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第六話 その瞳は誰よりも真っ直ぐ#B

「―――まいちゃん」

「!?」

「人間……? お前もこいつらと同じか?」

「……ゆ、の、ちゃん……?」


 優乃は舞華を見て苦い表情を見せたあと、ウァサゴに視線を向ける。芽衣の姿で高圧的な声色を出す赤い光を見て事を察したのか、表情を険しくして問いかける。


「あなたが悪魔ですか? ……随分と悪趣味な見た目をしているようですが」

「質問に質問で返すな人間、先に問うたのは私だろう」

「……私は、たった今、二人と同じ道を選んだ者です」

「ほう、話はわかるようだな。ならば答えよう。我が名はウァサゴ、この姿はその贄の持つ「愛」の具現だ」


 静かな声色での問答を経て、優乃の目つきは一層鋭くなる。ウァサゴのその姿が、皐月の芽衣への気持ちから出来たもの……皐月の心を軽んじたものだと知って、ブローチを握り締めた。


「よくわかりました。私に何ができるかはわかりませんが……放っておくわけにはいかない」

「待ちなさい歌原優乃! こいつは悪魔の中でも上位の存在、力の使い方もわからないあなたじゃ」

「同じことを! まいちゃんやあなたに言ったら聞き入れるんですか!?」


 ―――彼女も馬鹿ではないのだから、わかってくれるはずだ。そう思っていた律軌は、優乃の剣幕とその言葉に押し黙った。当然ながら、舞華に同じことを言っても聞き入れないのは想像に難くない。そして、律軌自身そう言われたところで引き下がったりはしない。

 優乃に眠る力が、ブローチを通して魔力へと変換されていく。三者の視線を受けたまま、優乃は高らかに―――歌った。美しい一音のロングトーンが、魔力の波動と共に天使を呼び出す。


《響け、第一の歌・契約の力天使達。高潔を以ち、正義を照らす我が手に奇跡を! ヴァーチュース!》


 波動と光が収まる。そして、収束していく光の中心には、僧侶を彷彿とさせる高潔な衣装に身を包んだ優乃の姿。更に、その頭上から降ってきた武器は、メイスと呼ばれる刃のような突起がついた鈍器だった。

 メイスを手にした優乃は、その重量に取り落としそうになる。なんとか持ち直したあと、相当な重量の鈍器を自分が手にしているという事実に驚いて、メイスをまじまじと見つめた。


「これが、魔法少女……」

「……なるほど、力天使か……ここまでそろい踏みだと厄介なものだな」


 厄介、という言葉の意味を律軌が理解するよりも一瞬早く、ウァサゴは優乃目掛けて走り出した。瞬く間も与えないような速度で、赤い光が尾を引いて優乃へ迫る。

 警告も間に合わない、これでは―――


「むっ!」

「ごっ……!?」


 ……人心地を失った次の瞬間に律軌が見たのは、両手で握ったメイスでウァサゴの頭を殴りつける優乃の姿だった。

 あまりに予想外の出来事に、律軌もウァサゴも何が起こったのかわからず思考が白に染まる。そして、その僅かな隙すらも優乃は見逃さない。


「っ、ぐ!」


 振るわれたメイスを、後ろに飛び退いて避ける。悪魔であっても、連続して同じ方向ばかりを殴られれば痛みは蓄積する。

 しかし、驚くべきは優乃の適応力。二度の戦闘を経験した舞華ですら、ウァサゴの初撃は防ぐのがやっとであったにも関わらず、優乃は一切怯えることもなく反撃に出た。


「お前、何故……!?」

「何故? 聞きたいのはこちらです。この場が戦いの場であって、あなたが悪魔である以上、不意打ちという危険性を考慮するのは当然のことでしょう?」

「……姫音舞華でも、反応して防ぐだけだったのよ。よく反撃を……」


 律軌の言葉を聞きながら、優乃はゆっくりとウァサゴに向けて歩みを進める。最早律軌や舞華に視線を向けることもなく、冷たい声で言い放った。


「……私、今とても怒っているんですよ? まいちゃんとはそれなりに仲がいいと思っていたのに、こんな大きな隠し事をされて。それも律軌さんと2人で……ですが」


 言葉を切ると同時に、メイスを投げつける。近づいてきたことからも投げるという動作に驚いたウァサゴだが、右手でメイスを弾き飛ばした。

 そして、睨み合う形になったウァサゴへ向けて、優乃は低い声で言葉をぶつけた。


「今はそんなことよりも……姿かたちを利用して皐月さんの想いを踏みにじったあなたに、何よりも怒っているんです」

「何を、馬鹿な、ことを……」


 決して声を荒げずに発された言葉には、確かな重みがあった。反撃に出ようとするウァサゴだが、その動作を見た優乃はすぐさま歌声を上げ波動を生み出す。

 二本目のメイスを手に取った優乃は、波動を受け動きを封じられたウァサゴへ突っ込み、殴りつけた。その様には、アンドラスを斬った時の舞華のような迷いは一切見られない。反撃の余地すら与えずに、二発、三発と攻撃を重ねる。


「ぐっ、う! お前っ、何故っ、そんなっ、力を!」

「……規格外の大きな怒りが魔力に変わって、天使の力をより強く引き出したんだ」


 いつの間にか教室に踏み入れていたロザリオが、律軌の隣に膝を下ろす。そして、舞華の傷を癒しながら律軌に疲れきった笑顔を向けた。


「意志の強さは一級品以上だね、彼女……」

「……苦労、したのね」

「ああ……いくら引き止めても聞いてくれなかったよ」


 流石に押し付けたことが不憫になって、律軌は目をそらす。舞華もゆっくりと体を起こしながら、僅かに震えた声色で呟いた。


「……あんなゆのちゃん、初めて見た……」

「爆発力は目を見張るものね……」

「……あっ、今!」


 思い出したように、舞華は床へと―――魔法陣へと剣を突き立てる。途端にウァサゴが芽衣の姿を保てなくなり、優乃の最後のひと振りと共に霧散した。

 突然の出来事に動揺したのか、戦闘が終わったことを肌で感じ取ったのか、優乃は糸が切れたようにメイスに振り回される。


「あっ、わ、ふぅ……」

「……その、なんだ、お疲れ様、優乃」

「あ、ろ、ロザリオ。説明しなさい、何故彼女が勝てたのか」


 ―――私達への言及は避けるわよ。

 ―――無理だと思うよー……

 念話すら使わないアイコンタクトを経て、二人はロザリオへ視線を向ける。


「ああ……さっき言っていた通りに、優乃が心の底に溜め込んでいた怒りと疑心が、魔法少女になることで爆発的な力になったんだと思うよ」

「怒りと……」

「疑心、ね……」

「それと、もう一つは力天使の特性によるものが大きいかな……優乃、舞華の頬に手を」


 言われるがままに、優乃が舞華と向き合って右手を頬に当てる。一見すると笑顔だが、まだ怒りが収まっていないのは目を見ずともわかってしまったため、舞華は必死で視線を逸らした。

 すると、優乃の手からロザリオのものとよく似た黄緑色の光が浮かび、舞華の傷を治していく。頭を中心として残っていた違和感も消え去り、舞華は思わず声を上げた。


「おぉ……すごいよこれ! 気持ち悪いのも全部治った!」

「力天使は、中位三隊の天使の中でも、実際に現象としての奇跡を司るとされている。優乃の本分は、こうして味方を癒したり、他の天使達の力を底上げすることにあるはずだ。今回ばかりは、その底上げを全て自分の力としたお陰で、ウァサゴの動きに対応できたんだろうね」

「え、なにそれ。私達今までそんなのあった?」

「勿論あるよ。主天使には自分より下位の天使へ指示を出す能力が、能天使には上位の天使に追いすがるほどの、悪魔に対する強い攻撃力がある。律軌は常にこの特性が活きていて、舞華は前に出て切り込んでいたからその力の使いどきが無かった。それだけさ」

「……どこか釈然としないけど、納得したわ」


 律軌が微妙な表情で頷く。そして、その瞬間を見逃さずに優乃が口を開いた。


「それで、二人共」

「え」

「っ」

「私に何か言うことがあるんじゃないですか?」


 ……穏やかな笑顔だ。これ以上なく穏やかで、まるで風吹く草原のよう。しかし、吹いている風は雷雲を運んできているのだが。

 いたたまれなくなってロザリオに視線を移すと、君達のツケだろうと視線で返される。

 謝ることが嫌だとは言わない。ただし、今の優乃を相手にすると何か途轍もない仕返しが待っているような、そんな予感が離れない。

 仕方ない、そう思った律軌はわざと優乃にも聞こえるように念じた。


『……姫音舞華、だから言ったのよ。彼女には話しておくべきだと』

「聞いてないよ!?」

「聞き逃したの?」

「いや言ってない! 絶対言ってないでしょ!」

「誤魔化さないでください」

「っ、ご、ごめんなさい……」


 どうにか話を逸らそうとしたものの、鋭い声に両断される。

 最早適当な言い訳をつけて逃げるしかない。律軌が一歩下がろうとした瞬間、痺れを切らした優乃が二人の肩を強く掴んだ。

 力技で座らせられる二人を尻目に、ロザリオは皐月を部屋へと返すのだった。



 翌日、日曜日。本来なら午前いっぱいまで寝ようとしていた芽衣は、皐月からの着信によってたたき起こされた。震えるスマートフォンの画面には七時九分とあり、寮生活である天祥生には平日とそう変わりない起床時間だ。

 わざわざ電話で起こしてくるなんて、と思いながらも、芽衣は寝ぼけ眼のまま応答する。


「おあよーしゃつきぃ……どしたのぉ……」

『芽衣、おはようございます。今日で課題を終わらせますよ』


 そんなことを伝えるために、と若干不機嫌になるが、すぐに問いただす。


「わざわざ、ふあ……電話して言うことじゃないっしょ……」

『……芽衣』


 声の雰囲気が変わった。その違和感に、少し目が覚める。

 普段は出さないような、すこし感傷的な声で、皐月はゆっくりと言葉を紡いだ。


『あなたは、私にとって唯一の人です。これからも、末永くよろしくお願いしますね』

「……ん、ふふっ。何それ告白ー? まったくもー急に真面目なトーンで言われたらビビるっしょー!」


 思わず笑い声を上げてしまったものの、ひと呼吸置いてから芽衣も言葉を返す。


「……あたしも、皐月が一番好きだよ」




「だからって朝っぱらから課題やりたくなーい!」

「へるぷみ~……」

「わからなければ教えますから」

「自分で考えてわからなければ、ですが」

「……なんで私の部屋でやってんの……?」


 その後朝九時、皐月が芽衣を、優乃が杏梨を連れて舞華の部屋を訪れた。朝食を振舞ってから、課題の大詰めが始まる。

 その日の芽衣を見守る皐月の顔は、昨日までとは打って変わって晴れやかなものだった。

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