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第九十三話 歴史の齟齬は永遠に修正不可能なのである、何故ならばそれは編纂者の潜在的願望が反映されるからだ。




 メリルさんとしては、大切な友人と珍しい旅人のお客様と、一緒に和やかに食卓を囲みたかったらしかった。

 けれども、ルガイアと女剣士との諍いのせいで、彼女の希望は叶わなかった。


 女剣士…ひどくぶっきらぼうに、ラナ=キーリーと名乗った…は、この一件で完全にルガイアを警戒してしまった。恐怖したと言ってもいい。

 あんなヤバい奴と姫君を一つ屋根の下に置くなんて出来ない!と、最初はエリーゼを引っ張ってメリルさんちを出て行こうとしていた。

 しかしエリーゼが断固としてそれを拒み、表向きは良き友人であるメリルさんとゆっくり話したい…みたいなことを言っていたが間違いなくハルトを狙っていることは確かだったが、どうもラナはエリーゼに強く出れないみたいで(ハルトとレオニールの関係だとこうもいかない)、結局はエリーゼもメリルさんちに滞在することになった。

 ただし、食事だけはどうしても何としてでも同席させられないとラナが最後の抵抗を見せ、エリーゼはその条件を呑んだ。多分、食事の席じゃなくてもアプローチ方法はいくらでもある…と考えていたに違いない。


 困ったのはメリルさん。

 大切な友人であるエリーゼとゆっくり語らいたいし、珍しい旅人の話も聞いてみたい。一方を立てれば、もう一方が立たず。気遣い屋さんのメリルさんとしては、実に板挟みの状況。


 苦肉の策として、食事をハルトたちと、食後のお茶をエリーゼたちと楽しむことにしたメリルさんには、ほんと頭が上がらない。




 「そう言えば、さっきの……エリーゼ…さん、でしたっけ?どういう人なんですか?」


 夕食の席で、ハルトはメリルさんに聞いてみた。本人がいない方が聞きやすかったりする。

 メリルさんとエリーゼは友人だというし、ある程度のことは知ってるだろう。


 「ん、姫のこと?あの子はね、とある教会の秘蔵っ子なの。私はそこの信徒ではないのだけど、親戚がその教会で働いていてね、その縁があってたまにうちに遊びに来るようになったのよ」

 「……とある教会?ルーディア聖教ですか?」


 ハルトは地上界の宗教事情に明るくない。ルーディア聖教が世界宗教だ、と聞いたくらいで、その他に宗教団体があるのかどうかもよく知らない。

 メリルさんは、そんなハルトの世間知らずっぷりを軽やかに笑い飛ばした。


 「いやねぇ、そうに決まってるじゃない。この世界で教会って言ったら、それ以外に何があるの?御神を信仰しない民なんていないのだし」

 「……………アハハ」

 「…………………」

 「……………んに、にー」


 返答に困ったハルトが愛想笑いで誤魔化し(ハルトはスキル“愛想笑い”を覚えた!)、眉間に皺を寄せたルガイアの肘をネコが突っついて宥めた。


 「まぁ、十五年前は大変だったけれど。けど御神が荒魂あらみたまと化してしまったのだって、魔王の仕業なのでしょう?ほんと、恐ろしいことだったわ」

 「…………………?」


 エリーゼのことを聞き出すだけのつもりだったハルトだが、ものすごく興味深い単語がメリルさんの口から出てきた。

 

 荒魂、とは何だろう。魔王の仕業?

 そもそも、現世界を破壊して新世界を築こうとした創世神が未だに崇められていて、それを阻止し現世界を守ったはずの魔王が未だに貶められているのは何故?


 今まで、その不条理(魔王からしたら不条理そのものだろう)について、深く考えたことはなかった。

 そもそも、魔界では魔王の素晴らしさだけを教わる。地上界でどんなことがあって人々がそれをどんな風に受け止めているのか、なんて完全に無視だ。 

 ただ、天使族も廉族れんぞくも、創世神が善で魔王が悪だと信じ切っているから、魔王ちちは敵視されているのだろうなー…程度にしか考えていなかったハルトだが。



 「あの……荒魂って何ですか?」

 「あら、知らないの?幼年学校では教わらなかったかしら」


 ハルトは十五年前の聖戦をリアルタイムでは知らない世代。しかしその世代の子供たちも、歴史の特別授業で必ず教わるのが聖戦と英雄たちの物語である。


 「ハルト、あなた自分のお父君が関係してらしたことなのに、まさか知らないとか言うわけじゃないわよね…?」


 めちゃくちゃ胡乱な目で、シャロンに睨まれた。

 一般常識を知らないのであれば、それはまぁハルトが常識知らずだということで済まされる。

 だが、聖戦最大の功労者と言われる英雄の息子であるハルトが、父親の偉業を何一つ教わっていないなんて、不自然過ぎる。


 「…お父君?ハルト君、あなたのお父様は教会関係者でらして?」

 「ええ、彼のお父君は…」

 「あ、あの!まぁ、そんなとこなんですけど!父はさておき、その、よく世間知らずとか常識知らずとか言われるんですよね、ボク。勉強とかあまり好きじゃなかったし、だから歴史とかも全然知らなくて」


 ここでシャロンが「彼は剣帝の息子だ」とかなんとか言い出したらまた色々と面倒な感じになると悟ったハルトは、慌てて彼女を遮る。

 シャロンはそんなハルトが、家のことを隠したがっていたことを思い出し、口をつぐんでくれた。



 「……そう。十五年…いえ、もう少し前かしら、天地大戦で御神に封じられた魔王が一度復活したことは、知ってる?」

 「え、ええ…そのくらいなら、まぁ」


 復活したからこそ、自分はここにいるのだ。


 「それでね、再び御神と魔王の間で争いが起こったのよ」

 「……………はい」


 それも、知っている。それが、聖戦と呼ばれるものではないのか。


 「その時も、御神が勝利されたのだけど、恐ろしいことに、魔王の邪念にあてられて、御神の半分が荒魂へと変質してしまったの」

 「……………はい?」


 邪念?あてられて?んで、荒魂へと変質?


 思わずルガイアの方を見たら、必死に何かを耐えているような感じで固く目を閉じていた。ネコがその頬に一生懸命スリスリしている。何をしているんだろう。


 「御神のもう半分…和魂にぎみたまはお隠れになり、残った荒魂あらみたまは魔王の影響を受けてしまったせいか、破壊の衝動に突き動かされてしまった……」

 「………………?」


 もう、自分が聞いていた話と全然違う。それじゃまるで、魔王ちちが完全に悪者みたいじゃないか。


 「御神の荒魂は、この世界を滅ぼそうとしたの。それはもう、多くの命が失われたわ。それは結局、世界が存続に足るかどうか試すための、御神の試練だったわけだけど」

 「……………??」


 あれ?創世神って、何が何でも現世界を破壊して新世界を作ろうとしてた…んじゃなかったっけ?


 「その試練に立ち向かったのが、聖戦の英雄と呼ばれる方々よ。英雄たちは、死力を尽くして試練に打ち勝った。そうして世界は守られ、御神の荒魂もお隠れになった…」

 「…………………」


 最初と最後はハルトの知っているのと同じだが、途中が違う。なんか物凄く違う。

 

 「…と、これが聖戦の物語。学校の授業だけじゃなくって、色々な絵本だとかお芝居だとかにも描かれてるはずなんだけど……やっぱり聞いたことないかしら?」

 「………ええと、なんか、断片的…には………」


 これは、ハルトの聞かされた情報が間違っているのか、メリルさんの語る歴史が間違っているのか。確認しようにも、臣下たちはハルトに真実を教えたと主張するだろうし、メリルさんの方だって世間一般に信じられていることを伝えたにすぎないし、誰に聞けば本当のことが分かるのかが、分からない。



 「……なんか偉そうに語ってしまったけど、私だって当時は何も分からずにただ怯えていただけなのよ?あの頃、ほとんど全ての人々がそうだった。ただ襲い来る破壊の嵐に怯え、死ぬことを怖れ、ただ救いか滅びかのどちらかを待つことしか出来なかった。戦が終わった後も、聖教会がなければきっと大変なことになっていたでしょうね」


 十五年前ならば、メリルさんは今のシャロンと同年代、といったところだろうか。

 生まれる前のハルトは直接的には知らないが、しかし世界はかなりの混乱に陥ったと聞かされている。


 「教皇聖下が…確かあの頃はまだ枢機卿でいらしたかしら…?聖下が陣頭指揮を執ってくださってね、教えの道を外れると再び試練の炎が世界を焼き尽くしてしまうと、その恐ろしい未来から人々を救うために、それまで以上の信仰を説いて私たちを導いてくださったわ」


 語るメリルさんの顔は、敬虔な信徒だった。彼女の信仰心はかなり強いのだろう。



 「……で、話は戻るんだけど。姫は、そのルーディア聖教会の一つの宗派で、最も尊いとされている方なのよ。ラナちゃんは、護衛兼お目付け役、ね」

 「……エリーゼ…さんが?一番偉いのって、教皇さんじゃないんですか?」


 確か、聖教会の最高指導者は教皇グリード=ハイデマンのはずだ。それとも、偉いと尊いとは別なのか?

 魔界で一番偉い=尊い、のハルトにはよく分からない大人の事情的なものがあるのか。


 「教皇聖下は、聖教会全体の最高指導者でしょう?そうじゃなくて、その中の一派の話よ。聖教会っていっても、いろんな宗派があるんだから」

 「……へー…そうなんですか……」

 「彼女はね、とても不思議で神聖な力を持っているの」

 「………!」


 不思議で神聖な力。確かにエリーゼ本人も言っていた。自分には特別な力がある…とかなんとか。

 その力で、ハルトがここに来ることを知った…みたいな。


 「私はその宗派の人間じゃないから、詳しいことは知らないわ。けど、その力のせいで彼女も色々と苦労しているみたい。だから、ここに静養に来たときにはとにかくゆっくりしていってほしいのよ」

 

 メリルさんの表情は、確かに崇拝と言うよりは親愛だった。宗教上エリーゼを崇めているのではなく、一人の友人として大切に思っているのだろう。

 同時に、メリルさんがエリーゼについて知っていることと言えば、一般的な友人としての情報くらいだった。

 エリーゼの力…未来の一頁をなんとか…や、それでどうハルトのことを視たのか、ということは、本人に聞かなければ分かりそうもない。



 エリーゼとラナは、たまたま同じ屋敷で世話になっただけの通りすがりのようなもので、正直なところそんなことに気を取られている暇はない。

 ここからアンテスルまで、どうやって安全に確実にシャロンを連れていくか。領主はきちんとシャロンを保護してくれるのか。マグノリアたちと無事に合流出来るのか。心配事は尽きない。


 が、地上界での遊撃士仕事とは別の意味で、エリーゼの発言は非常に気になる。どうやってハルトのことを知ったのか、ではなく、ハルトの何を知っているのか、という点で。

 仮に魔界の王太子であることを察知されているのであれば、極めて厄介だ。それが原因で、魔界に連れ戻されてしまうかもしれない。

 


 明朝には、カヌーンを出る予定だ。ここでグズグズしている時間的余裕はない。

 なので、確認するなら今夜しかないのだが……


 果たして、あの怖い顔をした女剣士ラナが、エリーゼと二人きりで話すことを許可してくれるだろうか。それに、彼自身の正体は誤魔化しつつ上手く尋ねるにはどうすればいいか。


 何か良い手はないものかと、デザートのモモの蜜煮コンポートをモグモグしながら思案するハルトだった。

お察しのとおり、歴史を書き換えたのはグリードさんです。あの人、地上界の秩序維持のためには手段を選びません。そのせいで魔界に睨まれちゃってますけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] >お察しのとおり、歴史を書き換えたのはグリードさんです。  まぁ、わからんでもないけどねぇ。  真面目な話、創生神と世界を滅ぼしかけたのが同一の存在と民が知ったら、秩序が崩壊すること間違い…
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