退避
「……」
「……」
「……」
「……」
ああ、こっちを向く頭が一つ増えた。
無茶苦茶ヒュドラに見られてる。チラチラ見るとかじゃなくてガン見されてるよ。
それにやはりトカゲなんだなぁ。爬虫類特有の無機質な視線を感じるよ。
あと、実は後ろのなにかを見てるだけで、俺たちの勘違いってことはないかな。挨拶されたと思って返事をしてみたけど、実は後の人に向けての挨拶だった的なやつ。
「諦めて正面突破するわよ」
「わかりました」
「うん」
「はい……」
まぁ、そうなるよな。
人違いとかあり得ないよな。
でも、可能性を諦めたくなかったんだよ。
「とりあえず、ポルターとフィオはヒュドラに突っ込んで」
「わかった」
「うん」
不死身の特攻作戦か。怖いけど全くもって良い作戦だよ。これ以上ないくらい合理的な作戦だ。全く……。
それに囮の意味合いもあるんだろうな。しっかりヒュドラを俺たちに引き付けるようにしなきゃならん。
フィオも既に荷物を下ろして身動きがとりやすいようにしている。
準備は万端だ。俺の心の準備はてんで駄目だが。
「私たちは目の前の北門に突っ走る」
「西門は駄目なのか?」
少しでも距離を稼いだ方がよさそうだが。
「お二人の足止めが失敗した場合に追いつかれます」
「それもそうか」
距離を稼いでいる暇があるなら、さっさとサンセンタに入った方が安全か。
「私たちがサンセンタに入ったら貴方たちも合流して」
「仕留めなくていいのか?」
「どっちで」
「来ます!」
もうちょっと待ってくれませんかね? うちのお嬢がまだ喋っている途中なんだよ。
気遣いのできないトカゲだ。もうこっちに向かってドシドシ走って来てるし。
「先行くね!」
「指示通りにっ」
「お願いします!」
そう言ってフィオは草原に浅くない足跡を残してヒュドラへ突撃する。
更にお嬢は俺のローブを引っぺがして走り出す。ベクトルもそれに続きお嬢の数歩先を先行しながら走る。
俺のローブを引っぺがしたってことは全力でやれということだ。当たり判定が一気に広くなるからな。全身ヤスリゴーレムは全裸の方が格段に殺傷能力が高い。
とはいえ、な。
「まだこういうのには慣れないんだけどなぁ」
最初にゾンビ狩りをしまくったから人間をどうこうするのには慣れた。
しかし、ああいう魔物っぽい魔物は動きがいまいち予測できない。だから、未だになれない。
しかし、いつまでも愚痴っているわけにもいかない。さっさとやるか。
俺はお嬢とベクトルを追い越してヒュドラに接近する。
最近わかったことだが、俺は蛇のように体を細長くして移動すると速くなるらしい。たぶん空気抵抗とかそういうのが減るからなんだろう。詳しくはわからないけど。それにフィオ程の速さはない。あれは馬力が桁違いだからな。
「遅いよ!」
「悪い!」
そう怒るな。今からヒュドラを釘付けにしてやる。
フィオはヒュドラの注意を引いて、お嬢とベクトルが逃げやすいように立ち回る。そして、俺はフィオ動きに合わせてヒュドラの体をちまちま削る。さぞかし鬱陶しいだろう。夏の蚊よりは鬱陶しい自信がある。
しかし、ヒュドラはお嬢とベクトルを見逃すことはなかった。
お嬢を庇うように逃げているベクトルを食らいつこうと首を伸ばした。
「これでもお食べ!」
「生首さーん!」
それを見たフィオはすぐに対応する。なんとずっと持っていた生首を首を伸すヒュドラに向けて投げつけたのだ。するとヒュドラはベクトルに向けていた注意を生首に移しパクっと丸呑みした。
生首の扱いが酷い。バスケットボールより雑に扱われている。
けどまあ、俺たちの小銭になった後その辺に捨てられるよりはヒュドラの血肉になれたのだから許してほしい。
それに俺たちとしても無事にベクトルから注意を逸らすことができたので感謝したいくらいだ。来世は俺みたいになるなよ。
「足もらい!」
そんなことを考えつつ俺はヒュドラの右前足を削り切る。
しかし、少し浅い。右前足をもう使いものにならないほど深く削り取ったが、切断するにはいたっていない。
「関節の方が良かったか?!」
「でも悪くはないよ!」
俺は自分の失敗に悔しさを感じたが、フィオがすかさずヒュドラの右前足に回し蹴りをぶちかました。すると右前足は完全に鈍い音をたてて引き千切れた。
やはり我が相方は頼りになる。ヒュドラの返り血で凄い見た目になっているが様にもなっている。
「これで追えないね」
「そうだな」
ヒュドラは右前足を失ったことにより大きくバランスを崩している。これならもうお嬢とベクトルを追うことはできないだろう。というか、まともに立つことも難しいはずだ。
それにもう二人は北門をくぐるところだ。
囮としての仕事は全うした。あとは確か合流しろって言われていたな。
ふむ。ヒュドラを撒いて合流ね。今なら簡単だ。
けど、なにかよくわからない方法で追って来られても困る。考えすぎかもしれないが、サンセンタの方に連れて行くわけにもいかない。
ここは徹底した方が良いな。
「もうちょっと削るか」
「そうだね」




