第七十三話 レオニール=アルバの災難
「き…貴様、こんなことをしてタダで済むと……」
恨めしそうに呻いてから最後まで言い切ることが出来ずに力尽きた兵士を見下ろして、レオニール=アルバは軽く舌打ちをした。
その表情には、苛立ちと侮蔑。
よせばいいのに廉族共が、彼の身柄を拘束しようと躍起になっているのだ。
何故連中がこうもムキになっているのかは分からないが、さっさと通してくれれば要らぬ怪我をすることもないだろうに。
脆弱なくせにその自覚がない愚かな連中だ、全く。
いい加減、数だけは多い追手をいちいち相手するのが面倒になったレオニールは、一人残らず排除してしまおうという当初の計画を変更し、とっととズラかることにした。なにしろ、ハルトたちからはだいぶ後れを取ってしまっているのだ。
そもそも、身分証だかなんだか知らないがそんなどうでもいいものに拘るのが悪い。
それが、レオニールの言い分である。
ハルトたちを追って小国レプトルスからティザーレに入国しようとしたところで、彼は国境警備兵に質問された。
「身分証を拝見します」……と。
彼は、そんなもの持っていない。今まで訪れた都市…タレイラやエプトマ…やレプトルスでも、身分証がなければないで書類手続きと保証金で通行を許可されていた。
だから当然、今回も素直に持っていない旨を告げたのだ。
そうしたら、
「身分証明書がなければ、入国は許可できません」……ときた。
それは困るいいからさっさとここを通せ、いえそういうわけにもいきません、何故だどういう理由で私の進路を妨害しようとする、規定で身分証がなければ入国許可は出せないのです、ええい訳の分からないことを、訳の分からないのはそっちでしょう、と入国管理官との遣り取りが続き、しびれを切らしたレオニールは制止しようとする管理官を押し切って門をくぐろうとした。
当然…レオニールはそれを当然とは思っていないが…入国管理官は、それを阻止しようとする。
許可なく入国する者は、すなわち不法入国者である。国境警備を任されている彼らが、武力でもってそれを取り押さえるのは通常業務の範囲内だ。
…が、彼らにとって不運なことにレオニール=アルバは彼らが普段相手にしている普通の不法入国者とは、一味も二味も違っていた。
最初にレオニールを制止しようとしていた管理官とは別の兵士たちが騒ぎを聞きつけて、その場にやってきた。武力を誇示するかのように、槍やら剣やらをひけらかして。
それを見たレオニールが、恐れをなして大人しくなるはずもない。どちらかというと威嚇に近い国境警備兵たちの行動を、有無を言わせぬ実力行使と判断した。
相手が自分を排除しようと武力を行使するならば、自分のやることは決まっている…とばかりにレオニールが宣戦布告も何もなしにいきなりぶっ放したのは、爆裂系上位術式だった。
それでも、特位だの超位だのを選ばなかっただけでもマシだったのかもしれない。が、それはあくまで比較の問題であって、魔界でもトップクラスに近い高位魔族の魔力で上位術式なんてのを発動させれば、そしてよりにもよって爆裂系であれば、大惨事である。出入国管理局が半壊で済んだのは寧ろ幸運なくらいである。
そうして物分かりの悪い連中を黙らせてティザーレへと入国したレオニールだったが、兵士たちはそれで諦めたりはしなかった。と言うかますますムキになって、彼を捕らえようと次から次へと現れる。
自分の目的(ハルトのストー……尾行と護衛)を妨げようとする理不尽な連中に対し、彼が情けをかける理由などどこにもなかった。
そんなこんなで現在に至る、のだが。
「……解せんな。何故、身分証がないくらいでそこまで必死になる…?」
魔王の名の下に統一され国境という概念のない魔界で生まれ育ったレオニールには、国境破りが重罪であることが分からない。彼は自分が、謂れのないことで難癖を付けられて理不尽な目に遭っている、と思っている。
彼の背後に、新手が姿を見せた。まだ距離はあるが、見晴らしのいいこの場所で視認された以上、逃げ続けることは難しい。
「……止むを得ん。あやつらだけでも駆逐していくか」
なんで自分ばっかりこんな目に遭うのだろう。そんなやるせない思いを抱えつつ、次に彼が選んだのは炎熱系の特位術式だったりした。
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イトゥルまでの道中で、もう三つの検問があった。
「相当騒ぎになってるみたいですねぇ、国境破りの件」
それでもどこか他人事(だって他人事だし)で言うデイルだが、そしてハルトもアデリーンもセドリックも勿論クウちゃんも同じように呑気だが、さらにルガイアとネコもどこ吹く風といった感じだが、マグノリアだけはひどく落ち着かなかった。
別にレオニールは自分たちのパーティーメンバーではないし、知り合いではないわけではないが関係者というほど関係もないし、彼がどこでどんな騒ぎを起こして捕まろうが知ったことじゃないのだが、しかしティザーレ国内の警戒が強まってしまうのだけは勘弁してもらいたい。
「この分じゃ、イトゥルから先行くのも大変かもしれませんよ。皆さんはサモルデまで行くんですよね?」
…ほら、やっぱり。デイルの言葉はマグノリアの危惧を正しく言い当てている。
もともと閉鎖的で独裁色の強い国家なのだから、治安の維持のために諸々の自由を制限するのなんて日常茶飯事だろう。
今はまだ、ティザーレ国民であるデイルがいるからいい。だがイトゥルから先は、余所者である自分たちだけの道行きなのだ。道中がすんなりいくとは思えない。
国境破りが出た直後は、どうしたって他国民は怪しまれてしまう。
後先考えないレオニールのおかげで、前途多難な旅路になりそうだった。
どんどんレオさんがポンコツな感じになっていきます。




