表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/257

第九十六話 修羅場はどんな種類でも大抵は本人の自業自得。



 ハルトが目を覚ましたとき、既にベッドの隣はもぬけの殻だった。

 おそらく、と言うか間違いなくお目付け役ラナに昨晩のことがバレる前に部屋へ帰ったのだ。ほぼ一晩中に近くハルトの部屋にいたのだが、大丈夫だったのだろうか。

 そこまでハルトの知ったことではないのだけども、ラナが怒り狂って自分にまでとばっちりがくるのは御免だと思う。


 

 さて、ハルトたちは観光や保養でカヌーンに来たわけではなく、時間は限られている。朝食をいただいたら(ほんともう、メリルさんにはお世話になりまくりだ)、すぐに出発することになった。

 

 「あの、ハルト様」


 玄関先でメリルさんにお礼を言っていると、おずおずとエリーゼが話しかけてきた。彼女、一番最初にハルトに抱き付いたときを除くと、ラナの目の光っているところではやけに猫を被っている。今も、廊下の角からはにかみまくって身体を半分隠している。昨晩はあんなに積極的だったのに。


 「その、ハルト様たちは北の方へ向かわれるのですよね?」

 「あ、うん。アンテスルまでね」

 「そうですか。私たちはロワーズまで行くのですが、方角も一緒ですし、是非私の馬車でアンテスルまでお送りさせてくださいませんか?」


 確かに方角は一緒だが、アンテスルの方が遠い。馬車だと半日以上かかる。ついでとは言い難い距離だ。

 しかしエリーゼにとっては、その「ついで」の距離が長ければ長いほどいいらしかった。


 「な、なりません、姫様!このような者たちを、姫様と同じ馬車に乗せるなどと!!」


 やはりラナが噛みついた。エリーゼを()()から守るように抱きかかえて、ハルトたちをキッと睨み付けた。どちらかと言うとその視線はルガイアに向かっていて、ああこれは昨夜のことはバレてないんだな、とハルトは思った。


 「でも……ここから徒歩だと、アンテスルまではとても時間がかかりますよ?小さな子供もいることだし、私たちは特に急ぎの用もないのですから、いいではありませんか」

 「しかし……姫様の清浄なる御身の近くにこのような………」


 このような、と言いつつ具体的な形容を避けるラナ。多分だけどルガイアが怖いのか。


 「ラナ、そのようなこと言わないでください。人は助け合わなければ生きていけない()()()存在なのです。私たち神に仕えるしもべが率先して行わなくてどうするのですか」

 「い、いえ……しかし…そう、姫様がこの者たちのことを気に掛けられるのでしたら、教会から迎えの馬車を向かわせましょう!」


 エリーゼはクウちゃんをダシに使った。確かに年端も行かない幼女を長く歩かせておいて聖職者である自分たちが馬車で楽々…というのは、神に仕える者としても人としても外聞がよろしくない。

 エリーゼがどこまで本気でクウちゃんを心配しているのかは分からないが(彼女がクウちゃんに言及するのはこれが初めてだ)、しかし正論でもある。

 厳しそうに見えるラナだって、聖職者だ。宗派がどうであれ、「救いと赦し」を信仰の核に置いているルーディア聖教である以上、「そんなん知らんわい」とは言えないのだろう。


 「けれども、ハルト様はお急ぎですのよ?馬車の迎えなら、ロワーズかアンテスルの教会からとなりますが、それではあまりに時間がかかりすぎます」


 エリーゼとしては、人助け目的は多く見積もっても半分くらいなので、ここでラナの提案を認めるわけにはいかない。


 「急ぎ……というのは初めて聞きましたが」


 おっといけない。ラナの表情が怪訝そうに曇った。

 彼女の認識では、エリーゼがハルト(たち)と会話したのはメリルさんちに来た直後だけで、後は食事もお茶も別室だったのだ。()()()()、就寝も。メリルさんにお願いして出来るだけ屋敷内の離れたところに部屋をあてがってもらったはずなので、()()顔を合わせる…ということも考えにくい。

 

 しかしエリーゼはラナの視線を涼しい顔で遣り過ごす。あまりに平然としているものだから、ラナもそれ以上は追及出来ない。


 「ハルト様は遊撃士をなされているのですから、お仕事中は時間に縛られていて当然じゃありませんか。きっと私たちのように教会に籠り世間を知らぬ者には分からないご苦労などがおありですのよ」

 「そ……それは、そうかもしれませんが……いや、しかし………」


 ラナは揺れている。

 いや、本心では絶対に認めたくないのだ。最も清らかでなければならない姫巫女が、俗人と共に馬車に乗るなど決して認めるわけにはいかないのだ。

 しかし、ハルトたち一行のうち二人は自分たちと同じ聖職者(派閥は違うが)なのだ。

 自分たちだけ馬車で楽をする、と言うのも、気が引ける。


 少なくとも気が引ける程度には、彼女は思いやりの心を持っているのだろう。


 「なら、せめてロワーズまではいけませんか?あそこからなら、アンテスルまで乗合馬車も出ていますし」

 「………………………………分かりました、致し方ありません。ロワーズまででしたら…」

 「ありがとう、ラナ!貴女はいつも私の味方でいてくれるのですね!!」


 抱きつかれて、まんざらではなさそうな顔をするラナ。なんだか手のかかる妹を持った姉のようだ。

 エリーゼとラナの遣り取りをほけーっと見ていたハルトたちだが、彼女の申し出は素直にありがたい。徒歩の労力、という話以前に、教会の馬車ならば刺客がまだ諦めていなかったとしても、手を出せまい。



 「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとう、エリーゼ」

 「いいえ、お役に立てて嬉しいです…」


 ラナの手前、やっぱりはにかみながら奥手を演じるエリーゼは、やっぱり食わせ物である。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 エリーゼの馬車で送る…と言っても。

 彼女の馬車は、四人乗りである。

 余裕を持った造りであるため、人数が多少オーバーしても問題はない。が、ラナとエリーゼに加え、ハルトとシャロン、クウちゃん、ルガイア、それにネコ。結構、窮屈である。

 警戒目的もあって、ルガイアは御者台に座った。いきなり無口&仏頂面の神官が隣に座ることになって、御者さんはさぞや閉口しただろう。

 で、クウちゃんはハルトの膝の上。詰めれば普通に座れそうなものなのに。エリーゼの牽制の視線がめちゃくちゃ突き刺さって来るが、全く気にしていない。寧ろハルトの方が気になる。

 さらに、クウちゃんに対抗心を剥き出しにしているのはエリーゼだけではなく、自分こそそのライバルだと言わんばかりにネコがハルトの肩に襟巻みたいに巻き付いている。最近はずっとルガイアにべったりだったのに、マスコットの地位を脅かされると危惧したか。



 「……ねぇクウちゃん。横、空いてるよ?」

 「………ん」

 「ネコも、さ。ちょっと、暑いんだけど…」

 「………んに」


 言うこと聞いてくれない。


 シャロンはすっかりハルトを誤解している。その視線が冷たい。


 「……ねぇ、ハルト」

 「な…なんでしょう?」

 「…………いえ、何でもないわ。双方の合意があれば、別に構わないと私は思うし……合意があれば」

 「…そう、ですよね。合意、大事ですよね合意」


 何に関する合意なのか分からないながらも、頷かざるをえないハルト。


 「ハルト様、ここからの景色がとても素晴らしいですのよ」 

 「姫様、少し近すぎます」



 ロワーズまで半日。たった半日、されど半日。

 楽チンだけど、長い半日になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ