魔術組合
しばらく待っていると先程奥へ駆けて行った少年が戻って来た。
「お待たせしました。提出ならこちらでも問題ありません。ですが、組合長がもし良かったら来てくれないかと」
「組合長が?」
「はい」
なにやら魔術組合の組合長が直々に俺たちを呼んでるらしい。
これにはお嬢も予想外だったのか不思議そうな顔をしている。今までも組合長という立場の人間には何度か会ってきたが、その都度それぞれ理由はあった。しかし、今回は流石になにも思い当たらない。
なんだ? さっきの悪口でも聞かれたのか?
「逆に聞くけど、いいの?」
それに俺たちが行ってもいいのか、という疑問も残る。
ここは冒険者組合とは違って、従魔を受け入れるようなところじゃない。きっと貴重な資料なども置いてあるに違いない。にもかかわらず、従魔を奥に入れるというのはいかがなものか。
「問題ないと仰っていました」
「そう。なら、お願いします」
「では、こちらに」
そう聞いてお嬢も納得したらしい。ということで、お嬢は受付の少年に促されるままに受付の奥へ行く。そして、それに付いて行くように俺たちも受付を抜けて奥の上り階段を進んだ。
まぁ、問題ないというなら遠慮はしない。室内をガリガリしない程度に色々見てやる。
階段をゆっくり上がっていくと、そこには視界を埋め尽くすほどの書架が並んでいた。書架の中は綺麗に製本された本もあれば汚い紙束も入っており、整理されているのかされていないのかわからない。しかし、どれも保存状態がよくすぐに読むことが可能な状態ではあった。おそらく、これが魔術組合が管理している魔術に関する資料なのだろう。どの書架もびっちり詰まってはいないが、やはり相当な量があるのだろう。
受付の少年は書架に見とれている俺をしばらく待ってくれてから、また階段を上っていった。するとそこには先程と全く同じ光景が広がっていた。魔術に関する資料というのは、想像通りでかなりの量があるらしい。とはいえ流石にもう見とれることもない。少年にさくさく付いて行く。
そうして、階段を抜けて廊下を進むと少年は一つの扉の前で立ち止まり、ノックと軽い受け答えをして部屋に入っていく。それに続くように俺たちも部屋に入った。
「失礼します」
「こんちには、魔術組合長のシェリルよ」
「はじめまして、ディジーです」
そう言ってお嬢は部屋の主である魔術組合長のシェリルに頭を下げた。またそれにならうように俺たちも頭を下げる。
シェリルはそれを見てにっこりと微笑むと俺たちにも軽く頭を下げた。そして、シェリルはくすんだ金の長髪を整えてからお嬢に視線を戻す。
「そちらの方たちは?」
「仲間のベクトルと従魔たちです」
「なるほど、噂どおりね」
そう言うとシェリルはあからさまに俺たちを観察しだした。
どうやら俺とフィオのことは既に知っていたらしい。
「噂、というのは?」
「北の方で神獣が見つかったって噂が広まっていたの。それで一目見ておきたくてね」
「そういうことですか」
この国ではよほど神獣というものが重要視されるみたいだ。そんな遠い国での出来事でも噂になるとは思ってなかった。
しかし、この国でこうならスターテア王国ではどんな扱いになることやら。
「それと最後の思い出作りにね」
「思い出作りってなんだ?」
もしかして死ぬのか?
流石に最後の思い出に俺たちってのは荷が重いぞ。せめて美味いもの食うとかにしとけ。
「あら、話もできるのね。えっと、そうじゃなくて……思い出作りっていうのはそのままの意味よ。思い出作りの意味はわかる?」
「ああ、意味はな。でも、なんのために」
「魔術組合はもう少しでなくなるの」
シェリルはとくに表情を変えることなくそう言った。
職場がなくなるのにえらくさっぱりしているものだ。もう少し落ち込んでいてもおかしくはないと思うんだがな。
「なくなるの?」
「そうなの。だから、組合長の権限で噂の神獣様を見ておこうと思って」
「だから、思い出作りなんだね」
そういうことならよかった。死ぬのかと思った。
まぁ、最後に珍しい物でも見ておこうと思う気持ちはわからないでもない。それに一応お嬢も魔術組合員なのだ。なら、組合長に呼ばれたらお嬢も行くしかない。最後の我儘ならかわいいもんだ。
「潰れかけの組合を運営しているんだもの。これくらいの越権行為は許してほしいわ」
「まぁ、俺たちはいいけどさ」
「そうね。私もこれが最後の提出なので、これくらいのことでしたら」
「ありがとう。確かに受け取りました」
シェリルは悪戯が成功したような顔をしながらも、お嬢からの提出物はしっかりと受け取り机にしまった。
「スターテア王国に行ったら貴方は従魔師になるのよね?」
「そうなるかと」
「じゃあ、貴方がここに訪れた最後の魔術師になるわね」
シェリルは確認をするようにそう問いかけた。そして、その問が正しかったことを確かめて納得の表情を浮かべた。
やはり神獣となると自ずと従魔師になるというふうに考えるようだ。ここに着いたばかりの俺たちはよくわからないが、ここではそう考えることが普通なのだろう。
しかし、魔術組合にとって最後の組合員がお嬢というのは寂しいというかなんというか。
これでは辞めることを伝えに来たみたいになってしまった。そんなつもりはなかったが、魔術組合にとどめを刺したようにも感じる。
「もう誰も来ないのか」
「それはそうよ。建物ごとなくなるんだから」
「そっか」
さっき見た圧倒的な書架もなくなるのか。勿体無い気もするが俺にはどうしようもない。
「仕方ないことよ。他の組合員もいなくなったし、実際今も潰れた後のために書類の整理で忙しいし」
「では、手伝いましょうか?」
「いいわよ、そんな気を使わなくて。こっちから呼んでおいてこんなこと言うのもなんだけど、もう帰ってくれてもいいのよ? 私としてはもう良い思い出ができたもの」
「そうですか。では、これで失礼します」
「本当にありがとう」
珍しくお嬢がシェリルに気を使っていたが、あえなく断られた。こちらとしては時間があるので手伝ってもよかったんだがな。シェリルはそこまでのことはさせられないと思ったのかもしれない。
そうして俺たちは部屋を後にした。




