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第九十九話 ルガイア=マウレは弁えている。

 



 「おじさま……おじさま!私……私…」

 「ああ、大丈夫。もう、大丈夫だよ。全部分かってる。君は、何も心配しなくていい」


 シャロンを優しく抱きしめ、穏やかな声で大丈夫と繰り返す紳士は、ポカンとしているハルトたちに気付いた。


 「君たちは……シャロンのご友人かな?」

 「おじさま……彼らは、私をここまで連れて来てくれたの。私を、守ってくれて…」


 嗚咽を漏らしながら、シャロンが説明した。それを聞いた途端、紳士の表情がさらに柔らかくなる。


 「そうか……それは良かった。この人たちがいてくれて、本当に良かったね、シャロン」

 「うん……うん、うん。そうじゃなかったら、私、もうおじさまに会えなかった……」


 泣きじゃくるシャロンの背中を撫でながら、紳士はハルトたちに頭を下げた。


 「この子を守ってくれて、本当にありがとう。私は、アンテスルの領主、トール=エヴァンズという」

 「あ、えと、ハルト…です。遊撃士をしています」


 ハルトもつられて頭を下げたが、後ろのルガイアとクウちゃんは素知らぬ顔だった。


 「あの、それで、シャロンは……」

 「ああ、分かっている」


 ハルトの表情が曇ったことで、彼が何を言いたがっているのかエヴァンズは察した。再びシャロンの方に屈みこむと、

 

 「ベルナルド…君のお父君の様子が少し気になったものでね、君に何かあったらいけないと思って、迎えにいこうと思っていたんだ。だけど行き違いにならなくて良かった」

 

 シャロンは、領主が父親に抱き込まれていないかを心配していたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。


 「……おじさま、私………」

 「大丈夫。私と一緒に、アンテスルへ帰ろう。領主である私が保護している以上、あの地で君に手を出せる者はいないよ」


 エヴァンズはシャロンを力づけるように言うと、再びハルトたちに向き直った。


 「彼女は、私がアンテスルまで連れて行こうと思うのだけど……構わないかな?」

 「え、あ……はい、彼女を保護してくれるのなら……」


 領主に保護されれば、シャロンはもう安全だ。ハルトたちも、心置きなくこの街で魔女を探すことが出来る。

 帰ったところで彼女を取り巻く状況…父親に命を狙われているという…は変わらないが、そこはエヴァンズがきちんと計らってくれるはず。

 領主であれば、部下であるシャロンの父を止めることも、その罪を糾弾することも、可能だから。


 シャロンは、安心しきってエヴァンズに身を任せていた。これまで張り詰めてきた諸々が、一気に緩んでしまったのだろう。



 「それじゃ、行こうかシャロン。君たちも、世話になってしまったね、ありがとう」

 「あ……ハルト、その、私……」


 エヴァンズに優しくエスコートされ歩き出したシャロンだったが、すぐに後ろを振り返った。

 名残惜しそうに、ハルトに手を伸ばす。


 「良かったですね、シャロン。体には気を付けて」

 「…………うん」


 しかしそれ以上は何も言えず、ハルトの笑顔に頬を染めてから俯いて、それからまた顔を上げた。


 「……今まで、本当にありがとう。貴方たちのことは、忘れない」

 「ボクもですよ。またいつか、メリルさんのところに改めてお礼に行きましょう」

 「ええ…そうね。それじゃ、また」


 ただの依頼主と遊撃士にしては湿っぽい遣り取りの後、シャロンは歩き去っていった。

 建物の角を曲がるとき、一瞬だけ振り返って、にっこりと笑った。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 「…………………」

 「……ハルト様?」

 「え、あ、うん。なんか急なことで驚いたけど、シャロンが無事に領主さんと会えて良かった」


 シャロンの姿が消えた曲がり角をしばらくボーっと見ていたハルトだったが、すぐに思い直したように調子を変えた。


 「さあ、シャロンの件は解決したし、ボクたちはボクたちの目的を果たそう!まずは……………」


 勇ましく調子を変えたのだが、すぐに失速。


 「まずは……師匠たちを探そっか…?」

 「……………ハルト様のご決断であれば、私から何か申し上げることはございません」


 おずおずと尋ねたハルトに平坦な態度で返答するルガイアだが、おいおいここまで来て足踏みしてんのかよ…と思っていることは確からしかった。


 魔女は、この街にいる。広い都市ではあるが、探す範囲は限られている。どこにいるか分からないマグノリアたちを探す…或いは待つよりも、自分たちだけで先に魔女を探してしまった方が早い。

 もしかしたら、マグノリアたちはハルトと合流するためにアンテスルに向かってしまっているかもしれないのだ。


 しかしハルトは自信がない。彼は、マグノリア抜きで、則ち自分の力だけで行動したことがほとんど…否、全くない。

 いずれ彼の独り立ちを見越してマグノリアはそのための指導教育を行ってくれていたのだが、まだまだ独立は遥か遠く。

 そんな彼に、自分の力と知恵と工夫で王国に連れ去られた魔女の行方を捜しそれを保護しろ、と言うのは、巣立ちのための羽ばたきの練習を始めたばかりの雛鳥にいきなり海を渡れと言うようなもので。


 「んな、なーお。んににー」

 「……私自身は殿下に従いますが、敢えて申し上げるならば、無暗に場所を移動するのは愚策かと」


 ルガイアはハルトの護衛に徹するつもりのようで何かアドバイスをくれたり先導してくれたりすることはないが、ネコがその裾をついついと爪で引っ張って催促すると、流石にそれでは少し冷淡だと思ったのか、そう付け足した。


 「……この街にいた方がいいってこと?」

 「あのフォールズという遊撃士は、馬鹿ではありません。行動力・決断力もありますし、判断も的確です。ハルト様が動かれるより、あの者にハルト様を探させた方が間違いありません」


 ルガイアの言い方だと、ハルトは馬鹿で行動力・決断力に欠けていて判断もアテにならない…と言っているように聞こえなくもないのだが、そういう遠回しなディスりには鈍感なハルトは気付いていない。

 因みに、その手の遠回しなディスりは魔王城にいた頃からエルネストによって受けていたりしたのだが、今に至るまで全く成長していないということか。


 「……そっか。けど、師匠たちボクらがここにいるって分かるかな?もしかしたらイトゥルに戻っちゃったりするかもしれないし…」

 「教皇に言伝を依頼しましょう」


 ルガイアはさらりと言った。聖職者の格好をしている彼が、地上界最大にしてほとんど唯一の宗教の最高指導者を伝言板代わりに使おうと平気な顔で言うのは違和感ありまくりだが、中身は魔王の忠実な臣下なので本人もハルトも気にしない。


 「…あ、その手があったね!師匠が教皇さんに連絡取ったときに、ボクらがロワーズにいるって伝えてもらえばいいんだ」


 ハルトはルガイアに全面賛同して満面の笑みで頷いた。


 「だったら、ボクたちは師匠とアデルさんがここに来るのを待ってればいいんだね」


 完全に、自分の力だけで魔女を探そうとか保護しようとか考えていない。あと、セドリック公子のことを失念してるっぽい。


 「しかしハルト様、せめてあの者らがここへ来るまでの間に、目標の所在地だけでも確認しておいた方がよろしいのでは?」

 「もくひょうのしょざいち。……魔女さんの居場所ってこと?」

 「はい。幸い、こちらには魔女の契約精霊がおります。どの辺りに魔女がいるのかくらいは、すぐに分かるでしょう」


 居場所さえ把握しておけば、マグノリアたちと合流してすぐ行動に移せる。その後の脱出経路を前もって確保しておくことも肝要だ(何しろ王国に喧嘩を売るようなものなのだ)。


 それからルガイアは、念のため付け加える。


 「それを確認した後は、下手に動かない方がよろしいでしょう。当局に目を付けられてしまっては、その後の行動に制約がかかります」


 ハルトの無鉄砲さと考えの無さを考慮しての発言。

 この王太子は、臆病なくせに時たま考え無しに突飛な行動を取るのだ。一人で魔界を出てしまったのもそう。臣下たちは、まさか城の中しか知らず自分では買い物一つ出来ないような主君が、ロクな準備もなしに地上界に渡るなど想像もしていなかった。


 ハルトは、ルガイアが自分のそういう点を心配しているとは知らずに無邪気に頷く。


 「うん、そうだよね。このあと、ベルンシュタインに魔女さんの居場所を教えてもらって、あとは宿を取って休もうか」


 なんだかそのノリが、物見遊山の旅行者のようだったりしたのだが、自分の役割はツッコミではないと弁えているルガイアは、敢えて何も言わなかった。




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