移設
「一人は大変だろうに」
「仕事ですから」
そう言って、テオリオくんはすました顔で答えた。
今もテオリオくんは小脇に本を抱えている。おそらくあの本もこの資料庫に移設する物なのだろう。テオリオくんは抱えていた本を書架にさし込むと、俺たちに背を向けて作業の続きを始めた。
「魔術組合の資料を全部ここに?」
「その予定です」
「えげつねー」
魔術組合はこの資料庫に比べてまだ本の量は少なかった。だが、それでもやはりかなりの量があった。それなのにあの量の本を全てこの資料庫に移設するらしい。
とてもじゃないが信じられない。もちろん、テオリオくん一人で全てをこなすわけではないだろう。組合長のシェリルもテオリオくんと一緒に作業をするはずだ。
しかし、今の様子からシェリルは常に作業ができるわけではないらしい。きっと魔術組合の後始末が残っていて忙しいのだろう。ならば、やはりテオリオくんが移設の作業を主にすることになるに違いない。
ブラック云々は異世界なのでとやかく言うつもりはないが、俺なら絶対に断るな。確信が持てる。
「もう殆ど移設は済んでいるので大したことはないです」
「なら、いいけど」
まぁ、本人がそう言うならいいか。
こうして見ているとなにか手伝ってやりたい気もするが、手を出さないことが一番の手伝いになるに違いない。本の位置や順番も決まっているだろうからな。今更素人に手順を説明する手間は取りたくないだろう。
お嬢もテオリオくんの仕事を増やすのは悪いと思ったのか、立ち読みしていた本をあった場所に戻す。そして、何事もなかったかのように俺たちの方へ近づいてきた。
無許可な上にテオリオくんの邪魔までしてたら洒落にならないからな。せめてこれ以上なにもしないようにしよう。
「移設する物は殆ど魔術関連の物なのよね?」
「ええ、魔術組合の物ですから」
俺たちの下に来て手持ち無沙汰になったお嬢はテオリオくんに何気なくそう尋ねた。そして、それを聞いたテオリオくんは少し不思議そうな顔をして、お嬢の質問に答える。
俺としてもお嬢の質問は違和感を覚えた。テオリオくんが作業の手を止めてこちらを向く気持ちもわかる。いきなり当たり前のことを聞いてきたのだから。魔術組合にあった本なのだから、魔術関連のものに決まっている。
しかし、お嬢はそんなことなど気にせず、尚もテオリオくんに質問を続ける。
「扱えるの?」
「どういうことですか?」
「議員とやらに魔術についての資料が扱えるのかってこと。専門的な物も多かったから気になったの」
「……どうですかね」
なるほど。それは確かに気にはなるな。
議員がどういったものかは知らないが、国を運営できるくらいには賢くはあるのだろう。しかし、いくら賢くとも魔術に対する知識がなければ意味がない。素人ではここの資料は活かせない。お嬢はそれが気になったらしい。
お嬢も一応は魔術組合の一員だったことから、この中の資料の一部に自分の提出した分があるかもしれない。それが有効に使われるかどうかは、気になるところなのかもな。
「扱えないなら勿体無いな」
「だね」
俺たちにはここの資料がどれくらい価値のある物なのかはわからない。だが、無用の長物となるのはもったいない。それくらいはわかる。どうせなら有効に使われる方が良いに決まっている。
「先生も資料と一緒にここに移る予定です。管理人として」
「そうなのね」
「なら安心か」
「元の持ち主ですからね」
「魔術組合が潰れるなら、それもちょうど良かったのかもね」
「……予定ですがね」
それを聞いて少しホッとした。別に俺たちは関係者ってわけではない。が、ここの資料が粗雑に扱われるのは納得いかないからな。
それにせっかくのテオリオくんの苦労が無駄になる。そんなことが許されてたまるものか。絶対にあってはならない。
俺たちはそれを見てるだけだけどさ。
「シェリルが管理人なのか。じゃあ、テオリオくんもここに移るのか?」
「たぶん」
「そうか。良かったな」
「……なにが良かったんですか?」
うん? さっきまでの話を聞いてなかったのか?
別にテオリオくんは作業の途中だからそれでも構わないが、そこまで複雑な話じゃなかったと思う。
まぁ、もう一度言えば済むか。俺たちは今は暇しているだけだからな。
「だから、素人があの資料を扱うより、専門家の方が資料を活かせるだろう?」
「まあ」
「なら資料も無駄にならない、そうだよな?」
「まぁ、そうね」
「私みたいなのに扱われるよりは良いはずだね」
「僕も厳しいですね」
「だってさ」
「……そう、ですね」
ようやくテオリオくんは俺たちの話を理解したのか頷いた。しかし、それはどこか曖昧な肯定のように感じる頷き方でもあった。なんと言うか、まるで俺たちの言ったことがどうでもよさそうな対応だったのだ。
まぁ、部外者な上に作業の最中に話しかけてくるような奴等の話なんて、どうでもいいか。鬱陶しいに決まっているしな。なら、いい加減な返事をされても仕方ない。
「なんにせよ、良かったな」
「はい」
そう言って、テオリオくんは作業を黙々と続けるのであった。




