名前
ようやく落ち着いて話ができる流れになった。
なので、俺は今まで忘れていた大切な質問をしなければならない。
「勝手に開けといてなんだけどさ」
「なに?」
「どちら様でしょうか?」
名前を聞いてなかった。
一度タイミングを逃すと、こういう変なタイミングで聞くことになる。
初めに聞いとくべきだった。
「そういえば、自己紹介はまだしてなかったね」
「それどころじゃなかったからな」
女性の方も今思い出したらしい。
俺も最初は恐慌状態だったから別に気にしない。
むしろ、よくここまで落ち着いていられるもんだ。俺も見習うべきだな。
「……えっと、名前はフィオ」
「フィオさんね」
もちろん和名じゃない。それは流石にわかってた。
別に長い名前が悪いわけではないが、短くてよかった。
覚えるのが楽だ。
「別にフィオでいいよ」
いきなりフレンドリーだな。
それとも、こっちではこれが普通なのか?
だとしたら、カルチャーショックだ。
「いやいや、距離の縮め方が雑じゃないか?」
「だって、ここで他にまともな人いなさそうだし」
今の俺をまともな人と呼んでいいかは、置いておくとして。
納得できる意見です。はい。
「まぁ、確かにいないだろうな……」
「じゃあ、仲良くしようよ」
そう言って、フィオはニコニコしている。
フィオの中では仲良くすることはもう既に決まっているらしい。
俺としても、言うまでもなくありがたいことだ。
一人だと辛気臭くなる一方だし、なにより話し相手がいてくれるというだけで心の持ちようが違う。
それにフィオの笑顔は魅力的だから、良い心の清涼剤になってくれることだろう。
間違いなく、ポジティブ担当だな。
「いいけど、雑だなぁ」
「気にしない気にしない」
流石ポジティブ担当。なにもなくて暗い部屋が明るく感じる。
「そんなことより、君の名前は?」
そういえば、俺はまだ名乗ってなかったな。
先に名乗ることが礼儀だと理解はしている。
しかし、問題がある。
「それがまだないんだよ」
「名前がないの?」
別にふざけているわけじゃない。
それに有名な猫の小説を真似てもいない。
もっとセンシティブな問題だ。
「生前の名前はあんまり使いたくないんだ」
「心機一転したい気分なんだね?」
引っ越しの動機みたいな言い方するんじゃありません。
想像以上のポジティブがきた。
「そういう前向きな雰囲気じゃないんだけどな……」
「それじゃあ、どうして使いたくないの?」
とはいえ、暗くなるような深刻な理由もない。
だから、そんな心配そうな顔をしないでくれ。余計な心配をさせてしまったな。
これ以上言い難くなる前にさっさと言うか。
「生前の世界が違うから、名前で浮きそうなんだよ」
「…………ちょっと、ややこしいね」
「だろう?」
その『ちょっと』は優しさの塊だ。
生前の世界が違うということは全然ちょっとじゃない。かなりややこしい。SFの過去や未来から来たとは文字通り次元が違う。
現にフィオは困り果てた顔をしている。
簡潔にまとめるべきだな。
「ようは別世界とか異世界って呼ばれるやつだ。わかるか?」
「なんとなくは……」
なんとなくで十分だ。
俺もなんとなくでしか理解できてないし。
本題はそこじゃないから理解しなくていい。
「つまり、名前の響きがこっちに馴染みそうにないから変えたいんだ。異世界とかは気にしなくていい」
「そっか、名前の話だったね」
そう、名前の話がしたいんだ。
異世界云々はあくまで補足だ。
「じゃあ、せっかくなら良い名前をつけないとね」
「ああ」
和名じゃなければ、浮きはしないはず。かといって、いい加減な名前は嫌だ。
これから長い付き合いになるんだ。気に入ったものにしたい。
「でも、難しいね」
「身体的特徴か性格あたりから考えてみるといいかもな」
「身体的特徴は悪霊って感じだね」
「悪霊ね」
フィオにはそう見えてるのか。確かに黒くてフワフワ浮いてる靄は悪霊に見えるな。
「性格はやっぱりお喋りかな?」
「否定できないな」
お喋りな悪霊か。
なんかゲームの雑魚キャラにいそうだな。しかも、序盤に出てきてすぐにやられそう。……それは別にいいか。
貴重なアイデアだから、即却下はしたくない。
「迷うね」
「そうだな」
お喋りな悪霊…………。
そういえば、昔似たような言葉を聞いたことがある。
それにしてみるか?
「ポルター・ガイストってどうだ?」
「どういう意味なの?」
「故郷の言葉で訳すと、騒がしい幽霊だったかな」
「ぴったりだね!」
我ながらナイスなネーミングだと思う。
タナカ・タロウとかよりは遥かに良い気がする。もちろん、タナカ・タロウさんが悪いわけじゃない。あくまで、例えだ。
「名字もつけるの?」
「贅沢にいこうと思ってな。駄目か?」
「そんなことないよ」
いや、ガイスト家があったら迷惑か?
なら、ポルターさんにも迷惑か。
こんなことを気にしていたらきりがない。
「響きがいいね」
「じゃあ、第一案はポルター・ガイストで決定だ」
もっと良い名前があるかもしれないからな。
どんどん案を出さないとな。
「……第一案?」
「まだ良い名前があるかもしれないからな」
「……良い名前だと思うよ?」
うん?
「ポルター・ガイスト。うん。意味もぴったりだし、響きも丁度いい」
「……面倒臭くなったか?」
「そんなことないって!」
食い気味だったな。
そんなことない、ことはないな。
「……まぁ、ポルター・ガイストでいいか」
「最高だよ! ポルター・ガイスト! これ以上はないね!」
自分でつけた名前だ。不満はない。
しかも、アイデアも貰った。ありがたいことだ。
ただ後悔があるとするなら……。
名付けに対する温度差を感じとれなかったことだな。
……悪いことをした。
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