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第五話 五月雨、追憶、対岸へ#A

 五月になった。舞華は、なんとか四月中にクラスメイトに料理の指導を終え、そのお陰で友人も増えた。

 学校生活にも慣れてきたこの頃には、天祥生にとって数少ない楽しみ―――ゴールデンウィークが待ち構えている。

 課題を済ませて外出許可さえもらうことが出来れば、時間こそ限られているものの友人と一緒に出かけることができる。


 そんな事情があってか、五月一日の授業はいつもより空気が張り詰めていた。出された課題によっては丸三日以上のチャンスを逃すことになる。

 三限、国語の授業。終了を知らせる鐘の音に続いて、担当教員が教室を出て、扉を閉める音がする。

 その途端に、舞華は前方から倒れこむような勢いで抱きつかれた。


「も~~舞華ちゃん助けて~~!」

「ぅおっ!?」


 ―――あ、これやばい。倒れる―――

 どうにかして、近場の机に手を付こうと思考を巡らせているうちに、今度は後ろからの衝撃に襲われる。


「姫ェ~~!!」

「ぐっは!」


 立て続けに突撃されたことにより、巡らせていた思考が絡まり混乱する。

 それでもどうにか落ち着いて、静止の声を絞り出した。


「……二人共、落ち着いて……」



 高校生活への順応が始まる頃には、ある程度日常生活で付き合う相手が決まってきている場合が多い。

 更に言えば、三年間クラスの面々が変わらないとなれば、余程のことが無い限り他人と対立しようとは思わないものである。

 そんな訳で、舞華は優乃や律軌以外にも多くの友人を作っていた。


「まったくもう」

「いや~、国語ってどうにもニガテってゆーかさ……」

「めーめーに同意~……姫、国語の時めーっちゃ目ぇ輝いてるっつーか、いやマジ日本語の女神?」


 ―――萩村芽衣(はぎむらめい)と、杏梨(あんり)・アッシュベリー。天祥学園という場には酷く似つかわしくない、いわゆるギャル系の二人。

 芽衣は茶髪にウェーブだけかけて、自毛と言い張って入学してきた豪胆な精神の持ち主。杏梨はアメリカンハーフであり天祥でも珍しい金髪の、人にあだ名をつけることが好きな少女。

 当人たち曰く、人に分け隔てはしないタイプらしく、初対面からの一ヶ月でかなり仲良くなったようだ……事実、クラス内でも春のうちからブレザーを着用しないのはこの二人くらいのもので、似た者同士なのは見ればわかると言ったところだろう。

 して、同じく誰にでも明るく接する舞華を見て話しやすいと思ったのか、三人で他愛もない会話をすることが多くなり、結果的に舞華が文系の課題で面倒を見ている。


「つーことで、お願いっ!」

「課題、一緒にやって! プリーズヘルプミー!」

「……やるけど、やるけどね?」


 わざとらしく溜め息をついてから、言葉を加える。


「あくまで! わからないところに助言するだけだからね!」

「……そこを……なんとか……ね?」

「姫、姫マジプリンセス!」

「意味わかんないし!」


 因みに、姫というあだ名は「姫」音舞華の姫らしい。

 ともかく、舞華としても二人の手助けはしたい。しかし、それによって彼女らの学力を削ぐ結果となってしまえば逆効果なのは火を見るよりも明らかなこと。

 杏梨の謎のセリフにツッコミを入れてから、舞華は芽衣に向き直る。


「っていうか、芽衣ちゃんには皐月(さつき)ちゃんがいるじゃん」

「う……さ、皐月にも……似たようなことを言われて」

「さ、さつきーさつきー……つーちゃん?」

「今考えたでしょそれ……」


 三人はまったく同じ動作で視線を動かす。その先で、一人のおしとやかな少女がこちらに向けて上品に手を振っていた。その隣には優乃の姿もある。

 神楽(かぐら)皐月。噂によれば名家のお嬢様で、厳しい教育を受けてきたらしい。そして、にわかには信じがたいが芽衣とは中学から唯一無二の親友だという。


「……天祥・オブ・天祥ってカンジー」

「あはは、皐月と歌原さんって話合いそうだし」

「で、皐月ちゃんはなんて?」



「……勉学とは、自らの頭で考え見識を広めるもの。頭ごなしに否定するのではなく、まず一通り解いてから教えを請うべきですよ、と」

「なるほど正論ですね……まあ、芽衣さん達の気持ちもわからない訳ではありませんが」


 大声での会話は聞こえていたため、皐月と優乃も話はしっかり聞いていた。その上で、不正はいけませんよ、と手を振ったのだ。

 勿論ながら、皐月も舞華も、優乃の言葉通り相手の意図はわかっていた。

 見た目通り遊ぶことが好きな芽衣達にとって、このゴールデンウィークはまたとない機会。五月末から六月の頭にかけては中間試験もあるため、ここでストレスを発散できなければ余計に溜め込んで、テストにも影響を出しかねない。

 だからこそ、恥を忍んで友人の手を借りてでも、課題はすぐに終わらせてしまいたいのだろう。


(わたくし)も、芽衣の気持ちは重々理解しています。ですが、目先のことだけを乱雑に片付け、後の自分に押し付けるようでは」

「自分の首を締めるだけですからね」


 頷き合う二人、から視線を戻して、芽衣と杏梨の懇願は続く。


「せめて! せめて勉強会スタイルで!」

「赤点も~みんなで取れば~平均点~、ざっつらい?」

「……全部は教えないからね?」


 結局、舞華が折れる形で勉強会を開くことになった。

 しかし、芽衣と杏梨の学力が天祥学園で言えばギリギリなのは事実である。なんでも、芽衣は親友の皐月に合わせる形で半ば博打として受験したらしく、杏梨は話したい先輩がいるために背伸びして受けたと言う。

 そんな二人だからこそ、課題が不安になるのだろう。しかし、そんな二人だからこそ、今のうちに学力を伸ばす力を身に付けなければ、留年の危険性すらある。

 私がなんとかしなくちゃ、と気合いを入れ直して、舞華は四限の準備に取り掛かった。



「お人好しが過ぎますよ」

「うっ」


 優乃から鋭い指摘を受けたのは、昼休みのことである。

 杏梨は他の友人と、芽衣は皐月と一緒に昼食を取っており、律軌は一人で購買のパンを食べている。


「私だって自覚はしてるも~ん……」

「引き受けたからには、責任もって厳しくしなきゃ駄目ですよ?」

「目のあるだけ不覚。テストが来るのはわかってることだからねぇ」


 弁当を頬張りながら、相槌を打つ。優乃はもう、と言いながら溜め息をついた。

 暫くの沈黙。その後で優乃がおもむろに、少し戸惑いながら口を開く。


「……近頃、定期的に眠れない日があるんですよね」

「……えっ?」


 一気に、背筋の冷える感覚を覚える。

 定期的に眠れない日がある、というのには他ならぬ心当たりがある。


「確か……まいちゃんと初めて話した日と……その一週間後でしたから」

「……美南ちゃんに料理を教えた日」


 当たりだ。努めて表情に出さないように、舞華は驚愕を押さえ込む。

 視線を動かすと、律軌も食べる手を止めてこちらを見ている。話は聞かれていたようだ。


「ええ、そうです。それも、夜中だと言うのに足音が聞こえるんですよ」

「……足音」


 勘繰るまでもなく、自分のことだとわかった。美南の時は走り出していたため、足音が響いていたのは間違いない。

 ―――悪魔は、万が一儀式にイレギュラーが入らないように。また、ロザリオも無関係な人間が巻き込まれないように。儀式が起こる日は普通の人間は眠ってしまうという。

 優乃がその限りでないということは、恐らく


「まいちゃん?」

「ぅえっ、あ、いや……ゆのちゃんでも、寝れなくなることとかあるんだなぁ、って」

「……不自然です」


 睨まれた。流石に隠しきれないと狼狽えるが、話題を逸らすこともできそうにない。

 どうしたものか、思考を巡らせるが何も思いつかない。


「……まあ、いいでしょう」

「へっ?」

「次同じことがあったら、その時自分で確かめますから」


 ……それはそれでまずいんだけどな、などと言えるはずもなく。舞華は黙って箸を進めるしかできなかった。



 放課後。舞華は密かに教室を出ようかと考えていたが、すぐに芽衣と杏梨に捕まる。


「じゃ、舞華ちゃんの部屋でいーっしょ?」

「姫ルームにゴー! ついでにディナーもご馳走に~」

「それは駄目」


 逃げられなかったか、と溜め息をつく。課題は今日中に終わらせる必要などなく、舞華としては明日になってから片付ければ良いものである。

 しかし、二人には今すぐにでも片付けて遊びたいのであろう。舞華の両腕をしっかりと掴んで離さない。


「芽衣」

「皐月」


 三人の様子を見てか、皐月が芽衣に声をかける。淑やかな顔でありながら、どこか謎めいた雰囲気が冷たく背筋を撫で上げた。


「あまり迷惑をかけないように、ですよ」

「え、あ、うん」

「姫音さん」


 芽衣の返事に頷いてから、皐月は舞華に向き直り、丁寧な所作でおもむろに一礼した。


「芽衣を……よろしくお願いします」


 ―――刹那、今までにないほどの悪寒と威圧感に気圧される。これは、皐月のものではない。

 何故、今まで気付かなかったのか。そう思ってしまうほどに、強大な力を感じる。

 悪魔が、皐月に取り憑いている。

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