第七十一話 無償の奉仕活動に対してどんな感情を抱くかで心の綺麗さが分かるよね。
集落を襲う鎧蛙の群れは全て退治した。
建物の損傷はかなりのもので怪我人も少なくないようだったが、一見したところ死者までは出ていない。
ハルトの戦いぶりもなかなか様になってきて、その成長は驚嘆に値する。既に中位遊撃士並みの実力を得ているのではないだろうかと思うマグノリアは、自分の評価が親バカ的なものではないと確信している。
通常、駆け出しの新人が次の等級に進むのには最低でも半年はかかる。下位のうちはそれでも求められるものが少ないので速いペースなのだが、昇級を重ねるほどにその壁は高く厚くなっていくものだ。
第九等級遊撃士が、中位の入口である第六等級に進むまでに費やされる時間は、平均で四、五年。さらに上位にまで昇り詰めるには、十五年や二十年は見なくてはならない。上位遊撃士に若者が少ないのはそのためだ。昇級には、実力だけでなく成果も求められるのだから。
マグノリア自身は、第九からスタートして現在の第二等級に至るまで十年をかけている。それはかなり速い部類に入り、それゆえに彼女も凶剣だの白黒道化だのと同類視されていたりするのだが、それはあくまでも例外。
因みに、試験を受けていきなり第四等級に合格してしまったアデリーンは、その経歴も併せて「天才」扱いされている(でもってそれからダラダラしているので未だ昇級試験なんて受けたことがない)。
だが、これほど短期間に目覚ましい成長を見せているハルトならば、自分を遥かに超えるスピードで上位にまで駆け上がってくるのではないか。
尤も、ただ強くなるだけでは昇級は出来ない。それに見合うだけの成果…こなした依頼の数や難易度、達成までの時間や場合によっては依頼主からの評価…が必要だ。
しかし、それはマグノリアが指南すればいい。依頼の選び方、様々な事態における対処法、遊撃士に必要なノウハウや果ては依頼主に高評価を受けるポイントまで。
素直で呑み込みの早いハルトならば、それらはそう苦労することはないだろう。このペースでいけば、本当にあの凶剣に並び立つことが出来てしまうかもしれない。
マグノリアは、弟子の伸びしろが誇らしいような末恐ろしいような、奇妙な感覚を覚えていた。
……と、まぁ、そんな複雑な師匠心はひとまず置いておいて。
「……で、お前らなに呑気に見物してんだよ」
マグノリアが睨み付けたのは、今回何もしなかったルガイアとセドリック。
セドリックはまぁ、「いや、だって、なんか自分が出る幕じゃなさそうだったし(ハルト訳)」とか気まずそうだったのでまだ可愛げがあるのだが。
「ハルト様の御身に危険が及ばないのであれば、私が動く必要などあるまい」
ルガイアに至っては、まるで他人事みたいにシレっとそう宣ってくれた。
そりゃ確かにハルトの戦いぶりに危ういところはなかったが、それでも護衛対象が頑張っているんだから少しは協力するとかせめて応援するとか(そんなの要らんが)あるだろうに。
しかし平然としているルガイアにそれを言っても相手になんかしないだろう。
考えてみればレオニールだって、あれだけ「ハルト様ハルト様」五月蝿いのにしかもストーカーのくせに余程のことがない限りは手を出したりはしないんだし………
あれ、そう言えばレオニールはどうしたんだろう?
レプトルスまでは辺りをウロチョロしている気配がダダ洩れだったのだが、さらに姿も隠しきれていなくて尾行バレバレだったのだが、ティザーレに入ってから姿を見かけていない。まさか国境線を越えていきなり尾行スキルに目覚めたとか、そんなことはあるまいし……
「ま、いっか。そのうちまた出てくるだろ」
「なんですか、師匠?」
「ああ、いやいやなんでもない。それよりも、足を確保にいくか」
「………?」
レオニールは放置しておいても心配ないだろう。いない分こちらの戦力が落ちてしまうのは痛いが、おそらくルガイアもそれに匹敵する実力者だとマグノリアは踏んでいるし、ハルトの突飛な行動も最近は見られなくなっているので、彼一人がいなくてもなんとかなる。
それはさておき、マグノリアは本来の目的を果たすことにした。
「足って……ここに交通手段があるんですか?」
ハルトはまだ分かっていないようだが、マグノリアとアデリーンは最初からそのつもりなのである。
マグノリアはキョトンとしたハルトに目配せすると、鎧蛙の襲撃を受けて助かったとは言え茫然としている村人たちに近付いていった。
「大丈夫ですか?怪我人の具合は?」
さも村人たちを心配していると言わんばかりの神妙で誠実な表情の女性遊撃士に、その場にへたりこんでいた中年の男性は緊張を解いたようだった。
「ああ、助けてくださってありがとうございます。おかげさまで、私は無事なのですが……」
男性の視線の先には、怪我をして呻いている数人が。全員意識はあるようだし、手持ちのポーションで事足りそうだ。
「……アデル」
「分かってるって」
マグノリアが呼びかけただけで、アデリーンはその意図を正確に読み取った。怪我人たちのところに向かい、ハイポーションを次々に渡していく。
「すぐに傷が完治するものじゃないけど、出血とか痛みとか和らげてくれるから飲んでおきなさい」
「え、けど……こんな高価なもの………」
「お金なんていいから。商人じゃないんだからアイテム売買で儲けるつもりはないわ」
つっけんどんだが変に恩着せがましくないアデリーンの態度は、怪我人たちにとって寧ろ安心できるものだったようだ。最初は遠慮していた者も、おずおずと薬瓶に手を伸ばし飲み干していく。
「よろしいのですか?助けてもらっただけでなく薬まで……」
その様子を見ていた中年男性は、へたりこんだままマグノリアを見上げた。
「当然ですよ。我々は遊撃士ですが、人助けにビジネスを持ち出すほど野暮ではありません」
そのときのマグノリアの表情ときたら、どこの正義の味方だよと言いたくなるくらい爽やかで凛々しかった。
それを見ていたハルトは、あれなんかおかしい?と思った。
「……ねぇクウちゃん。師匠ってあんなだったっけ?」
「クウちゃんよく知らない」
まだマグノリアとの付き合いが浅い…上にマグノリアに対し然程関心を抱いていないクウちゃんに言っても仕方ないかもしれないが、今のマグノリアは明らかにハルトの知っているマグノリアではない。
マグノリア=フォールズという遊撃士は、別に守銭奴なわけではないが損得勘定はきっちりしている人物のはずである。
ハルトに対しても借金がどうとかずっと煩かったし、教皇からハルトの護衛(&指導)依頼を受けたときにも真っ先に持ち出したのは報酬のことだった。
冷血漢ではないが、自身の行為には確かな対価を要求する。そんなマグノリアが、無償で人助けをした上に高価なハイポーションまで気前よく分け与えるなんて。
アデリーンに至っては、普段他人の怪我になんて全く無関心のくせに。
そんな弟子の疑念の眼差しなんてどこ吹く風で、マグノリアは中年男性を相手に話を続けていた。
「それにしても、魔獣の襲撃なんてよくあるのですか?」
尋ねつつ、その答えは想像出来る。よくあるのであれば、この集落の警戒態勢はあまりにお粗末すぎる。
「いえ、こんなこと初めてです」
案の定の答え。村人は皆、自分たちの身に何が起こったのか未だに把握しきれないでいるようだった。突然のことに、頭の回転が付いていっていない。
「ただ、近隣の集落で魔獣出没騒ぎがあったらしい…と噂は聞いたことがあったのですが……場所が離れているし、まさかウチの村でこんなことがあるだなんて……」
この集落はおそらく、長い間平和を享受していたのだろう。
隣国レプトルスとの関係は悪くなく、紛争が起こるような価値のある土地ではなく、魔獣の生息数も少ない。平原なので、自然災害も滅多になさそうだ。
およそ争いだとか災難だとかから無縁で生きてきたここの人々にとって、今回の魔獣襲撃は正に青天の霹靂。予想もしていなかった出来事に、彼らがそれらを自分たちとは無縁の他人事だと感じてしまっていたのも無理からぬこと。
「そうでしたか……それは、災難でしたね」
「いえ、死人が出なかっただけでも幸いです。本当に、貴女がたのおかげです。何とお礼を申し上げればいいやら……」
「いえ、間に合って何よりです」
男性はマグノリアに恐縮しきりである。彼女らがいなければ、被害はこんなものでは済まなかったということは分かっているのだ。
国境から近いこの集落ならば、有事の際には国境警備兵が駆け付けるのだろう。しかし兵が異常を察知してやって来る頃には、夥しい数の死者が出ていたはず。
したがって、マグノリアたちは間違いなく彼らの命の恩人である。しかも、高価なハイポーションまで提供してくれて。
彼らの目には、マグノリアたちはさぞ高潔な騎士のように映っていることだろう。
中年男性としばらく遣り取りした後で、マグノリアはこの集落の責任者に会わせてもらうことになった。地区の取りまとめのようなことをしている人物だと言う。
人々の混乱も少しは収まり、男性に連れられて彼女らが向かったのは集落の中心の集会場。そこには怪我人や家を破壊されて途方に暮れた被害者たちが集められ、いろいろと支援を受けていた。
それを見てマグノリアは、この集落は田舎ではあるがなかなかに行政が上手く働いていると感じた。急な出来事であったにも関わらず、救護所のようなものがすぐさまに設置されるあたり、その責任者とやらの手腕は確かなのだろう。
「ほらぁ、何やってんだい!湯はありったけ沸かしとけって言っただろう?あと、市長に連絡はついたんだろうね!?連中の腰が重いようだったら少しばかり大袈裟に被害報告しときな!他人事には鈍感な奴らだからね」
救護所のど真ん中でテキパキと指示を飛ばしている女性が目に入った。年の頃は四十か五十か。背はそれほど高くなくしかし幅は貫禄たっぷりの、肝っ玉母さん的な雰囲気の女性だった。
マグノリアを案内した男性は、その女性に声をかけた。
「ナオミさん、ちょっといいか?」
呼びかけられた女性は、すぐさま見慣れぬ顔のマグノリアたちに気付いた。そして、それ以外の諸々にも気付いたようだ。
「ああ…もしかして、アンタたちが助けてくれたっていう旅の人かい?」
「ええ、まぁ。鍛錬がてら諸国を回っている遊撃士です」
返事をしたマグノリアの手をナオミ女史はがっちりと握り、ブンブンと上下に振り回した。
「いやぁ、助かったよ!本当に本当に、ありがとう!!アンタらのおかげで、被害は最小限で済んだんだ。ここいらに駐屯してる兵士どもはアテにならないからねぇ!」
破顔しながら自国の軍をディスるナオミ女史。マグノリアの爽やか笑顔はここでも健在だ。
「いえ、お役に立てられたなら何よりです」
「けど、報酬も無しで助けてくれたんだって?それで大丈夫なのかい?」
遊撃士が荒事で生計を立てているのは周知の事実である。無償で魔獣討伐なんてしたら、商売あがったりだ。マグノリアたちの問題ではなく、こういうことが知れ渡ればその市場価値にも影響が出てしまう。
「突発的な出来事ですからね、仕方ありませんよ。見捨てることなんて出来ませんし。もちろん、これから先に何かご依頼があれば、仕事にさせていただきますけどね」
悪戯っぽく笑ったマグノリアに、ナオミ女史は気を良くしたようだった。完全奉仕活動の遊撃士など気色悪いだけなので、少しくらい商売っ気を出した方が警戒心は解けるというマグノリアの算段には流石に気付いていない。
「アッハッハ!正直な娘っ子だねぇ、気に入った!良ければゆっくりしていきなよ、まぁ、今はこんな感じだからあんまりもてなせないだろうけど、宿と食事くらいは提供させとくれ!」
豪快に笑い恩人を招待するナオミ女史だったが、マグノリアは残念そうに首を振った。
「お言葉はありがたいんですが、知り合いと会う約束がありまして。サモルデに行かなきゃならないんですよ」
サモルデ、というのはティザーレの首都である。“黄昏の魔女”が何処に連れていかれたのかはまだ分からないが、とりあえず人が多く情報を得やすい所へ行ってしまおうという腹だ。
当然のことながら、知り合いと会う、というのは嘘である。
「サモルデ?そりゃ随分と遠くに行くんだねぇ。それにしたって、ここからじゃ交通手段なんてないよ、どうするんだい?」
「え、そうなんですか!?」
やや大げさだが不自然ではない程度に驚いてみせるマグノリア。そのことは既に分かっているはずだが…
「乗合馬車とか、貸し馬車は?どこまで行ったらありますかね?」
「うーん……このあたりはねぇ……イトゥルまで行けばなんかあるんだろうけど……」
ナオミ女史の口から、初出の地名が出て来た。事前にティザーレ国内のことはあらかた調べてあるが、流石に地方都市まで完全には網羅していなかった。女史の口振りからすると、この地域では一番の都市なのだろう。
「イトゥル、ですね。そこまではどうやって行けばいいでしょうか?」
「うーん……徒歩になるだろうねぇ。街道沿いに行けば、ざっと三日ってとこだけど」
「三日……ですか」
そこでマグノリア、さらに困ったような顔でクウちゃんに目を遣った。つられて女史も、クウちゃんを見る。
あどけない顔の、幼女。見てからに、体力のなさそうな幼女。
「あー……小さな子供連れだと、大変だねぇ。……もし良かったら、うちで馬車を出そうか?」
「え、いいんですか!?」
ここまで来ればハルトにも分かる。マグノリアは、最初からこのつもりだったのだ。
村の人たちに恩を着せて、馬車を出させようという。
マグノリアはとても恐縮している様子だ(に見える)が、心の中ではガッツポーズをしているだろう。
無償で村を救ってもらったのだから、村人にしても安い対価と言える。ティザーレで無用のトラブルを起こしたくないマグノリアたちには、不謹慎だが今回の魔獣襲撃の件は僥倖だった。
「でも、徒歩で三日の場所だったらけっこうな距離ですよね」
「なーに、助けてもらったってのにそんなケチ臭いこと言わないよ。それに行商で近くの街に行く予定だから、少しばかり寄り道するくらいワケないさ」
「それじゃ……お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとうございます、本当に助かります」
「何言ってんのさ。助けてもらったのはこっちだって」
マグノリアとナオミ女史はどうやら温度差が似ているようだ。
師匠も年を取ったらあんな風になるのかな?とハルトは二人を見てそう思った。




