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第八話 技術は見て盗めっていうけど見て盗める程度の技術ってどうなんだろうって思うことがある。




 安宿の裏庭で、マグノリアは模擬刀を構えるハルトに厳しく声を上げた。 


 「ほら、また肩に力が入ってる。関節の可動を意識しろっつったろ」

 「はい!」


 なんだろうこの状況は。

 自分から言い出したことであるに関わらず、マグノリアは不思議な気持ちでいっぱいだった。


 目の前では、真剣な表情で素振りを繰り返すハルトの姿。マグノリアの指導で少しは見れる格好になったのだが、それでも気を抜くとすぐにへっぴり腰に戻ってしまう。


 今のハルトの様子は、どこからどう見ても駆け出しペーペー最下位遊撃士だ。


 (これからこいつを、()()メルセデス=ラファティに並ぶ…とまではいかなくても近付けるレベルまで引き上げるって……できるのか、アタシ?)


 少しばかり早まってしまったと思いつつ、今さら前言を撤回することもできず、ハルトには聞こえないように嘆息するマグノリアであった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 さかのぼること数刻前。


 「お、お前……メルセデスって……あのメルセデス!?知り合いかよ?ってーか、あいつに恋人だなんて、聞いたことねーぞ?」

 「え、マグノリアさん、彼女のこと知ってるんですか!?」


 驚くマグノリアに、驚くハルト。同じ驚くにしても、その温度差は、大きい。


 「知らねーはずないだろ、たった八人しか認定されてない第一等級の遊撃士だぞ!」

 「へー、彼女、やっぱり凄い人なんですねぇ…」


 ハルトはうっとりとした顔で遠くを見ている。

 マグノリアは、ますます彼の事情が分からなくなった。


 「どういうことだよ、お前、あいつと付き合ってたのか?」

 「いやー……えへへ……」


 ハルトは照れるのだが、


 「んにゃ、んにゃなーお」


 白けたようなネコの視線に、マグノリアは気付いた。

 どこまで人間の言葉を解しているか分からないが、どうもこのネコは状況を正しく理解しているフシがある。


 「…なぁ、ハルト。お前さ、メルセデスとはどこで会ったんだ?」

 「え、ですから、ここの近くの森ですよ。魔獣から助けてもらったって言ったじゃないですか」

 「そうじゃなくて、その前は?そもそも、どういう関係なんだよ?」

 「ですから、助けてもらったんですってば」

 「…………………」


 マグノリアは、いよいよ自分が完全に勘違いをしていたのだと気付いた。


 「…もしかして、あいつと会ったのって、それっきり……とか?」

 「だから、これから会いにいくんです」

 「…初めて会ったのがそのときで、今回が二回目…?」

 「んー、そういうことになりますね」

 「ってそれ初対面のただの他人じゃねーか!!」


 ハルトがまるで恋人を想っているかのようにうっとりして彼女のことを語るものだから、てっきり二人は深い仲或いは家公認の仲なのだとばかり思っていたマグノリアは、そんな自分の迂闊さも腹立たしくて思わず怒鳴ってしまった。

 ハルトはと言えば、なぜマグノリアが声を荒上げたのかが分かっていない。


 「なんで怒るんですか?」

 「いや、なんでってお前……それ、多分…いや絶対メルセデスはお前のこと何とも思ってないからな!?」


 勿論、メルセデスもお年頃の少女であるからして、初対面でビビビと来た可能性だって無きにしも非ず。が、もしそうであれば連絡先を交換するとか、拠点を教えるとか、何らかのアクションを見せるはずなのにこうしてハルトがメルセデスを探しているということは、()()()()()()、ということだ。


 これでよく分かった。ハルトは、初対面で一目ぼれした相手を勝手に追いかけて来ただけ…しかも手がかりはおろか、相手の基本情報すら知らずに…だったのだ。



 「…お前、やっぱ家に帰れ。今すぐ帰れ」

 純朴な少年の淡い恋心を軽く応援するつもりだった気持ちは霧散し、マグノリアは冷たく言い放つ。

 しかし、ハルトの返事は完全に違う方向から飛んできた。

 「あの、彼女のこと知ってるなら紹介してください!それと、今どこにいるのかも教えてほしいです」

 「……………………」


 会ったばかりの人間マグノリアに会ったばかりの人間メルセデスの紹介を依頼するに留まらず、本人に無断で個人情報の提供を求めるその厚かましさには、閉口するしかない。

 

 「知るか!んなもん自分で調べろ!!」

 だからそのまま彼を置いて歩き出そうとしたのだが、

 「おい、放せ。何しがみついてやがるんだ」

 「いいじゃないですか!知ってるなら意地悪しないで教えてください」


 マグノリアの腰にコアラの如くしがみついて離れないハルト。彼の年齢がもう少し上であれば、ただの変質者にしか見えないだろう。


 「っざけんな。なんでアタシがそこまで面倒見なきゃならないんだよ」

 にべなくそう言い放つのだが、ハルトはズルズルと引き摺られながらも諦める様子を見せない。


 「いいじゃないですか」

 ズルズル。

 「なんで教えてくれないんですか?」

 ズルズル。

 「彼女だってきっとボクのこと待ってるに違いありません」

 「心配するなそれは絶対にない!!」


 相手にしきれないマグノリアと、なんとかメルセデスの情報を入手しようとするハルトの見苦しい攻防は数十メートルに渡って続けられた。



 やがて、根負けしたのはマグノリアの方だった。


 「あーー分かった、分かったから!とりあえず、手がかりくらいはくれてやる。そこから先は、テメーで考えやがれ!!」

 「ほんとですか?ありがとうございます!!」


 マグノリアはやけくそで怒鳴ったのだが、ハルトは素直に顔を輝かせた。その純真オーラに、一瞬だが怯みかけるマグノリアだったりする。

 が、


 「言っとくけど、アタシだって今あいつがどこにいるのか知らねーんだからな?何せ、世界中飛び回ってるトップ遊撃士だ。だから、遊撃士ギルドまでは連れてってやるけど、その後のことは知らねーぞ」

 「はい!お願いします!!」


 遊撃士と一言で言っても、色々なタイプがある。

 専門分野という点では、魔獣退治や要人警護、素材収集、迷宮攻略(これは依頼を受けるというより自主的な意味合いが強い)、武力提供という風に分類されるが、それとは別に地理的な活動範囲が遊撃士によって様々なのだ。

 マグノリアの場合、この地域を中心に活動しているが依頼によっては別地域にも赴いたりする。一方で、完全に地元密着の遊撃士や、一定期間は一つの地域に留まりその後拠点を変える遊牧民タイプもいたり、全く拠点を定めずに世界中を転々とする根無し草タイプも。

 そして、メルセデス=ラファティという遊撃士は、根無し草タイプである。

 

 こういった様々なタイプの人々が揃って同じ遊撃士と呼ばれ一つの職群を成すことができるのは、偏に職能組合ギルドの存在ゆえだ。

 ギルドの支部は地上界全土に点在し、所属する組合員であればどの地域でも仕事の斡旋を受けることができる。


 「…つーわけで、メルセデスはこの地域の専属ってわけじゃねーが、このあたりで仕事してるうちは、この街の遊撃士ギルド支部に顔を見せるってわけだ」

 

 マグノリアは、遊撃士組合ギルドの説明を軽くしてやったのだが、やはりハルトはそんなことすら知らなかったようだ。


 「へー、そうなんですね。勉強になります!」


 なんだか尊敬のまなざしでそう言われてはマグノリアとしても悪い気はしないのだが、それに流されてはいけないと気を引き締め直す。

 なにせ、今この瞬間もハルトの物騒なお目付け役は彼女に鋭い視線をぶつけまくっているのだから。


 

 マグノリアがハルトを連れていったのは、三階建ての、この街では教会に次ぐ大きさの建物である。

 

 「ここが、遊撃士組合ギルドリエルタ支部だ。ここにいる奴なら、メルセデスの行き先を知ってるのもいるかもしれねぇ」

 「ありがとうございます!早速、聞いてみますね!」


 喜び勇んで扉を開け中に入っていくハルトに、マグノリアは無言でくっついていった。

 もともとハルトをギルド支部に連れてくるだけのつもりだったのだが、ここで後は知らぬと放置するのはやめておいた方がいいと思ったのだ。


 遊撃士は、荒事専門の請負業である。

 商人組合ギルドや、医療組合ギルドなどとは、組合員の質が違う。

 一言で言えば、荒くれもの。武力でもって糧を得る、戦士たち。


 世間知らずオーラを放ちまくる純朴少年は、悪目立ちすることこの上ないだろう。相手にされないだけならまだいいが、中には悪党と紙一重の差しかないような質の悪い遊撃士もいなくはない。

 完全実力主義の世界のため、本来であればそこで何かトラブルが起こっても当事者同士で解決させるべきなのだが……


 ここでまた悶着があると、今度こそ誰かの首が飛びそうだと、さすがに建物の中にまでは追いかけてこない視線の持ち主のことを警戒し、マグノリアはそれを未然に防ぐべくハルトの傍についていることにしたのだ。



 「おう、マギー。どうした、随分とこまいの連れてるじゃねーか」

 見知った同業者が、軽い調子で尋ねてくる。この様子だと、ハルトはマグノリアの連れだと認識されているようだ。


 「んー、ああ、まぁちょっとな」

 しかしハルトはマグノリアのパーティーメンバーでもなければ依頼主でもないので、とりあえずそう誤魔化しておく。



 ギルド支部のメインホールには、依頼を持ち込む委託用カウンターと、依頼を受ける受託用カウンター、そして待機用のスペース…主に遊撃士同士の情報交換の場となっている…がある。そこには、幾人かのグループが談笑していた。

 見慣れぬ、そして場違いなハルトに向けて、それらから鋭い視線が突き刺さる。が、すぐ傍らにマグノリアがいるせいで因縁を付けてくる者はいなかった。



 「あらこんにちは、フォールズさん。この間の依頼はもう達成ですか?」

 カウンターにいる受付嬢がマグノリアに気付いた。なお、遊撃士ギルドの職員である受付嬢は揃いも揃ってなかなかの手練れだったりする。


 「ああ、ちょっとそれは準備中。その前に聞きたいことがあるんだけどよ」


 そう言いつつ、マグノリアは先ほどハルトに、ギルド支部までは連れていくが後のことは自分で考えろと言ったばかりだと思い出した。

 別にメルセデスの行き先を知っているかどうか聞くくらいはしてやってもいいのだろうが、何となくそれは良くないような気がして…と言うか癪なので、そこから先はハルトを促した。


 「あ…はい、えと、メルセデスさんって今どこにいるか知りませんか?」


 ハルトがメルセデスの名前を出した瞬間、支部内にざわめきが起こった。受付嬢も、少なからず驚いたようだ。

 これが分かっていたから、マグノリアはハルトを一人にしたくなかったのだ。


 おいあのガキ、あの凶剣とどういう関係だ?

 つーか、フォールズの奴あれと組むことにしたってのかよ。

 んなはずねーだろ、凶剣なんかと組んだら命が幾つあっても足りやしねぇ。


 そんな外野の遣り取りが背中から聞こえてくるが、ハルトは一向に気にしていない。


 「メルセデス…ラファティさん、ですか…?どうしてそれを……」

 「会わなくちゃいけないからです!」


 最高に輝く笑顔できっぱりと言うハルト。その笑顔にあてられたように、受付嬢は思わず赤面。マグノリアは、自分がそれにほだされない程度には強い精神力の持ち主であって良かったと思った。


 「ええと…その、誰がどの任務でどこへ行っているということは、部外者の方には原則公開しない決まりなんですけど…」


 そう言いつつ、受付嬢の目が泳いでいる。

 目の前の愛らしい美少年の要望を聞いてあげたい欲求とギルド職員としての責務の間で葛藤している。


 しかし誇り高いギルド職員である彼女は、苦渋の決断で後者を選んだようだ。


 「すみません、私たちにも規則がありまして……」

 「………………そうですか……」


 そのときのハルトの表情といったら。

 しゅーん、としょげかえる小犬のような姿に、受付嬢のみならずマグノリアでさえもう少しでほだされるところだった。


 「………………!!」


 受付嬢は、悶絶している。

 マグノリアは今まで生きてきて、容姿の良し悪しに重きを置くことはなかったのだが、それでもこの瞬間は「美形って得だよなーーー」とか思ったりした。

 何故ならば、


 「あの!ええと、でもそれはあくまで原則でして、例えばほら、パーティーメンバーがはぐれた仲間と合流するためだとか或いはパーティーを組むためだとか、そういう合理的な理由があればその限りではないと言いますかなんと言いますか」


 そんな、聞かれてもいない事情まで受付嬢がペラペラと話してくれたからである。


 「え、それじゃあ……」

 ハルトは、マグノリアを見上げた。

 「例えば、このマグノリアさんがメルセデスさんとパーティーを組むとか」

 「ふざけんなアタシを巻き込むんじゃない!!」


 都合のいいことを言い出したハルトを、マグノリアは慌てて遮った。


 「なんでアタシがお前のためにそこまでやんなきゃなんねーんだよ。つーか、あいつと組むなんざ絶対ゴメンだね!!」

 「え……どうしてですか?」

 「ど……どうも何もねーよ!」


 潤んだ瞳で見上げられ、またまた心がグラつくマグノリアだったが、必死に自分を抑えつけた。一時の情で動くような遊撃士は、絶対に長生きできない。

 さらに、()()メルセデス=ラファティと組んだりしても、絶対に長生きできなさそうだ、というのがここにいる(マグノリア含め)全員の一致した見解だった。


 「だったら、お前が遊撃士登録してあいつと組めばいいじゃねーか!」

 

 思わず言ってから、自分の失言に気付くマグノリア。

 遊撃士登録と言っても、そう簡単なものではない。と言うか、遊撃士という職業自体が危険と隣り合わせのもので、言われたからって気楽に遊撃士になろうとする者は普通、いない。


 …が、このハルトという世間知らず少年が普通の範疇からややズレていることは、間違いなかった。


 「そうですね、そうします!」


 何の躊躇もなくマグノリアの提案を受け入れたハルトに、先ほどとは違う意味で周囲がざわめいた。


 おいおいあのガキ本気かよ…

 死ぬ気か?まだ若いってのに可哀想に……

 知らないってのは怖いものだねぇ。


 等々。警戒と侮蔑が、いつの間にか驚愕と心配に変わっている。


 「お、おい、待て待てやっぱ待て。お前、そう簡単に決めることじゃねーぞ?」

 

 提案した張本人であるのだが流石に止めに入ったマグノリアに、ハルトは首を振る。

 「いいえ、それが一番いい方法だってボクも思います。それに、遊撃士…?になって強くなったら、彼女とずっと一緒にいられるでしょう?」

 「いやいやいやいや、でしょう?ってお前、第一等級がどんなレベルか知ってんのか!?」

 「知りませんけど、頑張ればなんとかなると思います!!」

 「…………………………」


 その時周囲に漂った空気は、あーこいつ終わったな…という諦めだった。


 「あの、お姉さん。遊撃士って、どうやったらなれるんですか?」

 「え、いえ……君、本当に遊撃士になるつもり?危ないですよ?すっごく怖い目に遭ったりするんですよ?」


 受付嬢も、ハルトを止めようとする。

 ハルトは、服装こそ旅人風だが体格は華奢だし立ち居振る舞いは隙だらけだし表情は腑抜けているし身に纏う空気はポヤポヤしているし、とてもではないが魔獣と戦ったり不審者を取り押さえたり迷宮でトラップをかいくぐったり出来るようには見えない。

 どこぞのお屋敷で優雅に紅茶をすすったり高等学院で勉学に励んだり社交界で花を咲かせたりする方が、よほど似合っている。

 そんな少年を、命を切り売りして金を稼ぐような職業に就かせることは、大人として容認しがたいことだった。

 周囲の荒くれものも、うんうんやめとけやめとけ、と無言で頷いている。


 しかしハルトは、大人たちの親心にも近い親切心に、まるで気付かない。


 「怖いのは嫌だけど、我慢します。それで、どうやったら遊撃士になれるんですか?」

 「…………えっと……」


 受付嬢は、ハルトの横に立つマグノリアに視線でお伺いを立てた。傍から見たら、マグノリアはハルトの保護者である。


 「…あー、うん、まぁ、なるだけならいいんじゃね?なれれば…だけど」


 そして保護者でもなんでもないのだが何故か許可を出す立場のようになってしまったマグノリアは、投げやり気味にそう言った。

 遊撃士としてギルドに登録するだけなら、危険はない。申請して、試験を受けて、合格したらそれで晴れて遊撃士の仲間入りである。

 勿論、試験に合格しなければ遊撃士にはなれないし、なったところでその後にどのような危険に突っ込んでいくかは本人の責任と判断の下になされることで、そこまで他人が気を揉む必要などないのだ。


 「そう…ですね。それじゃ、こちらの申請用紙に記入をお願いします。ただいまこちらの支部に試験官は常駐していないので、試験自体は来月になりますがいいですか?」

 「はい、分かりました!」


 受付嬢も、マグノリアと同じことを考えたのだろう。どのみち、遊撃士登録には一切の資格制限はない。犯罪歴があると審査は厳しくなるが、門戸や種族、家柄や思想等で申請を却下することはできないのだ。ただ、試験に合格するだけの力さえあればいい。


 ハルトは受付嬢の差し出した申請用紙に機嫌良く向かったのだが、すぐにペンを持つ手を止めてしまった。


 「………あの、住所って、書かなくちゃいけませんか…?」

 

 おずおずと問いかけたハルトに、何か訳アリなのだろうと受付嬢は察した。


 「住所は必須項目なんですけど、別に住民登録がなければならないというわけではありません。まずは登録の関係で今滞在している場所を書いていただいて、定住先が決まったら更新していただければいいですよ?」

 「…………………」


 ハルトは無言でマグノリアを見上げた。その瞳がウルウルしている。


 「お前……まさか住所不定?」

 「…………(ウルウル)」

 「あー……実家の住所は書きたくないってか。別に今泊ってる宿でもいいんだぜ?宿を変えればそのときに届け出ればいいんだし」

 「…………(ウルウル)」

 「……まぁ、なんだ。メルセデスみたいに根無し草で放浪してる連中も多いからな。そういう場合は、緊急連絡先だけ書いておけば……」

 「…………(ウルウル)」

 「…分かったよ。アタシの定宿を紹介してやるから、そこの住所書いとけ」

 「!ありがとうございます!!」


 まんまとハルトの思惑に嵌まってしまった感がなくもないが、もう面倒くさくなったマグノリアは深く考えることをやめにした。


 「言っとくけど、宿代は自分で出せよ?お前、金は十分に持ってるんだし」

 と言いつつ、多分ハルトは宿賃の適正値も知らないだろうから自分が教えてやらなければならないんだろうなーとも思ってみたり。


 マグノリアのお許しを得て、彼女の定宿だという宿屋兼食事処の住所を教えてもらい用紙に記入したハルトは、そのまま残りの項目もサラサラと書き終えて受付嬢に差し出した。


 「はい、確認いたしますね。………って、ハルトさん…ですか?姓の記入がありませんが……ああ!いえいえ苗字がない人は結構多いですからね、別に構わないんですよ!?」


 不備を指摘されたハルトが再びウルウルしそうになって、慌てて受付嬢は付け足した。

 腕っぷしだけが重要な遊撃士という職業は、他の職能組合ギルドとは違い登録要件がかなり甘いのだ。

 その代わり得られる社会的信用は、他の職業に比べるとかなり低い。実績を積み重ね等級を上げなければ、いつまでも田舎の破落戸ごろつきのままである。


 「そ、それじゃ、これで申請を受理しますね。試験は一か月後の、竜樹月の23日です。事前に登録された住所にお知らせをお送りします」

 「はい、お願いします」


 深々とお辞儀をするハルトを見ながら、周囲の全員は「あーー、こりゃ知らねーぞ」と無言で首を振った。

 しかしハルトの肩の黒猫だけは、余裕たっぷりにニヤニヤして大きな欠伸を一つするのだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「ところでハルト。お前、遊撃士に登録するんだし魔獣を倒したこともあるんだし、腕にはそこそこ覚えがあるんだろうな?」


 ハルトが持っていた魔晶石の質からして、彼の倒した魔獣がかなりの高レベルの個体だということは分かっている。それを一撃で倒したとなると、当然ハルトの腕前もかなりのものである…はずなのだが。


 どうにもマグノリアはそれが疑わしくて、確認せずにはいられなかったのだ。



 

 遊撃士組合ギルドリエルタ支部を出た二人は、マグノリアの定宿までやってきた。彼女の口利きでとりあえずは一か月間の宿泊を頼み、宿賃を支払い(宿賃は朝夕食込みで一月15万イェルクである)、暫定的ながらも住所を手に入れたハルトが次にするべきは、試験対策。

 試験内容はその時々で変わるのだが、間違いなく実戦形式であり、最低ランクの第九等級から始めるにしても一人でグリムボアくらい倒せる程度の実力がなければ、合格は難しい。

 それは則ち、その程度の実力もなければ遊撃士として生き残ることは出来ない、という意味でもある。


 だが、マグノリアの見立てでは、ハルトはグリムボアはおろかナマケウサギですら倒せそうにない。

 ということで、お節介ついでに彼の合格の見込みを判定してやろうと思ったのだったが。



 「………………」

 「おいこら、目を逸らすな」

 「みゃおーーーん」

 

 ハルトの目が泳いでいるのは、マグノリアの気のせいではない。


 「お前、本当に一人で魔獣を倒したんだよな?」

 「本当ですってば。けど、剣を持ったのってあれが初めてだったし、無我夢中だったから正直あんまりよく覚えてません」


 初めて自信なさげな態度を見せたハルトに、マグノリアの態度が軟化した。

 軟化と言っても、なんだこいつ可愛いところあるじゃねーか、程度のものだが。


 「お前の得物って、それ?」

 「あ、はい。父のものなんですけど」


 マグノリアはハルトの背嚢の上に縛り付けてある剣に目を留めた。見た感じ、よく使いこまれてはいるが何の変哲もない地味なロングソードだ。長さも、ハルトの体格で扱えないほどではない。


 「ちょっとそこで素振りしてみろ」

 「え?」

 「え?じゃねーよ。いいから早く」

 「は、はい!」


 もしかしたらハルトは見かけによらずとんでもない実力の持ち主なのかもしれない、とそのときのマグノリアは思ったのだ。 

 現に、彼女らが凶剣と呼ぶ第一等級遊撃士メルセデス=ラファティも、見た目と態度()()はハルトに負けず劣らずポヤポヤしていたりする。


 ……しかし、そんなのは非常に稀な例であるのだと、マグノリアはすぐに悟ることになった。



 「……お前さぁ……マジであの魔獣を一人で倒したのか?」

 「だから本当ですってば!なんで疑うんですか!?」

 「いや、これじゃ疑うだろうがよ普通……」


 数回素振りをさせただけで、ハルトの技術の稚拙さはすぐに露呈した。誤魔化すことも取り繕うことも出来ないくらいの稚拙っぷりである。

 例えて言うなら、生まれて初めて剣を握ったヒヨッコが見様見真似で振り回してみた……みたいな。


 そしてそれは実のところほとんどそのとおりなのだが、それと単独で高位魔獣を倒したという実績とがどうあっても結びつかない。


 「お前さ、それで本気で試験に受かるとでも思ってんのかよ?」

 「え、無理なんですか!?」


 そこで驚愕の事実を聞いたかのように驚くハルトが心底不思議なマグノリア。どうしてこれで自分が遊撃士試験に合格できると思えるのかが、謎である。


 「遊撃士は子供のお遊戯じゃねーんだぞ?そんなへっぴり腰でどうするよ?今まで誰に教わってたんだ?」

 「だから、剣を持ったのもこないだが初めてだって言ったじゃないですか。誰も教えてなんかくれなかったんです」

 「……………マジかよ」


 このマグノリアの「マジかよ」には、そんなんでよく魔獣を倒せたな、という意味と、そんなんでよく遊撃士になろうと思ったな、という意味を併せ持っている。



 「なるほどな。手本もないから滅茶苦茶なわけか。いいか、ちょっと見てろ」

 そう言うとマグノリアは腰から自分の剣を抜き放つと、流れるような動きで数回、虚空を切り裂いた。

 水のように滑らかで、雷のように鋭いその剣筋に、ハルトは見惚れる。


 「スゴイ!カッコいい!凄いですマグノリアさん!!」

 「ま、まーな。剣ってのはこういうもんだ」


 素直かつ熱烈な称賛を受けてまんざらでもないマグノリアは、調子に乗ってもう少しだけお節介を焼くことにしてしまった。


 「まぁ、アタシの剣も教科書どおりとは程遠いが、それでも何も見本がないよりゃマシだろ。何回かやってみせるから、見て盗んでみろ」

 「は、はい!お願いします師匠!!」

 「し、師匠って……大げさな奴だな、おい」


 マグノリアが数回手本を見せ、ハルトがそれを真似する。

 僅かな繰り返しでしかないのに関わらず、それだけでハルトの型は見違えるほど改善された。それはハルトの才能…というよりは、今までがあまりに酷すぎただけである。


 「おお、いいじゃねーか、その調子だ!」

 「ほんとですか?これで彼女に近付けますか師匠!?」

 「おうよ、アタシに任せとけばお前もすぐに上位遊撃士の仲間入りだ!」

 「ボク頑張ります師匠!!」


 裏庭は今や、第二等級遊撃士マグノリア=フォールズの熱血剣術道場へと化していた。


 ベンチの上に寝そべる黒猫は、頬の端を少し緩ませて剣を振るうマグノリアを「こいつちょろいな」とでも言いたげな表情で眺めていた。



 



 

 

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― 新着の感想 ―
[一言]  ……ギーさん、あんたやっぱり育て方間違えてるよぉ。それまでのやり方に、どんな意味があろうとも……。  ということでレオさん、エルニャストの事は放っておいて、ハルトの首根っこを掴んでも連れ…
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