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第七十九話 師の懸念




 アデリーンの放った魔導は、【流星炎ミーティアフレイム】。炎熱系中位術式で、殺傷力は然程高くはない。どちらかというと牽制や足止めに多く使われている術だ。


 紅蓮の炎球が刺客たちの頭上高くに出現し、直後破裂する。

 砕けた炎の欠片が、まるで極小の隕石メテオのように降り注ぎ、地面に突き刺さった。


 相手がテンプレ山賊かませいぬとかだったら、これだけでかなり戦力と戦意を削ることが出来ただろう。

 しかし相手はやはり、プロだった。

 躊躇は見せたが恐怖はなく、降り注ぐ炎を身軽に躱す。躱しながらも、こちらへ向ける殺意には揺らぎがない。


 やはり、プロの暗殺者である。



 人間と魔獣では、肉体の頑強さも魔力の強さも違う。一般的に対人戦より対魔獣戦の方が危険だと思われがちだが、しかし人間には魔獣にない厄介さがある。

 それこそ破落戸やならず者レベルであればまだしも、訓練された戦士や刺客は下手な魔獣よりもよっぽど手強い。

 さらに、遊撃士は対人戦のエキスパートではない。戦術も装備も魔獣を想定しているため、かたや対人戦の(しかも殺しの)プロである刺客は非常に警戒すべき相手だ。



 …以上のことから、マグノリアはハルトに無茶をさせるつもりはなかった。

 彼もやる気だけは一丁前のようだったが、対人戦の駆け引きなんて知らないだろう。ここは自分がお手本を見せるつもりで、アデリーンの術に足を止めた刺客たちの中へ飛び込んでいったのだが。



 刺客の一人と切り結び、剣戟の真っ最中に背後から斬りかかってきた他の刺客の刃を手甲で弾き、それをマグノリアの隙だと勘違いした最初の一人の隙をついてその胴を深く薙いだ。

 

 倒れゆく刺客の体から噴き出る血しぶきの向こう側に、マグノリアと同じように突っ込んできたハルトの姿が見えた。



 「…って、阿呆!お前は下がって……」


 ハルトが相手にしたことのある人間なんて、トーミオ村の長老連中(素人老人)くらいだろう。あんな老いぼれと人殺しを生業とする刺客は一緒にならない。それに一度に多数を相手にする戦いは、ハルトにはまだ早すぎる。


 そう思ったマグノリアは、ハルトの近くの刺客を牽制して彼を下がらせようとした。

 しかし、彼女が動くよりも早く、ハルトの剣が刺客の体を袈裟懸けに斬り裂いていた。



 「……え?」


 一瞬、ほんの一瞬だけ呆けてしまったマグノリア。だが迫りくる刺客たちに、今はボーっとしてる場合じゃない、と無理矢理意識を引き戻す。

 

 群がる刺客を捌きながら、再びハルトへ視線を向けた。



 ハルトは、敵の攻撃のほとんどを受け止めずに躱していた。

 これは彼の性格からくる癖のようなもので、要するにどこかしらビビりな部分が抜けきらないので攻撃を受けるのが怖い、だから逃げてしまう…という流れのようだが、基本、受けるより躱す、が彼のスタイルだ。


 今まで彼の指導がてらその仕事ぶりを観察していて分かったことだが、反射神経が半端ない。動体視力だけでなく、普段は鈍感なくせに殺気にだけは敏感なのか、見えない場所からの攻撃も確実に把握している。

 攻撃を躱し、その瞬間には相手を斬っている。その剣筋は、マグノリアでさえ追うことが出来なかった。



 ――――あれ、ハルトっていつの間にこんなに強くなったんだ?


 改めて、マグノリアはハルトの成長速度に恐怖めいた疑問を抱いた。



 戦いを、経験を重ねれば成長するのは当然のことである。それが未熟な若者であればなおさら。

 しかし、それにも限度というものがあるだろう。


 今のハルトはまるで、一人斬るごとに一歩高みに上っているような……

 その戦いぶりを見るだけだと、彼も第二等級遊撃士だと言われても誰も疑問に思わないかもしれない。



 くどいようだが、刺客連中は人殺しのプロ、暗殺者の集団。当然、攻撃手段は物理近接に限らない。

 後方にいる一人が、吹き矢を手にしているのが見えた。間違いなく毒仕込みだろう。マグノリアとハルトでは、攻撃が届かない。

 しかし、突如起こった旋風が刺客の手から吹き矢を奪い去った。


 クウちゃんの仕業である。

 いつの間にか馬車から降りて、風で援護したのだ。


 

 「クウちゃん、ありがとう!」

 「えへへー、くうちゃん、えらい?えらい?」


 ハルトからお褒めの言葉を貰って嬉しそうに身をよじる姿は、どこからどう見ても無邪気な幼女なのだが。



 前衛はマグノリアとハルト。後方からはアデリーンが魔導で、クウちゃんが風で二人を援護する。

 このままでは任務が達成出来ないと悟った刺客の幾人かがこっそりと、シャロンの馬車の方へ回り込む。

 だがそれらは、馬車の前で陣取っていたセドリック公子の双剣によって阻まれた。


 「クソ、クソ死ね!」


 多分、何か格好いい台詞を言っているのだろう。キメ顔の公子なのだが、出てくる言葉が「クソ死ね」なので三下の負け惜しみにしか聞こえないのは哀れだ。



 「へー、あのお坊ちゃんもやるねぇ」

 「ボルテス子爵に負けたことがないって言ってたのも嘘じゃないみたいね」


 すっかり刺客を片付けて戦闘モードを解除したマグノリアとアデリーンが、予想外の公子の健闘に感心した。

 


 「師匠、ボクは?ボクも頑張りましたよ!!」

 「ん?あー、うん、お前もよくやった…んじゃないか……?」


 尻尾を振って褒められるのを待つ仔犬の如きハルトに、マグノリアは素直な称賛を送れなかった。

 いやいや、決して彼の活躍を軽視しているわけではない。間違いなく、今回の戦闘で撃墜王はハルトだ。

 師としてハルトの成長は誇らしくもあり頼もしくもあり。だから心の半分では、目一杯褒めてやりたいという気持ちが占めていた。


 しかしもう半分は、何か得体の知れない不安……恐怖のようなもどかしさのようなよく分からない感情が、彼女に警鐘を鳴らしているような気がした。



 「……師匠?」


 マグノリアの不安を見透かしたように、ハルトもまた不安そうに彼女を見上げた。

 その純粋で真っ直ぐな目を見た瞬間に、マグノリアは自分を叱咤する。



 自分は何をグダグダ考えているのだろう。これは、ハルトが自分の努力の結果手に入れた強さだ。少しばかり成長が速すぎるからと言って、ハルトがハルトであることに変わりはない。

 この世間知らずだが底抜けに純粋で優しい少年に、何を不安に思う必要があるというのか。


 

 「ん、いや、何でもない。うん、お前はよくやった。強くなったなぁ」


 ハルトの頭をクシャクシャと、やや乱暴に撫でまわして労う。ついでに自分の中の不安もクシャクシャに丸めてそこいらにポイ、である。


 「ほんとですか?えへへー、師匠のおかげです!」


 照れながらも嬉しさを隠そうともしない可愛い弟子に、やっぱり自分の懸念は取り越し苦労に違いない、と思うマグノリア。

 思う…というか、自分に言い聞かせるマグノリア。



 「あ……あのー、師匠……?」

 「いやー、強くなった強くなった!師匠として鼻が高いよ、アタシは」


 何かを吹っ切ろうと、マグノリアはハルトの頭をずーっとクシャクシャしている。ハルトもやや戸惑っているが、大人しく身を任せている。


 そんな二人を見るアデリーンとセドリックは、やれやれ親バカだなぁ…と半ば呆れ顔だったのだが(クウちゃんはハルトをマグノリアにとられてむくれている)、戦闘に全く参加しようとしなかったルガイアとその肩の上のネコの眼差しは、他の面々とは明らかに異なっていた。



セドリック公子、本当はもっとカッコいい見せ場を作ってあげたいんです。

けど、「クソ死ね」しか言えないもんだから、カッコいい台詞を吐けないもんだから、文章だけじゃ限界がありまして。

いちいちハルトに通訳させるのもめんどくさいし、もうこんなめんどい呪いを誰が考えたんだよまったく。

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― 新着の感想 ―
[一言]  何かさらっと書かれてますけど、ここへきていきなりハルトが覚醒した感じですかね。←でもないかな……。  まぁ、それ以前からマグノリアから剣の手ほどきは受けていたから、その成果でもあるのでしょ…
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