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待ち伏せ

 今頃ベクトルたちはヒュドラと戦っているんだろうなぁ。


 俺たちは教皇様の近くで待機しているだけだから穏やかなもんだ。いつ来るかもわからない刺客を待つのは少し退屈だが、ただ待っているだけで良いなら楽でいい。


「暇だね」

「そういう仕事だろ」


 護衛なんだから。暇な方がいい。変に何か起きてしまったら忙しくなってしまう。そんなのはごめんだ。


「お嬢、それ美味いのか?」

「ええ、凄く美味しいわ」


 お嬢は昨日とは違った教皇様の執務室で優雅に寛いでいる。そして、今も出されたお茶菓子と紅茶を堪能している。


 なんと言うか、護衛ってこういうものじゃない気がする……。


 しかし、誰も注意するものがいない。フィオは特に気にしていないのかさっきから突っ立っでるだけだし、俺も護衛の仕事をしたことがないのでお嬢の態度が間違っているとも言い切れない。教皇様に関してはもっと酷い。一応お仕事中なので会話に入ってこないが、時折表情だけで返事をしてくれる。今は『喜んでいただけて良かったです』って顔だ。


 本当にこれでいいのか? いいんだよな?


「誰か来たよ」

「誰か?」


 フィオが突然来訪を告げるがノックはまだない。というか、こんな状況を教会の関係者に見られたら怒られそうで嫌なんですが。


 しかし、その心配は無意味なものだった。


「なんだよ、もう詰んでるじゃねぇか」

「……」


 なんと昨日道具屋で話した傭兵と連れの子供が現れたのだ。あまりに予想外の出来事だったので、呆けてしまったが普通に考えておかしい。こんなところにいるはずがない。


「護衛の追加、ではないよな」

「あるわけないでしょ。既に過剰戦力よ」


 そう言って、お嬢は教皇様の隣へ移動する。右手にいつもの杖を持ち左手には紅茶のカップを持って。


 ちびちび飲むな。置いておけ。緊張感がなくなるだろ。


「ヒュドラが出たからこっちは手薄だと思ったんだが、こっちの方が分厚いな」

「あっちは所詮トカゲだからな」


 傭兵は俺たちを確認してもなお動じることはなく部屋に入ってくる。あとに続く子供も同じだ。それが当たり前だと言わんばかりの自然体だ。


 それに傭兵はこの異常事態を気にすることもなく話しかけてくる。まるで日常会話をするかのように。


「トカゲって……いや、あんたらには確かにトカゲか」

「うん」


 まぁ、どう見てもトカゲには見えないが、分類的にはそうだろう。頭の数には目を瞑れ。


「それで? 教皇様を殺しに来たんだよな?」

「一応な」

「やめる?」

「いや、殺す」


 やめときゃいいのに。そうすればお互いに楽だ。この場合唯一楽できないのは教皇様だけど殺されるよりは遥かにいい。きっと許してくれる。


「詰んでるのにか?」

「ああ、俺が死んでも南はきっと荒れるだろうからな」

「どういうことだよ」


 意味がわからない。あといきなり世界情勢の話をするな。話が複雑になる。


「これでも俺は有名な傭兵なんだよ。そんな俺が教国に殺されたとあっちゃ南で小競り合いをしてる連中は騒ぎ出す。『あいつが殺された』、『次は俺たちかもしれない』、『やられる前に』ってな具合にな」

「そんなに上手くいくのかよ」

「知り合いに俺が帰って来なかったら、そういう噂を流すように頼んでおいたから大丈夫だろ」


 全然大丈夫じゃねぇよ。案の定、複雑になってるじゃねぇか。自分が死ぬこと含めて計画立てるな。面倒くせえ。


 それとお前がしようとしてることは暗殺だから。傭兵のくせに暗殺者の仕事奪ってんじゃねぇよ。有名なら仕事を選べ。


「結局のところ、なにがしたいの?」

「まぁ、一言で言うなら戦争だな」

「戦争?」

「そうだ。俺は戦争がしたい。別に教国に恨みはない。戦争ができればどこでもいいんだ。たまたま南の連中と教国がいい火種になると思ったから目をつけた。先に言っておくが、理由なんてないからな。俺は戦争がしたいから傭兵をしているし戦争をしたいから教皇を殺しに来たんだ。あれだ、やりたいことをするための努力だ。みんなするだろう? 努力」


 言いたいことを言い切ったであろう傭兵は静かに得物を構える。それはまるでこれ以上話すことはないという言葉の代わりようであり、早く始めようという催促のようでもあった。


 それを受けて俺は教皇様と傭兵の間にゆっくりと移動する。フィオも先程までの気の抜けた様子はなく既に臨戦態勢だ。もしかすると傭兵が現れてからずっと臨戦態勢たったのかもしれないが、それはどうでもいい。俺だけ初動が遅かったとか気にしてない。断じて。


 大切なのはこれからだ。この傭兵を大人しくさせて教皇様を護り抜くことが一番大切なんだ。そこさえ忘れなきゃ問題ない。だから、この傭兵が有名だろうとなんだろうと関係ない。というか、この傭兵はもっとシンプルな人間に違いない。


「お前、ただのヤバいやつか」

「よく言われるな」


 そう言って、傭兵は心底楽しそうに嗤った。


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