもらえるのでは、という淡い期待を持つ生徒も少なくない。


「では、今日の一限目ですが……いきなりの授業ではついて来られない人もいるかと思いますので」


 おおっ、という声がどこかから上がった。

 四十二の視線の先で、間宮は淡々と言葉を続ける。


「美化委員のお手伝いをしていただきます」


 ―――お、おお?

 若干喜びづらい空気を察したのかは定かでないが、間宮は話し続ける。


「美化委員長から直々のお願いです。通常の授業でこそありませんが、気を抜かず遊ばずこなすように」


 はっきりと言い渡され、生徒達は苦笑いをこぼすか落ち込むしかなかった。





 列を形成し、中庭の庭園スペースへ向かう。まるでどこか高級なお屋敷のような、丁寧に手入れされた緑の囲む場所。あまりにも綺麗に整えられた庭園の中にはベンチなども存在する……が、「綺麗すぎて入りづらい」とはよく聞く話だ。

 そんな中に佇む、栗色の髪をロングに伸ばした上級生。ウェーブのかかった髪に高身長と、もはや高潔とすら言えるその雰囲気は、制服が似つかわしくないとすら言えてしまう。一年生の列に気が付くと、その人は振り返った。


「間宮先生、急で不躾なことを聞き入れてくれてありがとうございます」

「いいえ、学業に戻る前に気持ちを慣らすのもいいでしょう。あとはお願いします、御門さん」


 風に髪をなびかせ、堂々とした立ち姿でその人は言い放つ。


「―――美化委員長、三年生の御門円花(みかどまどか)だ。よろしくな」

「……御門、って……」

「あの?」

「C&Tの?」


 円花と名乗った彼女の苗字を聞いて、ざわめきが走る。

 口々に呟かれる名前を耳にしてか、円花は小さく笑って答えた。


「女子高生らしいことを言う。ああ、私は御門家の縁の者だ。あくまで親戚だがな」


 一層大きくなったざわめきが、間宮の咳払いで落ち着く。御門家と言えば、ファッション業界をはじめとして様々な業種を手広く運営する総合企業グループだ。そして、その家の者となれば当然、いわゆるお嬢様である。

 その立場を感じさせる立ち振る舞いは、先輩であるということを踏まえずとも彼女が威厳ある人物だということを表していた。


「さて……と、堀内!」

「ぴゃいっ!?」


 一度呼吸を整えたあと、円花は大きな声で美南を呼ぶ。唐突、かつ自分の名前が呼ばれたという事実に美南は跳ね上がって驚いた。

 美南が美化委員であることは舞華達も聞いていたが、どうやら事前の打ち合わせなどはない、円花のアドリブであるようだ。


「お前は物覚えがよく勤勉だからな、手伝ってもらうぞ。友人は何人いる?」

「ぇ、あ……あの……」

「はい!」


 迅速、かつ明確に話す円花に対して、美南が混乱する。すかさず舞華は手を挙げ、前にいる芽衣の背中を指で叩いた。

 芽衣は舞華を一瞥して頷くと、同じように手を挙げる。


「はいはーい! あたしもでーす!」

「え、んじゃアタシもー!」

「では、私も」

「そうですね」


 芽衣に続いて杏梨、皐月が手を挙げ、空気を読んだのか優乃もそれに倣った。立て続けに手が挙がる様を見て、円花は満足そうに頷く。


「いい友人を持ったな、堀内。教えられるか?」

「ひぇ、は、はい……メモは、して、あります」


 ここで断ったり、必要以上に狼狽えたりしないところから、美南の成長が伺えた。一年生は二手に分かれて、花の手入れや細かな雑草の除去を始めた。





 作業自体は体力を要するものの、そう辛いものではなかった。美南がこれまで円花達から教わったメモを元に花を手入れしていく。


「……何故、私までこっちにいるの……?」

「友達!」

「意味がわからない」


 また、作業開始に際して舞華と優乃に引っ張られ、さながらロズウェル事件の宇宙人のような様子を複数人から笑われた律軌は、目に見えて不機嫌になっている。

 しかし、肉体労働とはいえ思いのほか楽な作業であるせいか、庭園は賑やかになりつつあった。


「ひ、姫音さん」

「んー?」

「あり、がとう……ござい、ます」


 ふと、舞華の元へ美南が歩み寄って来る。照れていることを隠さない笑顔で礼を言われ、舞華の方も気恥ずかしくなってしまった。

 しかし、美南は言葉を続けるでも作業に戻るでもなく、もじもじと舞華の前で視線を動かしている。言いたいことがまだあるのだろう、と舞華は察して声をかけた。


「何かある?」

「ひぇ、あ、あのぅ……わたし、じゃ、ないん、ですけど……」


 どうにも要領を得ない。美南の性格というよりは、話の内容が問題であるようだ。


「言ってみなよ。聞くだけなら何もないしさ」

「ぅ、はい……その、ですね……」


 落ち着かないのか、一度長い深呼吸を挟んでから美南は口を開く。


「御門先輩、たぶん……何か、悩んでるんじゃ、ないかって……」

「……あの人が?」


 思わず振り返った舞華の視界には、初対面の下級生相手でも一切の遠慮なく熱の入った指導を行う円花の姿が映る。

 第一印象だけで判断してはいけないとわかっていながらも、円花が何かを悩むような人間にはとても見えない。


「その、最近、表情が、暗くなること……多くて……何か、あったん、だと」

「う、うん……それで、なんで私に?」

「ひっ! 姫音さんなら……私の時みたいに、お話、聞いてあげたり……できないかなって……」


 言っているうちに、自分の発言が身勝手だと再確認したのだろうか。美南の声が少しずつ小さくなっていく。否、声どころか段々と姿勢をかがめていき、最終的には座り込んでしまった。


「ごめんなさい……」

「い、いや、えっと……うん、き、気持ちはわかるよ!」


 わかったからどうにかできる訳ではないが。

 美南は、自分の件を元に舞華ならば話を聞いてやれるかも知れない、と感じたのであろう。身勝手ながら、それだけ円花を気にかけているということでもある。

 しかし当然ながら、その時舞華が抱えていた事情としては、美南がフォラスに取り憑かれていたから美南の心の隙間に気づけた、というだけのことであり、それは決して舞華が持つ能力ではない。


「わ、私で役に立てるかなぁ……」

「うぅ……勝手、ですけど……わたし、話すのも、聞くのも、下手くそだし……」


 ……言ってしまえばこの時点で舞華は、美南の頼みなら仕方がない、と思い始めてしまっている。

 ―――ああ、そういうところだぞ私。

 どうにか思考を矯正し、もう一度円花を一瞥する。何度見ても、その姿に悪魔の気配は見られない。


「……ちなみに、さ。美南ちゃんはどうして、そんなに御門先輩のこと気にかけるの?」

「え、あ……ぅ、そのぉ……個人的な、話、で、申し訳ないんです……けど……」


 いつにも増して話すのが遅いのは、やはり躊躇いがあるせいだろう。それでも、舞華は続きの言葉を待った。


「わたし、御門先輩には、優しく、してもらって……恩返し、じゃ、ないですけど……何か、悩んでる、なら……聞け、ないかなって……」

「うんうん、なるほどねー。美南ちゃんがそこまで言うってことは、本当に……」


 ―――自分のことみたいに、悩みすぎじゃないかなぁ。

 舞華自身も大概だと思ってはいるものの、大別すれば他人事にも関わらず、思い悩んでしまうのはそれだけ美南が優しいからだろう。


「多分、わたしみたいな、聞き下手じゃ、本当のこととか……話して、もらえない、だろうし……姫音さんなら、上手く、引き出せる、かなって……うぅ」

「期待してもらえるのは嬉しいけど、私先輩のことよく知らないしなぁ……」





「と言ったのに、何故承諾したの?」

「まいちゃん……あなたって人は……お人好しどころかバカなんですか?」

「だってぇ……美南ちゃんああ見えて結構強かで押しが強いんだもん……」


 昼休み。結局、美南の頼みを引き受けてしまった舞華は、図書室に向かっていた。

 悩みは聞けないと言った美南だが、円花と舞華を図書室で落ち合わせる約束は取り付けられるらしい。

 そして、話を聞いた優乃は、図書室という点からある閃きを得て律軌を連れ出してきた。


『助かるよ、優乃。君達自身が悪魔や天使について知ることは、魔法少女としての生存能力を向上させることに直結する』

「リオくんもこう言っていることですから、しっかり勉強しましょうね」

「……そうね」


 ―――図書室ならば、天使や悪魔について詳しく記した本があるんじゃないですか?

 という優乃の発想はこれまでの戦いからして盲点であり、敵と己を同時に知ることのできる名案であった。

 知識の面でロザリオに頼りきらずに済むことは、大きなアドバンテージとして働くだろう。

 会話を交わしているうちに、第二校舎の二階にある図書室にたどり着いた。


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