第一話 旋律の軌跡、歌う草原、舞い踊る華#A
―――教えてください。
あなたの思う、魔法とはなんですか。もしあなたに特別な力があれば、あなたはそれをどう使いますか。
真っ暗な空間で、頭の中に声が響く。柔らかく暖かい女性のような声。まるで聞き覚えのないその声は、子供が友達に投げかけるような、どこか懐かしさを覚える問いを出した。
それと同時に、視界が明るくなる。スクリーンのように映し出された風景は、燃え盛る炎に囲まれた大きな建物の中だった。
講堂だろうか、広すぎる建物の中で、まるで意思を持つかのように綺麗な円を作り上げ、炎が人を取り囲む。二人だろうか、否。険しい表情で対面する二人のうち、片方の足元にも人が倒れている。
……人、と断じたことに強烈な違和感を覚える。というのも、倒れた人のそばに立っているものはあろうことか宙に浮かび、その背中には六対の翼を持っているのだ。さながら天使そのものの姿をしたソレは、自らと相対する人へ呆れたように言葉を放る。
「……醜いな。お前は何故そうまでする? こいつはお前にとって命を懸けて助け出さねばならないような相手なのか?」
問われた人の姿がはっきりと見える。それと同時に、一つの大きな疑問が頭を揺さぶった。
こちらは翼も持たず、床に足をつけていたが、両手に携えたものがあまりにも場違いとしか思えない。
人……黒髪の女性は右手に大きな銃を持っている。その剣幕と天使の質問からするに、女性は天使から人を助けるために戦っていたのだろう。
しかし、女性は銃を持っているにも関わらず、首から下げた楽器……ベースを左手で支えている。銃器と楽器というミスマッチな組み合わせがより一層の混乱を呼んだ。
「大切だよ……でもそれは貴音が特別だからじゃない。私は助けるのが誰であろうと命を懸ける。絶対に……お前たちのために見殺しにしたりはしない!」
女性は右手の銃を天使へ向け、撃つ。弾丸が打ち出され、床に落ちた薬莢が甲高い音を連続して立てる。
およそ目視するなど不可能な速度、弾丸が持つのは人を大きく傷つけるには十分過ぎる熱とエネルギー。
……しかし、天使は見下すような冷たい顔をして手をかざす。途端、その場に円形の盾が現れ弾丸を弾き飛ばした。
「諦めろ。たかだか人間が能天使を身にまとったところで私に勝てる筈もない」
「諦めてここで二人共死ぬくらいならっ!」
女性は叫び声を上げながら銃そのものを天使へと投げつける。無論ながら弾丸よりも遥かに速度の遅いそれが防がれないはずもなく、天使はより一層の怒りを顔に表す。
一方で女性は銃の軌道を追うように天使へ向かって走りながら―――ベースを奏でる。その決死の表情と生死のかかった状況からは信じられない行為だが、不可思議は連続する。
演奏する女性を中心に、青い波動が発生している。それを見た天使が舌打ちと共に手をかざすと、天使の周囲に直剣が五本、まるで今生まれたかのように出現する。
天使が手を突き出す動きに合わせ、剣は女性目掛けて突き進む。だが、演奏によって生み出された波動はその進撃を許さず、彼方へと弾いた。
女性がベースから指を離すと同時に、その頭上へ光が集まる。どこからともなく収束した青い光は、銀色に鈍く輝く無骨な拳銃へと姿を変え、女性の右手がそれを掴み取る。
跳躍。楽器を抱えるという不利な状況で、それでも女性は天使に触れそうな距離まで近づいた。銃口は天使の眉間を捉え、躊躇のない発砲音が建物内で大きく響く。
「刺し違えてでもお前を倒して貴音を救う!」
時が止まったかのような静寂。それは殺し合いの決着を意味し、またその結果も―――着地しない女性の体を以て簡単に理解できてしまった。
人の腕の如き大きさの大剣が二本。うち一本は弾丸を刃の腹で受け止め、もう一本が女性の腹部を深々と突き刺している。
当然ながら女性の体は重力に従い床へ落下する。衝撃でベースのボディが破損し、弦が一本跳ねるように千切れた。
「……人間、やはりわからん。私はお前たちに禁忌とされた知恵を与えた。それは私がお前たちより遥かに上位の存在であるがゆえ出来たことだ」
天使は、自分の足元に倒れた二人の人間を射殺すように睨む。
「その私が復活するために、人間一人の生贄を取ることが何故悪い? エグリゴリなくしてお前たちが技術を得ることは無かった。私に楯突くことが如何に愚かであったか……」
「律歌!」
映像が滲むようにぼやけ始める。叫び声を上げて、女性の元に人が駆け寄ってくるのが辛うじて見て取れた。
「ああ…………さい……妹、に……」
光と音が徐々に小さくなり、やがて暗闇に戻る。
問いかけた声は、優しくも確かに呼びかけてきた。
―――あなたに、誰かを救いたいという意思があるのなら。見ず知らずの他人であっても、その命を見過ごすことができないのなら。
天使を呼びなさい。あなたにはその素質がある。あなたが心のままに奏で、踊ることで、きっと私達はあなたに―――
朦朧とする意識が、けたたましい音で呼び覚まされる。音のする方へ手を伸ばすと、待ち受けるかのように光が溢れ出した。
そうして―――目覚まし時計の感触と共に、姫音舞華は完全に目を覚ました。
次回更新は九月十三日の午前零時です。
#Aから#Cまでの三パートで第一話となります。