一時的な撃退
青年と騎士さんがヒュドラに絶え間ない剣撃をあびせる。そして、フィオが二人に噛みつこうとする頭に蹴りや拳を叩き込み一時的な戦闘不能に追い込む。また、紫の子が魔術を飛ばし牽制をする。
急ごしらえとはいえ、かなりの連携だ。
「案外問題なさそうだな」
特に青年と騎士さんが善戦している。
ヒュドラは頭が多いぶん攻撃の手数が多い。そうなると対応するだけで一苦労のはず。しかし、二人は常に入れ替わるように立ち回りヒュドラの攻撃をいとも容易く躱し続ける。更に躱すだけではなく確実に攻撃を当てている。
またフィオも良いサポートをしている。二人のような見応えのある立ち回りではないが、確実にヒュドラの頭を沈めて手数を減らしている。手当り次第に頭をノックダウンさせている様は二人とは違った迫力を感じさせる。
「まだ負傷者もいませんからね」
「えっと?」
俺のひとりごとが聞こえたらしい。後ろの聖職者っぽい白い子が返事をしてくれた。
ひとりごとのつもりだったけど、がっつり聞かれた手前会話を途切れさせるわけにはいかないな。
「ルーフェと申します」
「ご丁寧にどうも。ポルター・ガイストだ」
「改めてよろしくお願いします」
聖職者っぽい少女はルーフェというらしい。今もヒュドラから視線を外すことはしないが誠意は伝わってきた。まだ気を抜ける状況じゃないのに丁寧な娘だな。
しかし、ルーフェちゃんは丁寧な雰囲気を一変させて表情を曇らせる。
「このまま退ければ良いのですが……」
「大丈夫だろ?」
「そんなわけないでしょう」
俺が気楽な言葉に別の方向からキツめの言葉が飛んできた。
その言葉は魔術師っぽい紫のローブを着た少女から発せられたものだった。というか、紫の子はやたらあたりがキツいんだよなぁ。
「えっと、俺は」
「さっき聞きました。同じことを何度も言わなくて結構です」
「はぁ……それで君は?」
「…………エンリです」
「よろしくな」
「……」
なんなんだ。この高圧的な子は。
名前を言うのにも中々の葛藤が見えたよ。そんなに嫌かね。
話を聞いているルーフェちゃんも苦笑いというか困った顔してるし。
けどまあ、お嬢の方がキツい時はキツいからこのくらいは問題ない。エンリちゃんは思春期っぽいあたりのキツさだが、お嬢のは素なんだよな。ベクトルクッションがたまに欲しくなるレベルで。
「さっきの続きだが、今のところ押してると思うけど?」
「……」
「なにも知らないんですね」
エンリちゃんは杖を構えたままこちらをちらっと見たが、やはり目がキツい。なにも知らない俺を軽蔑するような目だ。
初対面ですよね? 初対面でそんな目しますかね?
「……どういうことなんだ?」
「見てればわかります」
「そうですね……」
いや、教えてくれてもいいだろ。勿体ぶってもいいことないだろうに。
しかし、ルーフェちゃんが言わないということはそれなりの理由はありそうだ。百聞は一見にしかずとも言うしな。
「また一つ落ちたな」
そうしていると青年と騎士さんが息を合わせてヒュドラの頭を一つ落とした。これでヒュドラの頭は六つ。
ルーフェちゃんとエンリちゃんの表情とは裏腹に戦況はまずまずといったところだ。正直なにをそこまで心配しているのかわからない。
「そろそろですかね」
「はい」
しかし、その時は唐突に訪れた。
「マジか……」
なんとヒュドラは斬り落とされた自分の足や首を食べ始めたのだ。
すると急速に再生が始まる。切断面の肉がぶくぶくと盛り上がり新たな頭と足を形作る。それから色鮮やかな鱗も生え揃っていき、ヒュドラは元の姿に戻った。
「あれは卑怯だろ……」
もはや物理法則を軽く無視しているし、消化吸収の早さもあきらかに狂っている。流石にあれは卑怯だ。
今まで俺が再生だと思っていた現象はヒュドラにとってはただの治癒でしかなかったのだ。おそらく本当の意味での再生はいま目の当たりにした非常識な現象のことを言うのだろう。
「前回の交戦でもあの再生には苦しめられました」
「ああなるときりがない」
「そりゃなぁ」
最初に削り落とした足がピッカピカだ。他の頭もまるで別の個体だと思ってしまうくらい綺麗になっている。
凄まじいアンチエイジング方法だな。超凄腕の闇医者ばりに継ぎはぎになっている。それにあまりにも境目が綺麗に残っているのでビフォーアフターがとてもわかりやすい。
なんかここまで衝撃的だと逆にお洒落に見えてきたな。
「ここからが本番で……す?」
「逃げてないか?」
「そう見えますね……」
そして、ここから第二ラウンド突入かと思いきや、ヒュドラは前衛の三人から後ずさりをして距離をあけ始めた。
エンリちゃんは気合いを入れ直そうとしていたが、言葉が最後まで続かず気の抜けた声が出てしまっていた。またルーフェちゃんも予想外の出来事なのか戸惑っている。
そうして全員が戸惑っているうちにヒュドラは逃げ出してしまった。
「お疲れー」
「おう」
今だに俺はこの状況を理解できていないが前衛の三人が戻って来てしまった。なんと言うか、フィオ以外はやはり不完全燃焼のようだ。
「とにかく一度戻ろう……」
「どういうことだ?」
そう言って青年は戸惑いを隠しきれぬまま全員に帰還の指示を出した。




