第七十二話 知り合いにトラブルメーカーがいるとほんとめんどい。
どうにも奇妙なことが分かった。
急を要することではない…と思いたいが、どうにも気になることが。
ナオミ女史が馬車を用意している間、マグノリアとアデリーン、セドリック公子は手分けして鎧蛙の解体をしていた。
だが、切り分けられた魔獣の死骸は、只の一体も魔晶石を有していなかったのである。
「死ね、死ねクソ?」
「魔晶石って持ってない魔獣もいるのか?…だ、そうです」
セドリックは魔獣討伐が初めてではないそうだが遊撃士のように金目当てというわけではなかったらしく、魔獣の生態についてあまり詳しくはない。
そして、詳しいマグノリアに言わせてもらえれば、それは稀有な例である。
「えー、ちょっとなによ一つもないじゃない。こんなことアリ?せっかくの儲けだと思ったのに」
アデリーンは不満タラタラだ。ハイポーションを無償で提供しても、程度の良い魔晶石が手に入ればそれで充分相殺できると踏んでいたので無理もない。
マグノリアは、険しい顔をして魔獣の死骸を見下ろしていた。
確かに魔獣が魔晶石を有していないというのは稀有な例ではあるが、彼女自身は少し前に同じ経験をしたばかりである。
魔獣オロチ。
地上界最強の魔獣が、本来生息しているはずのないリエルタ近郊に出没した件。
あの後、リエルタ支部のレナートに事後を聞いてはいないが、何か分かれば連絡があるはず。ないということは、何も分かっていないということ。
場所も魔獣の種類も異なるが、こうも立て続けにイレギュラーが起こるという現象が、何やら薄気味悪い。
「……師匠、どうしたんですか?」
自分で思っていた以上に怖い顔をしていたのかもしれない、ハルトが心配そうに尋ねてきた。
「いや、何でもない。魔晶石で稼げなかったのは残念だが、今回はそれが目的じゃなかったから諦めるか」
「それはそうだけどー……なんか骨折り損のくたびれ儲けって感じじゃない」
なおも不満そうなアデリーンだったが、ここで駄々をこねても無駄なこと。恨めしげに鎧蛙の死骸を睨み付けた後、手近な草むらの上でごろりと寝転がった。
なお、マグノリア自身は今回消耗したハイポーションに関して経費で落とすつもりでいるので、全然痛くも痒くもなかったりする。
一行をイトゥルまで乗せて行ってくれるのは、ナオミ女史ではなかった。彼女は被害を被った集落の復興に忙しいのだ。
代わりに馬車を御してくれるのは、最初にマグノリアが話しかけた中年の男性。ナオミ女史の従兄妹で、名をデイルという。
馬車は行商用だけあって結構大きな幌付きの立派なものだったが、マグノリアたちが乗り込むのでそれだけ積み込む商品(村で採れた作物)の量は減ってしまう。
その分儲けは減ってしまうわけだが、ナオミ女史もデイルもその程度はなんてことない、とあっけらかんとしていた。
因みに、ベルンシュタインは透明になって馬車の後をくっついてきている。流石に姿を見せられると大パニックになりかねないので、クウちゃんを通してお願いしておいたのだ。本来は主の命令以外は聞かない契約精霊であるが、事態が事態なだけに素直に従ってくれた。
馬車が出て数時間、未舗装の道路にガタゴトと揺られていると、検問があって止められてしまった。
「…あれ、デイルおじさん?ああそっか、もう細瓜の収穫の季節かぁ」
「なんだ、トマスじゃないか。元気にやってるか?」
馬車の外で、そんな遣り取りが聞こえる。どうやら、検問所にいる兵士はデイルの知り合いのようだ。
「ま、それなりにね。ところでおじさん、一応馬車の中確認してもいいかな?……って、この人たちは?」
いきなり馬車の中を覗きこんできたデイルと知り合いらしい若い兵士は、見慣れぬ風体のマグノリアたちに驚いた様子だった。
「その人たちは、さっき村を助けてくれた恩人さ。イトゥルまで行くっていうから、お礼に送っていくところだよ」
「恩人?何かあったのかい?」
トマス少年(と言って差し支えないくらいの年頃だ)の様子からすると、まだ鎧蛙の襲撃は耳に入っていなさそうだ。
「何かも何も、いきなり蛙の化け物が襲ってきて大変だったんだぞ。お前も近いうちに実家の様子でも見てこい」
「えええ、それ本当?怪我人とかは?母さんは無事だった!?」
本気で村を心配しているトマスは、気のいい若者なのだろう。そして、あの村の出身ということだ。
「ああ、ナオミさんはピンピンしてるよ。怪我人は何人か出たけど、みんな無事だ」
「そっかーー、よかった…………あ!それでこの人たちが助けてくれたの?ありがとうございます、僕、あの村の出身でして」
余所者に若干警戒の色を見せていたトマスは、デイルの説明を聞いて態度を急に変えた。
やっぱりいいことはしておくものだなー、と思ったマグノリアである。
「にしてもトマス、こんなところで検問なんてどういうことだ?今までなかったじゃないか」
「ああ、それなんだけどね」
トマスはデイルの質問に、一瞬だけ「これ話してもいいのかな?」と言いたげな表情でマグノリアたちを見た。
しかし彼女らが自分の故郷の恩人だという事実に、「ま、いっか」という結論に達したようだった。
「どうもさっき、国境破りがあったみたいなんだよ。それであちこちピリピリしちゃってさ。国境付近の警戒を強めるってんで、僕たちも駆り出されたんだ。そのうち国境警備も増強されると思う」
「国境破り?そいつぁ物騒だなぁ」
「だろ?なんでも単独犯みたいなんだけど、相当の危険人物らしいからもし見かけても絶対近付かないですぐに通報してくれよな」
検問所の兵士に「相当の危険人物」と言われてしまうあたり、どうやらかなり物騒な御仁が国境を強行突破したようだ。
もちろん、マグノリアたちは正規の方法で入国している……身分証に関しては教皇が少しばかり手を加えていたりするが。入国の際にトラブルを起こして注目を浴びてしまうのは絶対に避けたい事態だったので、それはそれは大人しく入国した。
なので、完全に他人事みたいに二人の会話を聞いていたのだったが。
「近付かないでって言われてもなぁ、どんな奴かも分からないんじゃ…」
「ええとね、報告では……」
トマス少年、懐から一枚の紙を取り出した。
「二十代前半の若い男で、ブロンドの短髪に緑の目。剣士風の出で立ちで、けどなんかすっごい魔法とかも使うらしい。身分証の提示を求められた途端に暴れ出して、入国審査所を破壊してそのまま姿を消したって。こっちの被害は重傷者二十人と軽傷者大勢。あと建物の半壊。とにかく狂暴らしいから、テロリストか何かじゃないかってさ」
……………………。
……………………。
……………………。
レオニールぅ!!
マグノリアは、思わず大声でここにはいないストーカー男にツッコむところだった。
いやいや何してんだよレオニール。つかあいつに違いないだろうその特徴。このタイミングで外見的特徴でやらかした破壊行為で、それはもう確信に近い。
いやほんと、何してくれちゃってんだあの男。
マグノリアたちと違って教皇の後ろ盾があるわけではなく、もしかしたら身分証なんてものも持っていなかったのかもしれないが、それにしても国境破りだなんて。
つくづく、彼と別行動で本当に良かった、と痛感した。
「師匠、どしたんですか?」
青い顔のマグノリアに気付いたハルト。お前のストー…護衛のせいだよ、と言ってやりたい衝動をなんとか抑え込む。
「ああ、なんだろな。ちょっと馬車に酔ったかな」
「それはいけませんね。お水飲みます?」
そんな弟子の優しさが、ちょっと痛かった。




