第七十四話 治安維持って字面はいいはずなのに剣呑な響きだよね。
まったく、レオニールの奴余計な手間をかけさせやがって。ふざけるなよこの野郎、テメーみたいな✕✕✕は✕✕✕だから✕✕✕なんだよクソったれ。
マグノリアは、ここにはいないストーカー男に心の中で思いっきり悪態をついた。一応は(何故か)ハルトには彼の尾行を未だに内密にしているということもあるのでそんな義理もないのだが口に出すのは勘弁してやっている。がそれを差し置いても、こんなお下品な言葉をボンボンなハルトとお子様なクウちゃんに聞かせるのは憚られる。
デイル氏のおかげで、なんとか地方都市イトゥルまでは辿り着くことが出来た。が、問題はここから先である。
今、一行はデイルと別れてイトゥルでも一番の目抜き通りにいる。余所者である彼女らは、出来るだけ人の多い場所の方が耳目を集めずに済むからだ。
いや、勿論レオニールの馬鹿とは違って、法を犯しているわけではない。後ろ暗いところがあるわけではない。
しかしこれから先、もしかしたらティザーレ王国軍と一悶着あるかもしれない可能性を考えると…“黄昏の魔女”の拉致に王国が絡んでいる可能性を考えると、出来る限り変に注目を浴びたくない気持ちは大きい。
その点、地方とは言えそれなりに交通量の多いイトゥルや首都であるサモルデならば、外国来の旅人や商人も多い。流しの遊撃士も少なくない。ので、軍に目を付けられることなく行動することが出来るはず……だったのに。
「……随分と物々しいわね」
「軍人さん、あちこちに立ってますよ」
アデリーンとハルトの言うとおり、イトゥルの街角にはあちらこちらに王国軍兵士の姿が見られる。ただブラブラしているというわけではなく、明らかに警戒態勢の。
「クソ、クソ死ね?」
「やっぱりあの村人が言ってた国境破りのせいか?…だ、そうです」
因みに、セドリック公子はその語彙のせいでめちゃくちゃ喋るのに気を使っている。出来る限り小声で、誰かに聞かれないように人が近くにいるときには口をつぐんでいる。
まぁ、聞かれたとしても「まぁ乱暴な言葉遣いの若者なのね」と呆れられるか眉を顰められる程度だとは思うが、やはり王族としてはそういうのも我慢ならないのだろう。
あと、通訳をしてくれるハルトが心強いのかめっちゃくっついている。くっつき過ぎて、クウちゃんからめっちゃ睨まれてる。
「あー、まぁ……そうなんだろうな(クッソあのレオニールの馬鹿タレが)」
マグノリアは、怪しまれない程度に兵士たちの様子を観察する。
いくらこの地方の主要都市とは言え、普段からこんなに厳重な警備体制が敷かれているとは思えない。数だけでなく、兵士たちの間にはピリピリした空気が流れている。国境破りの不届き者を、なんとしてでもひっ捕らえてやる…と意気込んでいたりするのだろう。
これでは、迂闊に動くことが出来ない。下手に動くと、目を付けられてしまう。今の彼女らは善良?な遊撃士と巡礼中の聖職者兄妹の一行とは言え、余所者である以上は国境破りの馬鹿タレと何らかの関係を持っていると勘ぐられてしまう恐れだって無きにしも非ず。
ルガイアとネコだけは、何故か呑気なものだ。特にルガイアは無表情なため何を考えているのかさっぱりだが、本当にハルトの護衛以外のことを考えるつもりはないらしい。
「なぁ、クウちゃん。ベルンシュタインは今、どっちの方向を見てる?」
マグノリアはクウちゃんに訊ねたのだが、ハルト以外の言うことを聞きたくなさそうなクウちゃんはそれに答えない。
苛ついたマグノリアの苛ついた視線に気付いたハルトが促してようやく、渋々といった感じに返事をした。
「……あっち」
ただし、言葉は少ない。ただそれだけ言うと、北の方角を指差した。
「北……か」
「それじゃ、サモルデとは方向が違うんじゃない?」
アデリーンに言われ、マグノリアも頭の中の地図で位置関係を再確認する。
現在彼女らがいるイトゥルは、ティザーレ王国の中央やや南より。首都であるサモルデは、ここからだと西の方角にあたる。
「まぁ、サモルデにアテがあったわけじゃないしな。今は手掛かりといえばベルンシュタインくらいだから、とりあえず北に向かうか」
ベルンシュタインが羅針盤の役目を果たしてくれるので大助かりである。そうでなければ、何処にいるかも分からない魔女を王国中を駆けずり回って探す羽目になっていた。
とは言え問題は、目的地がはっきりしていないというだけではなく。
イトゥルから先に進もうとした一行は、出入都審査所で足止めを食らってしまった。
なんでも、現在は都市間移動が制限されているらしく、特に自国民以外の場合は申請してから許可が下りるまで、一週間程度かかるそうだ。
しかも、一週間というのは現在既に申請済みのケースの場合で、移動希望者が増えればその期間はさらに伸びる可能性がある、とのこと。
係員にそう告げられたマグノリアは、無意味だと分かっていながらも思わず愚痴らずにはいられなかった。
「え……この国って、いつもこうなんですか?それじゃ、流通だって滞ってしまうんじゃ……」
「確かに我が国は風紀の緩い他国と比べると国内移動が厳しいかもしれませんが、それも国内の治安と秩序を守るためです」
自国をディスられてムッとした様子の係員は、若干キツイ口調でそう言い放った。
言ってから、旅行者に対し少し態度が厳しかったと思い直したのか、やや口調を和らげて、
「……まぁ、ここ数日は特別ですよ。凶悪な犯罪者が不法入国したとの連絡がありまして、特に警備体制が厳しくなっています。凶悪犯が捕まれば、また普段どおりに戻るでしょう」
……と、付け足した。なお普段どおりとは、観光目的の通行証なら即日、商売目的ならば二日で発行される程度である。
要するに、それもこれもやっぱりあの馬鹿ストーカーのせいである。
「あ、師匠。どうでしたか?」
出入都審査所から出て来たマグノリアの冴えない表情を見て、外で待っていたアデリーンとセドリックは大体の状況を予想したのだが、ハルトは流石にそこまで他人様の顔色を窺うスキルに長けていないので無邪気に問いかけた。
「駄目だな、審査が厳しすぎて、許可が下りるのに最低でも一週間だとよ。でもって、それで必ずしも許可が下りるとは限らないってさ」
「そんな悠長にやってる時間なんてあるの?」
「それをアタシに聞くなよ。……ないと思うけどさ」
何故か判断をマグノリアに丸投げなアデリーンだが、本来は自分が指名を受けた仕事だということを覚えているのだろうか。
少しばかり他人事な相棒が気になりつつ、それを指摘しても多分無駄だと分かっているのでマグノリアは何も言わない。
「死ね死ね、クソ?」
「でも、他に方法はないんだろ?…だ、そうです」
セドリック公子の言うとおりだ。管理体制の厳しいティザーレ王国では、通行証無しの移動は酷く難しい。どこかの馬鹿のせいで余計に移動制限がかけられてしまった現状、その馬鹿を真似して強行突破なんてしようものなら、事態はますます悪化すること間違いなし。
「そうなんだよなー……そう何度も都合よく魔獣の襲撃があるわけじゃないし……」
不謹慎な発言のマグノリア。が、確かにイトゥルまで来たときのように、通行証を持っている国民に同行するのが一番手っ取り早くて安全だったりする。
許可証は基本的に一人ずつに求められるが、ティザーレ国民の商売の手伝いとかそういった名目があればその限りではない(通行審査は厳しいが)。
しかし、ここは国境沿いの辺境とは違い、治安はバッチリである。仮に魔獣の襲撃があったとしても、駐留する兵士たちがすぐに鎮圧してしまうことだろう。
「恩着せ作戦は使えないってわけね」
「ちょ、アデル……人聞きの悪い言い方するなよ(事実だけど)」
「仕方ないから、許可が下りるまで待つ?」
「うーん………時間がもったいないんだけどなー……それしかないなら、仕方ない……かな」
腕組みをして考え込むが、答えの出ないアデリーンとマグノリア。
相変わらず、ルガイアとネコは他人事みたいにシレっとしてるしクウちゃんは無関心だしハルトは何も考えずにほけーとしているのだが、
「死ね………死ね死ねクソ?死ねや死ねクソ死ね死ねや」
「なぁ…お前ら遊撃士なんだろ?だったら、都市間移動が出来るような依頼を探してみるとか……だ、そうです」
セドリック公子の言葉をハルトが通訳した途端、マグノリアとアデリーンはハッとして顔を見合わせた。
「言われてみれば………」
「確かに、その手があったじゃない…!」
何故今までそれに気が付かなかったのだろう。彼女らの本分は遊撃士で、遊撃士ギルドは全世界に広がっている。このティザーレも言わずもがな。
そしてギルドに所属する遊撃士である以上、どの国で活動をしても自由。その活動に必要な諸々の許可は、ギルドないしは依頼主が融通してくれるものだ。
現在彼女らはサイーア公王からの依頼を遂行中であり、依頼の掛け持ちというのはあまり推奨されたことではないのだが、そんなの言わなければ分からない。
ギルドを通した依頼であればティザーレのイトゥル支部でそれがバレてしまうが、今回のはギルドを通さず公王から直接請け負ったものだから、その心配もない。
「死ねクソ死ね死ねゴミクソ、死ね死ね?」
「この状況で他の仕事を抱え込むのは良くないかもしれないけど、一つの案だからな?…だ、そうです」
案外、慎重な公子である。と言うか、もしかして一行の中では一番の常識人かもしれない……語彙は非常識極まりないが。
「ああ、確かめる価値はあるな。それほど難易度が高くなくて、都市間移動が可能な依頼があれば………よし!遊撃士ギルドに行くぞ!」
思い立ったが吉日。どのみちここで一週間以上足止めを食らうならば、他の手も考えるのもアリだ。
早速一行は、遊撃士組合イトゥル支部へと向かった。




