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第四話 その声は届く#A

 第一校舎と第二校舎の間には、簡素なビオトープがある。噂によれば美化委員の委員長がとても厳しく真面目な人物で、趣味を兼ねた校内の美化・緑化活動には余念がないのだとか。

 しかし、悪魔の現れた今では、魚たちも最初からいなかったかのように静まり返っている。

 二棟の建物の間は四十メートル程度とそれなりに広く、また壁もある。それが悪魔にとって好条件にならないといいが―――などと勘繰りながら走る舞華は、前方にギターを抱えて走る律軌を見つける。


「律軌ちゃん!」

「姫音舞華。来るわよ」


 律軌の冷静な声と共に、二人は中庭の入口で立ち止まる。

 中庭のほぼ中心部。堀内美南は、どこから持ち出したのかもわからないティンパニを、意識が抜け落ちたかのような無表情で叩いていた。一定のリズムで響く音を媒介にして、美南の背後に描かれた魔法陣が輝き出す。

 閃光が魔法陣の中へ収束していくと同時に、それは姿を表した。

 ……屈強。そんな言葉が先立って頭によぎる男性的な体躯。アンドラスと打って変わり、羽根も無ければ動物じみた部位もない、人間と同じ見た目の悪魔だ。

 その姿を見てか、第二校舎側の物陰に隠れていたロザリオが顔を出して叫ぶ。


「フォラスか!」

「リオくん!」

「―――如何にも。我が名はフォラス。二十九の軍を率いし総裁也。して、貴様らはなんだ」


 見た目通りの野太く重圧的な声を響かせて、フォラスは舞華たちを睨みつける。

 人ならざる存在、その独特な威厳に、まるで心臓を射抜かれたかのような錯覚さえ覚えた。

 だが、これを殺すのが自分達の使命。そう感じて舞華は声を張り上げる。


「生憎だけど、悪魔に名乗る名前は持ち合わせてないよ!」

「……威勢のいい。だが人間の身で何ができるというのだ」

「お前を殺すわ。私達二人で、ね」


 そう言うと、律軌はエレキギターの接続部―――アウトプットジャックに青色のブローチを押し当てる。

 するとどうだろう、ブローチから青く透明なコードが伸びだし、ギターと繋がった。

 律軌は舞華の顔を一瞥して合図すると、演奏を始める。舞華もそれに合わせるように踊りだした。


《魅せよ、第一の舞・契約の主天使達! 悪を打ち砕き、正義を貫く我が身に光を! ドミニオンズ!!》

《轟け、第一の旋律・契約の能天使達。掟に従い、悪しきを正す我が手に武器を。エクスシーアイ!》


 それぞれの衣装に身を包み、剣と銃を手に取る。姿を変えて対峙した二人に、フォラスは少しだけ興味を示すかのように鼻を鳴らした。

 まだ相手がどんな能力を持っているかわからない。手始めに、律軌が弾丸を一発だけ打ち込む。しかし、フォラスは微動だにせず、ただ迫り来る弾丸を睨みつけていた。

 防御のための魔法があるのか、それとも律軌の攻撃が通じないのか。一瞬の間の後、舞華たちの視線の先で、弾丸は確かにフォラスの右肩に命中した。


「っ、ぐ!」

「……効果はあるようね。何故避けようとしなかったの……?」


 攻撃が通用することを確かに示すように、フォラスの右肩には決して浅くない傷がつき、その上半身は衝撃で大きく仰け反った。

 回避を試みても、成功したかどうかはわからない。しかし、その素振りすらも見せなかったのは何か理由があるのだろうか。警戒する二人に、低く重い声が語りかける。


「なるほど……お前たちのそれは、()使()()()? 魔族の魔法ならば私にここまでの傷をつけられるはずもない」

「魔族……?」

「魔族の力で天使と交信し……()使()()()()姿()()()()()()()()()()()()。信じがたいが、それしかない」


 背筋が凍るような感覚。ここに来て舞華は少し怖気づいた。相手が悪魔という超常的な存在だとはわかっていても、こちらを気にも留めずに一人で思案にふけるその姿には、より異様なものが感じられる。

 その言葉の内容が気にならないと言えば嘘になる。しかし、今はそれよりも自分の成すべきを優先させなくては。

 意を決して、舞華は跳躍。フォラスとの距離を一息に詰め、その頭部目掛けて剣を振りおろす。


「む」


 あっさりと避けられた。だが反撃を許す訳にはいかないと、着地してすぐにまた剣を振り抜く。

 無論のことながら、舞華自身に剣を扱った経験などない。それでも迷いのない太刀筋でいられるのは、魔法の力があるからだと勝手に納得していた。

 しかし、いくら舞華に迷いが無かろうと、経験の有無は覚悟では埋まらない。フォラスは最小限の動きで、明らかな余裕を持って剣を避け続ける。

 当然、当たらなければそれだけ焦りが表面化する。舞華は段々と速度を上げて腕を振るっているつもりだが、次第に太刀筋が迷い始めていた。

 そして、そんな舞華を前にして、律軌も上手く照準を合わせられないでいる。


「そこか」


 ―――銃弾を受けたはずの右腕。そこからの攻撃が、焦燥で冷静さを欠いた舞華へ襲いかかる。

 あろうことか、それまでフォラスが攻撃してこなかったことで、舞華は()()()()()()()()とどこかで思い込んでしまっていた。

 拳が腹に突き刺さる。体の感覚を失うような衝撃のあと、抉るような殴打の感覚が五感の全てを奪い取る。

 いくら鎧があるとは言え、舞華が少女であり相手が巨躯の悪魔であるという事実に変わりはない。華奢な体は剣を手放し、鞠のように中庭の地面を転がる。


「姫音舞華っ!」

「舞華!」

「っ……ぉえっ……! ぁ、は、ぅあ……」


 臓器が、筋肉が悲鳴を上げて、その違和感を吐き出そうとする。脳と肺は酸素を欲するものの、完全に混乱してしまい上手く呼吸できない。

 横になったまま起き上がれない舞華に向かって、フォラスがゆっくりと歩き出す。それを見て律軌はその足元に発砲。ロザリオは舞華の元へ駆け寄った。


「大丈夫かい!?」

「っ、は……あ、ごめ、ん」

「痛みを和らげる、少しじっとしていてくれ」


 ロザリオはローブから、緑色に光る液体の入った試験管のようなものを取り出す。コルクの蓋を外して、中の液体を舞華のブローチへと一滴垂らした。

 すると、首元のブローチから全身へ染み込むようにエネルギー……魔力が行き渡っていく。痛みはすぐに和らぎ、呼吸も安定した舞華は急いで起き上がった。

 今にも走り出そうとする舞華に、ロザリオが呼びかける。


「待ってくれ、痛みこそ取り除いたけど、傷が治ったわけじゃない。あまり激しく動くのは」

「でも、私が動かなきゃ律軌ちゃんが……そしたら美南ちゃんだって」

「君はもっと自分のことを考えろ! 一度落ち着くんだ、焦りが生むのは敗北だけだぞ!」


 自分よりも小さく少年的なロザリオから発された、厳しい叱咤。舞華は面食らって黙り込む。

 ……前回の戦闘との決定的な違いは、舞華が美南と深く接していたことだ。それによって決意を固めることはできても、同時に情による焦りや不安が発生してしまう。


「君の気持ちはわかる。でも今は、アンドラスの時ほど手遅れに近い状況じゃない。冷静になって、二人で協力すれば必ず彼女を助けられる」

「……うん、ごめん。ありがとう」

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