配置にて
朝早くにヒュドラを見かけたとの情報があり、レックスくんたちと僕は目撃地に一番近い城門の側で控えていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
皆さんの表情がかたい。どうやら緊張しているらしい。幾度かヒュドラとの戦闘を経験している彼らでもそうなってしまうのは避けられないようだ。
緊張する気持ちはわかる。なにせ相手はヒュドラだ。あの巨躯を目の前にしていつも通りでいられる方が珍しい。緊張するのも当たり前といえば当たり前だろう。しかし、ここで緊張しても仕方ない。災難はこちらの都合など気にしてくれないのだから。
「ベクトルさんは大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないですよ」
なんとレックスくんが気を使って話し掛けてくれた。だが、こちらとしては君の方が大丈夫なのかと尋ねたい。当然、そんなことはしないし、できないが。
なぜなら、聞くまでもなくレックスくんの方が不調なのだから。精神的な負担が大きすぎて体にも影響が出ている。にもかかわらず、こちらの体調を心配してくれるあたりは素直に尊敬できる。流石はこの国の英雄様だ。
「ベクトルさんは随分余裕だね」
「そう見えますか?」
「まあ」
レックスくんが嫌味を言っている様子はない。ただ単に気になったから聞いてみたという感じだ。まぁ、十分な準備をしてきたので余裕があるのは確かだ。隠す必要はない。
「なにか秘訣でも?」
「秘訣……」
はっきり言ってそんな便利なものはない。しかし、そう言ってしまうとレックスくんは気落ちするだろう。なにか救いを求めて尋ねてきたかもしれないのだから。
それに他の三人もいつの間にか僕たちの会話に耳を傾けている。よほど秘訣とやらが気になるらしい。
ならば、ここは気を紛らわせる意味でもなにか言うべきか。
「秘訣とまでは言いませんが、一つ心構えがあります」
「心構え……」
「ええ」
「それはディジーさんに相応しい男であろうとすることです」
結局はこれに尽きる。ディジーさんが全てなのだ。そのためなら何でもできる。緊張する必要などない。ただあの人の望むことをこなす。完璧な形で。それ以外はどうでもいい事だ。どうなっても構いはしない。しかし、その結果があの人の望む結果でなかった場合は回避しなければならない。己の頭で考え、あの人の望む結果を勝ち取る。そのためにあの人を真に理解しなければ。言われたことをこなすだけでは足りない。あの人の望む自分になり、あの人が望む以上の結果を用意する。そうでなければ。そうあるべきだ。
案の定、全員不可解な顔をしているが構わない。心構えなんて自分が納得できればそれで十分なのだから。他人に納得してもらう必要などどこにもない。そんなものだ。
「ディジーさんは迷わない。それは常になにかしら決断し続けているということです。正しいかどうかは関係ない。決断しないことにはなにも始まりませんからね。ならば自分もそうあるべきなんです。隣に立ちたいなら、ヒュドラと戦うという決断をし、勝つという結果を選ぶ以外はありえない。迷っている暇なんてないんです」
「迷う暇……」
「ええ、勝つために考えることは腐るほどありますからね」
まぁ、この考えも正しいかどうかわかりませんけどね。いい加減なことを言っているつもりもないが、レックスくんに合った考え方であるかはわからない。
「それにヒュドラと言っても、ただのトカゲですから」
「ヒュドラがトカゲ?」
「はい」
自分でもこれは流石に極論だと思う。
しかし、確かにあの時僕はそう聞いた。
「ポルターさんがヒュドラと初めて遭遇した時にそう言ったんです。どこまで考えてそう言ったのかはわかりませんが、ポルターさんとってはヒュドラはトカゲらしいです。凄いですよね」
「確かに……」
「それにフィオさんもヒュドラに対して怖気づいている感じはありませんでした。たぶん、フィオさんにとってもヒュドラはその程度のものなんでしょう」
「……」
二人に直接聞いたわけじゃないのではっきりしたことはわからないが、おそらく間違ってはいないだろう。
たぶん二人はヒュドラともう一度戦うことになったら怖いだなんだと言う。しかし、それはヒュドラの見た目の話だ。きっとそう言って茶化すに違いない。そういう二人だ。
「なら、負けてられないじゃないですか」
「……」
「いつまで経ってもお二人に追いつけなくても構いません。しかし、追いかけないのは勿体無い。丁度いい目標ですからね」
「……」
少し心構えの話とはずれてしまったが、まあいい。これで緊張が解れてくれることはないだろうが、少なくとも気分転換にはなったはずだ。ついでに自分のことを鼓舞してくれれば楽でいいのだが、そう上手くはいかないだろうな。
結局は自分でどうにかするしかない。僕にできることはした。
「来ましたね」
それにもうトカゲ駆除の時間だ。




