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第五話 五月雨、追憶、対岸へ#B

「っ!」


 咄嗟に、頭を上げ立ち去ろうとした皐月の右腕を掴む。完全な無意識の行動に、我に帰った舞華自身も驚いた。

 しかし、今のままでは皐月が危ない。少なくとも、彼女の心中に何があるのかは知っておきたい。


「……姫音さん?」

「あ、明日っ! 一緒にご飯食べない!?」

「……? 私は構いませんが……」


 焦りすぎた。過ぎた剣幕に、芽衣と杏梨が訝しげな視線を向けてくる。舞華は必死に、この場を凌ぐ言い訳を考える。

 一方で、教室を出ようとしていた律軌も舞華の様子を見て不信感を抱いていた。焦った様子からは、悪魔を見つけた時のそれを連想させるもの、律軌自身は悪魔の気配を感じていない。

 数分にも思える約五秒を経て、舞華はやっとのことで言葉を絞り出す。


「……芽衣ちゃんに、合った勉強法、考えようと思って」

「そういうことですか」

「うえっ、いいってそんなの」

「まーまーめーめー、良かったじゃん?」

「せっかくだし杏梨ちゃんの分もね!」

「わっつ!?」


 手を離すと、皐月はもう一度礼をしてから立ち去る。舞華は、両脇からの騒音すら気にも留めずに安息の息をついた。

 どうにか芽衣達を諭して教室から出ると、律軌の声が頭に響く。


『姫音舞華……今のは?』

『……皐月ちゃんに、悪魔が憑いてる。今までの二体より、もっと強い』

『私は何も感じなかった……自分の力を上手く隠せる悪魔だということ?』

『多分……でも、』


 舞華は、少し言いよどむ。純粋な力の大きさに驚き、圧されたのも事実だ。だが、それ以上に


『まだ完全じゃない、気がする。儀式に移るまでに、あと一日はかかる……そんな感じがした』


 フォラスとの戦闘を経て、魔力そのものの扱い方を理解するべきだと痛感した二人は、ロザリオの協力もあって以前より魔力の流れに敏感になっていた。

 舞華自身の体感では、戦闘で魔法少女としての力が馴染んでいくに連れて、自然と感覚が鋭敏になっていった、と捉えている。

 そして、より鋭い感覚だからこそ、今感じたものが不完全であることが理解できてしまった。完全になれば、それこそ自分達では太刀打ちできるかもわからない。


『……ごめん。私がこんなこと言っちゃ駄目だと思うけど……勝てる自信……ないかも』

『……それでも』

『うん。やるしかない』


 寮に入ると同時に、念話を終える。

 当然ながら、不安が晴れることはない。舞華達が負けることは、そのまま多くの人間の死に直結する。

 しかし、ここに来て舞華が最も恐れていたのは、自分以外の人間が犠牲になることだった。


「……舞華ちゃん、怒ってる?」

「え」

「あー、その、ごめんよ姫。勝手に部屋まで押し入ったり」

「あーもう! 別にそれは……いや怒ってないわけじゃないけど、今更謝っても遅いし!」


 思考を重ねるうちに、またも表情が険しくなっていたようだ。思いつめたかのような顔を見て二人が謝る。

 舞華はわざとらしく反論するも、気を遣ってもらえたことが嬉しく、笑顔に戻ることができた。

 部屋に入った三人は、雑談を交えながら鞄を置き、課題をテーブルの上に広げる。

 それからの時間は、課題の進みこそ早くは無かったものの、楽しく、不安を忘れられるひと時となった。



「はー……楽しかった」


 二十時。夕食まで食べていこうとした二人だったが、材料の用意がないことと、料理をしたくないという意志が透けて見えたことで今日は駄目、と部屋へ返した。

 そもそも、二人には四月下旬に料理を教えたばかりであり、その時に買った材料はまだ使っていないという。ならば一度は自分一人で作って欲しい、というのが本音であった。

 これから舞華も夕食を作らなければいけない。自分の課題を片付け、冷蔵庫を開けようと立ち上がった時、ふとフォラスのことを思い出した。


―――お前たちのそれは、天使だな? 魔族の魔法ならば私にここまでの傷をつけられるはずもない―――


 天使、魔族。魔法少女として悪魔と敵対している分には、別段驚くような単語ではない。しかし、その存在を知らされていないとすれば話は別だ。

 自然と思考が続き、変身の際に唱える呪文が頭に浮かぶ。契約の主天使達……自分達の使っている力は、天使のものということだろうか。

 天使と悪魔が面と向かって敵対し争う、そんな話は聞いたことがない。元より対象的に捉えられ易い二つの概念だが、それはあくまで形骸化された現代人の感覚、それも特定の宗教に属さない日本人独特のものである、そのはずだ。

 一度考え始めてしまったせいで、次々と疑問が湧いて出る。いてもたってもいられなくなった舞華は、ロザリオに呼びかけた。


『リオくん!』

『舞華、何かあったかい?』

『悪魔、見つけたよ』


 まずは、皐月の影に潜む悪魔についてを伝える。ロザリオもこの事態を把握していなかったようで、舞華の話を食い入るように聞いて焦りを見せた。


『そこまで上手く人間に溶け込むとは……恐らく上位の悪魔だ』

『やっぱり……』

『……どうにかして、対策を練らなくては』

『あ、ちょっと待って……律軌ちゃん、聞いてる?』


 ロザリオに報告する傍ら、これからの話に必要だとして律軌にも会話が届くよう念じていた。舞華にとっては、ここからが話の本筋となる。


『ええ』

『よし……ねぇリオくん、聞きたいことがあるの。フォラスの言ってたこと』

『……』

『天使とか、魔族とか、知らされてないことがたくさんあった。リオくんが嘘ついてたとは思ってないけど……それって私達が知っておくべきことだよね』


 あくまで、責めているわけではない。純粋な質問であることを念頭に置き、冷静に語りかける。

 舞華自身、ロザリオが何故最初からこの話をしなかったのかは、ある程度わかっていた。


『ああ、間違いない。君たちに話しておくべきことだ……でも隠していたんじゃない』

『最初から複雑な言葉を出してしまえば、私達が混乱して魔法少女にならなかったかもしれない。そうでしょ?』

『……察しがいいね、舞華は』


 暫くの沈黙の後、ロザリオは話し始めた。舞華は話が長くなると予想し、勉強会で飲んでいたほうじ茶を新しく注ぐ。


『……まず、僕は人間じゃない』

『あー……やっぱり?』


 それ自体は舞華も律軌も薄々ながら理解できていた。人間として見れば、ロザリオの小さな容姿と大人びた言動は明らかに相違している。魔法を使えることからしても推測はできるため、大きく驚くようなことではない。

 無論、それでも人間にしか見えない姿をしているために、にわかには信じがたいと思っていた舞華は少しだけ面食らった。

 だが、舞華達の魔法を見たフォラスの言葉を思い返せば、その正体も導き出せる。


『魔族って言うのはあなたのことね?』

『ああ……僕は、過去に繁栄し、滅びかけた魔族……その生き残りだ』


 滅びかけ、生き残り。その言葉に、舞華は強烈な違和感を覚える。当然のことながら、舞華達は魔族などという存在を知らなかった。しかし、ロザリオは繁栄、という言葉を使った。

 何故、その記録が一切残らなかったのだろうか。噂話やオカルトの一部として伝わっていてもいいはずだ。


『……元々、魔族は非常に数の少ない種族だった』

『うん』

『それでも魔族が存在していられたのは、その当時の人間たちが魔法を信仰していたからだ』


 まだ熱いほうじ茶を、口に運ぶ。体中に熱が行き渡り、思考を冷静に運ぶ準備が整う。


『だが、魔法信仰はある時終わってしまった。そして、その直後に行われたのが』

『……中世の魔女狩り……?』

『そうだ。魔族は捕まり処刑され、人間は科学を発展させた。ごく僅かな生き残りを除いて、魔族はほぼ絶滅したんだ』


 沈黙。対象すら定まらない同情が、舞華達に生まれる。


『それでも、ごく僅かな生き残りは現在まで生き延び、僕が生まれた。表立って生きることのできない中でどうにか僕を生かすために、母は自分の魔力を……生命に至るまで犠牲にした』

『……』

『本来、魔族と人間に見た目の変わりはない。それは成長においても同じで、魔族も人間と同じ年月で同じように成長する……でも僕は違う。既に三十年以上生きているが、幼少期には食べるものもなく、母の魔法によって生かされていた。だから体が成長していないんだ』


 父親は、と言いかけたが、口にはできなかった。ここで話さないということは、それ相応の事情があるのだろう。

 聞いていて心の痛む話、そのせいか口に運んだ茶の後味も苦く感じる。


『……どうにか生きる道を見つけた。でもそれは、この学園の中で生きることに他ならない。悪魔たちが常に目を光らせて人間を値踏みする、そんなことがこの時代にあっていいはずがない!』

『……だから、魔法少女を?』

『ああ、僕は……その、魔族だが戦う能力はないんだ。両親がそうだったように、召喚と道具作りしかできない』

『なるほどね、だから召喚ができる道具を作り私達に与えて、代わりに戦ってもらっていた、と』


 これで、ロザリオの動機と魔法少女の存在には合点がいった。

 暫くの沈黙の後で、重い口を開くように律軌の声が響く。


『あなたについては理解できたわ。それで、天使って何?』

『ああ……君達を選んだ理由、魔法少女の素質……それは、天使の声を聞くことのできる、純粋な心の持ち主、ということだ』

『天使の声……』


 舞華は、ロザリオと始めて会った時を思い出す。あの柔らかな声が天使のものと言うのなら、夢の中に現れたことへの疑問も和らぐ。


『……意味がわからない』

『そう、だろうね。天使の声は年を重ねるに連れて聞こえなくなる。それに、天使が直接声をかける時は、生命の危機などの人間ではどうにもならない事態だ。その経験がある方が珍しい』

『なるほど』


 舞華はこれまで、事故に遭いかけたような経験がない。もしそんな事態になっていれば、あの声が助けてくれたのかも知れない、ということだろう。


『悪魔は、魔族の衰退と共に天使に捕らえられた過去があり、今はこの世界や人間に接触できない』

『だから儀式が必要で、怨敵の天使を恨んでるんだね』

『ああ、そうだ。そして、悪魔達は結託してルールを定め、より強い力を得られるこの学園内で復活を目指しているらしい』


 結託してルールを定め、という発言にまたも引っかかりを覚える。今までの戦闘で、悪魔が結託するような様子は全く見られていない。てっきり、個々の悪魔が勝手に蘇ろうと都合のいい場所を選んでいるのだろうと思っていた。

 しかし、その違和感を頭の中で取りまとめる前にロザリオの言葉が続く。


『本来なら悪魔同士が手を組んだりすることはない。でも学園の中で儀式を行う以上はルールに従わなければならないようだ。詳しいことはわからないが、それを破った悪魔と他の悪魔の殺し合いを何度か目撃している』


 なるほど、そういうことかと手を叩く。あくまで最低限、暗黙の了解に従わなければ他の悪魔に襲われる。ロザリオはルールの存在のみを知って憶測で話しているようだ。


『……えっと、それで』

『天使だね。彼らは元より結束力・序列を重んじる種族で、神の定めたルールを絶対として動く。だから通常ではこの世界に姿を表したり、直接的な干渉をすることはない。あくまで声を聞かせる程度だ』


 電気ケトルの湯が切れた。この話が終われば夕食にすることもあり、舞華はマグカップをシンクへ持っていく。


『だが、悪魔が復活しようとしているとなれば話は別だ。僕が君達に与えたブローチは、天使と交信し、彼らを武器や鎧の姿で召喚する機能を有しているんだ』

『……ってことは、私達が普段使っている武器って』

『天使達がこの世界に来るために姿を変えたものだ。無論ながら生きているし、武器を捨てると消えるのは、君達に触れていないとこの世界に留まることができないからだよ』


 これには驚いた。それと同時に、今までの戦闘の記憶が蘇ってくる。

 ―――ただの武器だと思って、投げたりしてすみませんでした。


『……そう、生きているのね……』

『あー、なんだ、その、投げ捨てたりしたことを気に病む必要はない、はずだ。彼らだって君達を信じて力を貸してくれている訳だし、同意が無ければ召喚はできない』


 ほっと息をつく。天使と言うからには、人間より遥かに偉いはずだ。それを武器として振り回して、挙句投げつけていたとなれば失礼では済まされない。承諾があって良かった。

 安心と同時に、魔法少女として戦えていることに納得がいった。剣など扱ったことのない舞華が戦えていたのは、天使たちが舞華の体を動かす補助をしてくれたおかげだろう。無意識のうちに体が動いていたのではなく、動かされていたということだ。


『そっか、じゃあ、これからはちゃんと感謝しないとね』

『そうね』

『是非そうしてくれ。彼らとの繋がりが強くなれば、二人の成長も期待できるしね』


 ロザリオからの説明は以上だった。まだ残る謎はあるもの、目先の疑問が解消できただけ収穫と言えるだろう。

 話を終えたあと、舞華は夕食を手早く作り、食事と入浴を終えた。

 明日は皐月と食事を取る。彼女の悩みを聞き出すことが、少しでも何かの役に立てばと思いながら、舞華は深い眠りに落ちた。

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