第七十六話 たまに労働力の価値を勘違いしてる輩っているよね。
「何よお子様連れじゃない。私は上位遊撃士を指定したのだけど、本当に貴女たちで大丈夫なのかしら?」
開口一番、シャロンお嬢様はツンケンしながらそう仰った。
依頼を受けてすぐ、マグノリアたちは依頼主と会った。とにかく早く北へ向かいたい彼女らはすぐにでも出発したかったのだが。
シャロン=フューバーは、そんな一行の顔ぶれをいたくお気に召さなかったようだ。
「ええと…確かに子供ですけど(ってお前も子供じゃないか)、これで腕はなかなかですよ。ご心配なさらず」
不躾なお嬢様…年齢はアデリーンと同じくらいか…ではあるが、この依頼がなければ次にいつ北に向かえるか分からないので、マグノリアは殊勝な態度を取っている。
内心では、お前の提示した条件と金額じゃせいぜい下位遊撃士か訳アリくらいしか雇えねーんだよクソガキが…とか考えているのだが、それを見事な営業スマイルの後ろに完全に隠している。
まぁ……シャロンお嬢様の言いたいことも分からなくはない、のだ。
ハルトは、子供とはいっても十四なのだが、そしていい加減実戦も経験してきて本来ならもう少し落ち着きというか等級に応じた貫禄というか雰囲気というかそんなものを纏っていてもおかしくないはずなのだが相変わらず世間知らずボンボンオーラを惜しみなく放ちまくっているし、クウちゃんはどこからどう見ても世間を知らない純粋無垢な幼女だ。着せられた見習い聖職者用の法衣(これはルガイアとの身分詐称のためである)が余計に純真さを主張している。
そんなお子様を連れた遊撃士パーティーをすぐに信用出来ないのも、無理からぬ話か。
とは言え、誰にも見向きされなかった依頼を受けてやろうというのだから、もう少しくらい恩に感じてくれればいいものを。
マグノリアの言葉を聞いても、シャロンは疑いの眼差しでハルトとクウちゃんを睨み付けていた。
「そうは言うけれども、足手まといがいるようじゃ困るのよ。カナン峡谷を抜ける予定なんだから」
「……カナン峡谷?」
ティザーレの地理に疎いマグノリアは、そこがどんな場所か知らない。峡谷と言うのだから谷あいなのだろうが……
……って、峡谷?街道じゃなくて?
「あの、フューバーさん…」
「シャロンでいいわよ」
「あ…それじゃ、シャロン。アンテスルに向かうなら、北に延びる街道を使うんじゃないんですか?」
地理に疎いとは言っても、必要最低限の知識は頭に入れてある。イトゥルからアンテスルまでは、一本道ではないが街道が繋がっているのでそれを使うのが一般的だ。途中でいくつか危険地帯もあるが、それでも街道を外れるとその危険は飛躍的に上がる。
街道を通るのが、一番確実で安全な手段…というか普通はそれ以外の方法を取ることなんてありえない。
「か……街道は、ダメなのよ」
「どういうことですか?ただでさえ危険な道中なのに、街道から外れればもっと……」
「う、うるさいわね!依頼主の私が言ってるんだから、貴女たちは従えばいいのよ!!そのために上位遊撃士を雇ったんだから、文句は言わせないわ!」
「…………………」
いやいや、言わせてほしい。つか、言いたい。文句、ありったけ言いたい。
依頼主ならどんな無茶難題を言っても構わないとか、雇われてるからって遊撃士がどんな命令にも従うとか、思わないでほしい。五万なんて端金で第二等級(とその他諸々)を雇えたのがどれだけ幸運なことか、分かっていないのか。
……分かっていないに違いない。貴族のお嬢様だ、モノの相場など知らないのだろう。
普通なら、この場で契約を破棄されても仕方ない。
いくら金を貰って依頼主の願望を叶えるのが遊撃士の仕事とは言っても、求められるのは結果のみだ。それを達成するための手段は、プロである遊撃士側に一任されている。
仮に手段も限定したいというのであれば、依頼内容に条件としてそれを明示しなくてはならない。
今回のシャロンの依頼であれば、依頼の主目的がアンテスルまでの護衛、護衛なので襲ってくる魔獣の排除は当然その中に含まれる、そして条件として上位遊撃士であること。期間は五日。ここまではいいのだが、街道を使えない…或いは使わないのであれば、補記としてそれも追加しておかないとならない。
契約内容に明記されていない事項に関しては、遊撃士の判断で行われる。それを拒むのであれば、遊撃士側は契約を破棄する権利がある。依頼主の我儘は、本人だけでなく遊撃士までも危険に晒すことになるからだ。
そう、例えば、比較的安全な(それでも比較的、なのだが)街道を使わずに、敢えて危険だらけの峡谷を抜けようとする場合、とか。
おそらく引き受け手がいなかったのはこのあたりも原因だったのかもしれない。
報酬の低さには目を瞑り同情心や貴族とのコネを求めて依頼を引き受けた後で、峡谷を抜けるなんて言い出されれば、そりゃあ普通はその場でやっぱゴメンナサイ、だろう。
マグノリアだって、アンテスルまで行くという目的のためでなければ速攻お断りだ。
しかし悲しいかな、彼女らにとってシャロン=フューバーの依頼は最終目的には欠かせないもの。彼女がそれを知らない以上は足元を見られているわけではないのだが、そんな気分で渋々了承せざるを得ない。
「まぁ……どうしてもと言うなら従いますけど、一応理由を聞いていいですか?」
「………………………」
「あ、はい、言いたくないならいいです」
明らかに気まずそうなシャロンの顔を見て、ああもう絶対訳アリだな、と溜息をつくマグノリア。もしかしたら、この依頼を蹴って他の手を探した方が結果的に早いかもしれない。
しかし、他に良い手がなければ、そして他に運よく北に向かえる依頼がなければ、詰みである。
一度依頼を受けはしたが、条件提示に不備があったということで契約解除にしてもらおうかな、どうしよっかな……と逡巡しているうちに、
「あの、何か悩み事でもあるんですか?」
沈んだ表情のシャロンに、ハルトが声をかけた。心配そうに、目を覗き込んで。
これ、本人はいまいち自覚に乏しいようなのだが、ハルトはかなり人目を惹く容姿をしている。要するに、美少年なのだ。身内の贔屓目を差し引いても、文句なしに見目麗しい。
海のものとも空のものともどこか違う蒼い瞳に覗き込まれると、心の底まで見透かされたような気分になってしまう。しかもそれが決して嫌な感じではない。
いい加減慣れたマグノリアでさえ、間近で見詰められるとドキドキしてしまうのだから、不慣れでかつお年頃の少女であれば、心動かされずには済まされまい。
案の定、シャロンお嬢様の顔がみるみるうちに茹でタコのように真っ赤になっていった。
それでも感心なのは、まだ意地を張り続けようという姿勢が見えたこと。
シャロンお嬢様は真っ赤になりながらもプイっと顔を背けて、なんとか依頼主の、そして貴族令嬢としての威厳を保とうとしていた。
「べ、別にそういうわけじゃないわよ!貴方には関係ないから、黙ってなさい」
「そうですか……ムリ、しないでくださいね?」
「わわわ分かってるわよ放っておきなさい!」
口調はつっけんどんだが、明らかに最初の敵意は薄れている。
これを意識せずにやっているのだとしたら、ハルトの将来がちょっと心配だ。
「なぁ、ハルト。ちょっとこっち来い」
シャロンの赤面の理由が分からずにキョトンとしているハルトを引き摺って、マグノリアは物陰へ。
「お前、この依頼受ける気か?」
「え、受ける気かって……だって、この依頼受けてきたの師匠じゃないですか」
「いや、そうだけど……」
マグノリアはまだ、揺れている。これ以上の厄介ごとは抱え込みたくない。訳アリ貴族なんて、絶対に面倒に決まっている。
他に北へ行く手段さえあれば、こんな依頼はきっぱりと拒絶…なのだが。
「けど、シャロンさん困ってる感じですよ?貴族なのに執事っぽい人が一人しかついてないし、一人でアンテスルまで行くって相当ですよね?」
ハルト、いつもはアレなのに、時たまに鋭い。
「…なぁ、ハルト。確かにそうかもしれないしお前の困ってる人を放っておけないところは長所だとも思うが、今アタシたちがやらなきゃならないのは何なのか、分かってるよな?」
「もちろんですよ!魔女さんを助けるんでしょ?で、セドリックさんの呪いを解いてもらうのでしょ?」
どうやら、目的を忘れているわけではないようだ。
「そう、アタシたちの本当の目的はそれだ。しかも、下手するとティザーレ王国と一悶着あるかもしれない。そんなところに、他の厄介ごとを抱え込む余裕なんてないんだ。分かるよな?」
「厄介ごとって言っても、アンテスルまで護衛するだけですよね?どうせ北に行かなくちゃならないなら、同じことじゃないですか」
どうやら、そこまでは分かっていないようだ。
「同じじゃないんだよ、全っ然違うんだよ。厄介ごとが一つなのと二つなのとは、全っ然違うんだよ」
1足す1は2、という単純な話ではないのだ。貴族の抱える厄介ごとなんて、どうせ面倒なものに決まってる。
「けど、そしたらシャロンさんはどうするんですか?せっかく護衛を見付けたと思ったのにボクたちが断っちゃったら、またフリダシじゃないですか」
「それは向こうの都合だろ。アタシらは、一番に自分たちの都合を考えなくちゃならない。街道を使わずに峡谷を抜けろとか無茶言われるだけでも問題アリなのに、絶対何か訳アリだって分かってるんだから、最初から危険を排除するのは当然のことだろ」
「……………………」
「なんだよその顔は」
マグノリアの厳しい台詞にしかし反論することが出来ずにむくれるハルト。恨めし気に上目遣いでじとーっと睨んでくるのも…本人に言ったら余計にむくれるかもしれないが…なかなかに可愛いと思ってしまうあたり、マグノリアもだいぶ重症である。
「と…とにかくだ。どうしても街道が嫌だってんならこっちも考えなくちゃならない。もう少し話をしてみて……」
言いながら、シャロンのところへ戻ったマグノリアとハルト。
「はるとー、これ、フカフカ!」
貴族らしい豪華な馬車の座席に陣取って、クウちゃんが上機嫌でクッションをタシタシ叩いていた。
「ちょ……クウちゃん、何勝手に乗ってるんだ!」
「別にいいわよ。子供を使用人用の安馬車に乗せるほど狭量じゃないわ」
既にシャロンの馬車で一緒に行くつもりになっているクウちゃんに焦るマグノリアだが、シャロン嬢は彼女の懸念を別の意味に取り違えている。
「いや、そうじゃなくて………おいハルト、なんとかしろ」
「え、あ、はい。クウちゃん、そっちはダメだよ」
「ここフカフカー。はるともこっちくる!」
「ええー……」
どうやらクウちゃんは、フカフカの座席とクッションが気に入ってしまったようだ。ハルトの命令に従わないあたり、相当に。
しかも、いつの間にかネコまでクウちゃんの向かい側のクッションに我が物顔で丸まってたりする。
「ちょっと、ネコまで…………どうしましょう、師匠?」
「どうするって………」
「ほら、何してるのよ。私は急いでいるの。さっさと出発したいんだから、貴女たちも早く乗り込みなさい。こっちはまだ二人乗れるから、残りは悪いけど後ろの馬車ね」
見ると、シャロン嬢の馬車の後ろには使用人用のものと思われるやや粗末な馬車が。
「え、あ、いや、アタシらは………」
「ちょっとマギー何してんのよ。私たちだってあんまり時間ないんだから」
「ってアデル?何シレっと乗っちゃってんの!?」
いつの間にかアデリーンが、後ろの馬車の方に乗っている。その隣には、多分アデリーンに引き摺り込まれたのだろう困惑顔のセドリックが。
「まったく……なぁルガイア、お前はどう…………」
お前はどう思う?と冷静な判断力を持っていそうなルガイアに聞きたかったのだが、気付けばその姿が見えな…………
…ちゃっかりハルトを連れて、シャロン嬢の馬車に陣取っていた。
「……おいちょっと待てお前ら…………」
「フォールズ殿、お早くお乗りください」
「うわぉう!?」
気配もなくいきなりヌッと背後に現れてそう告げたシャロンの執事に、マグノリアは飛び上がった。白髪頭で、それなりに高齢に達しているであろうと思われる男性だが、第二等級遊撃士の背後を取るとは只者ではない。
「え、あ、いやだからアタシらは……」
「ちょっとマギー、何モタモタしてんのよ、早くして!」
マグノリアが困惑しているうちに、彼女を除く全員は馬車に乗り込んでいた。パーティーメンバーだけでなく、シャロンの従者たちも、御者席に収まっている。
このままモタモタしていたら、彼女一人だけが置いてかれそうな予感。
「師匠……諦めましょう?」
ハルトはきっとマグノリアを気遣ってくれているはずだが、それが勝利宣言のように聞こえてしまったのは何故だろうか。




