第八十四話 知り合いと友人の明確な線引きってあるのだろうか。
早朝の空気は、冴え冴えとしている。
くしゃみ一つして、シャロンは目を覚ました。
「おはようございます、シャロン」
「……おはよ…」
ハルトとルガイアは既に目を覚ましていた。クウちゃんは、まだ夢の中。
モソモソと起き上がると、肩からハルトの上着がずり落ちた。夜の間、ずっとシャロンに貸してくれていたらしい。
「日も昇りましたし、朝ご飯を食べたら出発しましょうか」
「……朝ご飯?」
彼女らがいるのは、山の中。宿と違って朝食が運ばれてくるわけではない。昨夜は魚を捕まえたが、朝はどうするのだろうか。
…と思ったら、シャロンの目の前に赤紫色の果物が差し出された。
「これ、ネコが見つけてきてくれたんです。甘くって美味しいですよ」
あまり市場に出回ることがないのか、シャロンは見たことのない果物である。得体の知れないものを食べるのは少し怖い気もするが…なにしろ腹を下しても病院どころか薬もないのだから…、見るとハルトはモリモリとそれを食べている。
それがとても美味しそうで、シャロンも思わず齧りついていた。
「……美味しい」
「でしょ?」
「んなーお」
ハルトに続いて、ネコが得意げに鳴いた。
猫のくせに食べられる木の実を知っているとかちょっと謎なのだが、今はそういうことを気にしているときではないだろう。
自生している名も知らない果物、という人生で一番野性味に溢れた朝食を堪能した後、一晩の宿にしていた洞窟を出て再び歩きはじめる…というか、走り始める一行。
一晩中固い地面の上で寝ていたので、昨日はほとんど身体を動かしていないはずのシャロンだが疲れが取れ切っていない。それなのに、今日も彼女をお姫様抱っこして軽快に走るハルトには疲れのようなものは見えない。
ルガイアはまだしも、幼いクウちゃんまでもが元気溌剌だ。
「……ねぇ、遊撃士ってみんなこうなの?」
「え?こう…って?」
運ばれながらシャロンはハルトに訊ねた。ハルトは、何を聞かれているのか分かっていない。
「だから、みんなこんなに体力あるわけ?あの子…クウちゃんだってあんな小さいのに、全然元気じゃない」
いくら貴族令嬢とは言え、自分より随分年下の幼女よりも体力的に劣っているという事実を恥ずかしく思うシャロン。
「あー……クウちゃんは…まぁ、いつでも元気なんですよ」
ハルトとしては、精霊だから疲れ知らずなんですよー、とも言えず。
「けど、遊撃士も色々だと思いますよ。アデルさんはあんまり体力に自信ないみたいだし、ボクが前にパーティーを組んだことのある同期の人たちも個人差がありましたし」
なお、マグノリアが身体的に疲労しているところは見たことがないハルトである。精神的にはよく疲れてるみたいだが。
「…同期?」
「はい。同じタイミングで遊撃士になった人たちがいて、記念に一緒に依頼を受けたんです。楽しかったですよ。みんな得意なこととか違ってて、協力して魔獣を倒したり、あと道に迷ったりもしましたけど」
若干のイレギュラーはあったものの、シエルたちとの仕事はハルトにとっていい経験と共にいい思い出でもある。
同じ年頃の仲間たちと切磋琢磨するのは、先達に指導を受けるのとはまた違った刺激を貰えるものなのだ。
「ふぅん……なんかいいわね、そういうの」
シャロンの呟きには、僅かに羨望と淋しさが含まれていた。
「私には、そういう友人…仲間って言える相手がいないのよ。家の都合で付き合いのある子たちはいるけど……」
貴族令嬢であり、同時に当主から遠ざけられている彼女には、親身になってくれる友人がいない。
損得勘定抜きで、支え合ったり助け合ったり、他愛の無い話に花を咲かせてみたりする相手。笑い合ったりときに喧嘩したり、我儘を言ったり言われたり、気取ることなく接することが出来る相手。
彼女の周りにいたのは、取り澄ました態度と作り物の笑顔で自分を取り巻く令嬢たちばかり。腹の底では何を考えているのか分からなかったし、相手も彼女自身も家の利になるか否かで相手を評価していた。
少なくとも、そういった面々との付き合いの中で「楽しかった」という感想が出てきたことは…社交辞令を除いては…一度もなかった。
「それじゃ、これから作ればいいじゃないですか」
「……え?」
事も無げにハルトに言われ、シャロンは一瞬、呆けてしまった。
これから作る…とはどういうことか。
友人とは、親や知り合いから紹介されたり、社交界で同じ程度の家柄の子女と繋がりを持ったりして出来るものではないのか。
作る、だなんて言われても、どこで何をどうすればいいのやら。
戸惑ったシャロンだったが、
「そしたら、ボクが第一号ですね!」
ハルトのその言葉に、自分の中の凝り固まった石ころが砕かれたような気がした。
「え……と、そう……なの?友人って、そういうのでいいの?」
「え、違うんですか?」
確かにハルトはれっきとした貴族…公爵家嫡男である。
しかし二人が出逢ったのは紹介でも社交界でもなく、今の両者はあくまでも遊撃士と依頼主としての関係だ。
家の繋がりとか、コネクションとか、派閥関係とか、そういったものとは何の関係もなく、ただ一緒に馬車に乗って、一緒に谷底に落ちて、一緒にご飯を食べてお喋りをして気遣ってもらって……
「あ…あれ?もしかして、遊撃士と依頼主の間にはお金の遣り取りがあるから友達にはなっちゃいけないとかそういうことってあったりするんですか?」
「え……いや、それは、知らないけど…」
シャロンが戸惑っているものだから、ハルトは心配になったようだ。彼はまだ遊撃士業界のルールだとかマナーだとか暗黙の了解だとかには疎い。
「えっと、じゃあ、それじゃあ、この依頼が達成出来たら、シャロンがアンテスルに到着したら、そしたらボクたち友達になれますよね?」
「え……そ、そうね。そういうことになる…のかしら」
まだ戸惑いの晴れないシャロンではあるが、そう返事をした瞬間に心の奥に小さくて暖かな光が灯ったような気がした。
先妻の子である自分を疎んじる父親。自分を目障りだと思う継母。その二人の顔色を窺うばかりの使用人たちや、伯爵夫妻に見限られた自分には価値がないと離れていった取り巻きたち。
それでもそんな連中の中で生きていかなくてはならない…自分の世界にはそんな連中しかいないと思っていた彼女にとって、それらとは全く無縁な友人第一号は、則ち新しい世界への扉のようなもので。
自分の目的を抜きにしても、一刻も早くアンテスルに着きたいとシャロンは切望した。
「……ご歓談中申し訳ありませんが、ハルト様」
何やらいい雰囲気の二人を遮って、ルガイアがものすっごく平坦な声で割り込んできた。
「そろそろ、その娘の事情とやらを説明してもらった方がよろしいのでは?」
「……あ」
「……あ」
ルガイアの尤もなツッコミに、ハルトとシャロンは揃って今までそれを忘れていたことを思い出した。
昨夜は(ハルトの)恋バナで終わってしまい、今は「人生における真の友人とは何ぞや」的な話題で終わってしまうところだった。
「そ…そうね、話さなくちゃいけないわよね。なんで私がアンテスルの、実家じゃなくて別の場所に行こうとしてるのか、なんで狙われてるのか」
シャロンは、少しだけ言い淀んだ。しかし逡巡も束の間で、何かを吹っ切ったようにすぐ顔を上げる。
シャロンの話す準備が整ったことを察し、ハルトは足を止めた。出来るだけ先を急ぎたいところだが、流石に込み入った話を走りながらするのも落ち着かない。
ハルトの腕から降りたシャロンは、数歩歩いて手近な岩に腰を下ろした。ハルトもその隣に腰掛ける。ルガイアはそのハルトの背後で直立不動の姿勢。クウちゃんは、なんだか難しくてつまらない話が始まりそうなので川で遊び始めた。
「…と言っても、私にも分からないことの方が多いんだけどね」
はしゃぐクウちゃんが跳ね上げる水滴に朝日が反射して煌めくのを目で追いながら…おそらくどこに視線を合わせればいいか分からなかったのだろう…シャロンは、ポツポツと語り始めた。
「まずは、いきなりなんだけど………多分、私を殺そうとしてるのは、私の父だと思う」
山の中で得体の知れない木の実とかキノコとかって絶対食べない方がいいと思うんですけど(特にキノコ)、中学生だった昔、林間学校で発見した謎の木の実を友人と二人で喜んで食べてました(危険マネするな)。幸運にも無毒だったらしくお腹壊したりしませんでしたが。
それにしてもあれが何の実だったのか未だに分からないんですよ。調べても該当しそうなのが見当たらなくて。
1センチくらいの楕円の実が、縦方向に二つ連なってました。片方が赤くて片方は緑(多分まだ熟してない?)。特徴的な外見だとは思うんですが、どなたか分かる方いらっしゃいます?もう長いことずっと気になってるんですよねー。




