第七十話 かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ。
先入観というものは、往々にして覆されがちなものだったりする。それは大抵、根拠のない思い込みから発生しているからなのだが、思ってたより酷い、というパターンもあればその逆も。
善良?な旅人を装ってティザーレ王国に入ったハルトたち一行は、思いの外穏やかで平和そうな隣国の印象に、失礼ながら驚いているところだった。
彼らが入国したのは、南の小国レプトルスとの国境からである。田舎なせいもあって、タレイラのような洗練された賑やかさとは無縁だが、勝手に抱いていた閉鎖的で圧政の敷かれた国という先入観は、見事に裏切られてしまった。
……そもそも、彼らのその印象というのも今回のヒルデガルダ拉致のせいでティザーレに良い感情を抱いていない、というだけの理由なのだが。
ティザーレは海に面した国家ではあるが、海岸線は急峻な断崖になっている箇所が多く、あまり水産業は盛んではない。その代わり、小麦と葡萄、林檎の栽培が盛んで、それらを使った酒類が特産品だ。あまり知られてはいないが、ティザーレ産のワインは一部セレブたち垂涎の品らしい。
現在ハルトたちのいる南部地域は見渡す限り小麦畑が広がる地域で、“黄昏の魔女”が拉致された現場である東部の森林地帯とは距離が離れている。
が、サイーアとの国境線は閉鎖されているのでここから頑張って魔女を探さなくてはならないわけだ。
藁で葺いた屋根に土壁の家が、小麦畑の合間に点在している。入国審査の際に聞かされた、首都へ向かう街道というのは、舗装されていない剥き出しの土の上に馬車の轍だけが遠くまで続きその存在を辛うじて主張していた。
「なーんにも、ありませんね」
「国の外れだからだろ。先に進めばもうちっと何かあるだろうさ」
どこに焦点を持っていったらいいのか分からないくらい小麦しか見えない広大な畑のど真ん中で呟くハルトにそう返し、マグノリアは連れて来た(ついてきた?)黄金の精霊の様子を見る。
収穫の時期を間近に控え金色に輝く小麦畑にも似た色の四足獣は、北の方角を見ている。
だが、そこに表情は読み取れず、主の存在を感じ取っているのかただなんとなく見ているだけなのかは判別出来ない。
「距離がありすぎて、反応が薄いのかもしれないわね」
アデリーンがマグノリアの疑問を解消した。
「もう少し進んでみれば何か分かるかも」
問題は、交通手段である。
ここはリエルタ以上に辺境で、乗合馬車など通っていない。国境警備の兵に聞いたところ、このあたりの住人は小麦の運搬用に大抵は自前の馬車を持っていて移動にはそれを利用するそうだ。
なら旅人や商人はどうするかと言うと、そりゃ商人は自分の馬車を持っているし旅人の大半も隊商にくっついて入国するとのこと。
ならハルトたちはどうすればいいかと言うと、結局は徒歩しかない。
……のだが。
「えーーーー、ちょっと嘘でしょ。徒歩移動って、地平線の彼方まで畑しか見えないじゃない。一体どれだけ歩けばいいっての?」
当然のことながら、引き籠もりで体力ゼロのアデリーンはこの上なく嫌がる。
さらに、
「死ね、死ねクソ死ね死ね死ねゴミクソ、死ねクソ!」
「そんな悠長にしてる時間はあるのか?言っとくけど歩くのが嫌だから言ってるわけじゃないからな!…だ、そうです」
セドリック公子もそう言うが、でもって強がっていたりするが、多分お坊ちゃんには長距離徒歩移動は厳しいだろう。
マグノリアは体力に自信がある。ハルトのそれは底なしだ。そしておそらく、ルガイアも(くっついてきている)レオニールもそうそう簡単にへばったりはしないだろう。
ネコはどうせルガイアかハルトの肩の上で一番楽をしているし、精霊であるベルンシュタインとクウちゃんは肉体的疲労とは無縁…のはず。だがクウちゃんはどうなのだろう?もしかしたら、一般的な幼女と変わらない体力の持ち主だったりするのかもしれない。
「……んー、確かにあまり時間はかけたくないよなー……」
マグノリアは辺りを見回した。定期便がなくても、首都へ向かう路線があったり貸し馬車があったりしないかと思ったのだ。
何せ、サイーアからレプトルスを経由するだけでも既に三日かかっているのだ。ティザーレの兵が何の目的で魔女を拉致したかは分からないが…拉致というからには殺害が目的ではないと思いたい…極力急ぎたいところである。
「どっかで馬車か馬でも借りれれば……」
そのとき、悲鳴が聞こえた。続いて、重い何かが崩れるような音も。
「今の、何ですか?」
「悲鳴、に聞こえたけど」
「クソ、死ねクソ」
ハルトとアデリーン、そしてセドリック公子も、辺りを見回した。そう近くはない。が、遠すぎるということもなさそうだ。
悲鳴は一度だけではなかった。複数の、男女入り乱れた声が助けを求めるかのように風に乗って彼らのもとへ届く。
「……あそこか」
なだらかな丘陵を越えた向こうから、煙が上がっていた。
悲鳴の種類からして、ただの火事ではないとマグノリアは推察する。
悲鳴は、何かから逃げているようだった。
長いこと遊撃士をしているマグノリアには、お馴染みのパターンである。
「多分、魔獣の襲撃かなんかだな」
こういった田舎では、珍しくない。そのために自警団のようなものを組織する集落も少なくないのだが、この地域ではそういった活動はしていないのだろうか。
「ハルト、どうする?」
「へ、え?」
マグノリアは、ハルトに判断を委ねた。
遊撃士的には魔獣退治は生業みたいなものだが、今回の彼らは全くの別件で動いている。関係のないことに首を突っ込んで面倒な事態を招くことを避け、このまま知らんぷりをして先に進むか、或いは敢えて首を突っ込むか。
「どうするって……助けに行きましょう!」
予想どおりの答えが返って来た。実はマグノリアの判断も同じなのである。ただし、幼い正義心に燃える単純なハルトとは違い、マグノリアのそれにはきちんとした狙いがあるのだが。
悲鳴のした方へ真っ先に走り出したハルト(クウちゃんが引っ付いている)に、マグノリアと公子が、最後尾にネコを肩に乗せたルガイアがすぐさま続いた。
アデリーンは一人、「えーーーちょっとそんな面倒なこと…」とかぼやいていたが、完全に置いてけぼりにされそうだと悟って慌てて追いかけて来た。
丘を越えてすぐに見えてきた光景。
いくつかの家々が寄り添うように建てられていて、水車小屋だとかちょっとした商店だとかも見られ、先ほどまでいた場所よりも人口密集地だろうと思われる場所で。
体高にして二メートル、体長は三メートルはあるだろう巨大なカエルの化け物の群れが、その集落を襲っていた。
カエルと言っても、その体は分厚い鱗で覆われている。両生類のなんたるかをド忘れしたかのような姿だ。
そしてその鱗まみれの体で建物に体当たりするものだから、もう被害に遭った家の壁はぐちゃぐちゃだ。
「あれ、確か鎧蛙…だったか?」
マグノリアの疑問形には理由がある。
全身を鎧のような鱗で覆われた蛙型の魔獣、鎧蛙は、本来もっと高温多湿の地域に生息しているのである。
主な生息地域は、赤道付近の密林地帯。鱗のために普通のカエルよりは乾燥に強いが、それでもこんなほとんど木陰すらもない湿地でもない開けた草原地帯に出没するのは非常に珍しい。
したがって、マグノリアもアデリーンも、直に見るのは初めてなのだ。
ちなみに脅威度はレベル4。それほどの強敵というわけではないが、鱗で覆われた巨大な体で突進されれば、馬車に跳ね飛ばされるくらいの衝撃は受けてしまう。その脚力・跳躍力は侮れない。
そんな巨大カエルがざっと八匹、集落中をびょんびょんと跳ねまわっては人や家に体当たりを仕掛けていた。
「……よし、ハルト。実戦訓練だ。一匹でいいから、あれを一人で倒してみろ」
「え、あ、はい、分かりました!」
第九等級であるハルトに脅威度4の魔獣を一人で倒せとは、なかなかの無茶振りである。が、マグノリアはハルトの実力はそれ以上であると確信しているし、ハルト自身も今までのあれやこれやで自信をつけたのか、それに反論することなく(若干戸惑ったが)素直に応じた。
勿論、現在進行形で襲われている人々がいるのだから全てをハルトの教材にするわけにはいかない。どうせハルトの身はルガイアかレオニール(姿は見えないがきっと近くをうろついているだろう)が守るだろうから、残りの七匹はマグノリアとアデリーンで片付けることにする…もしかしたら公子も手伝ってくれるかもしれない。
瓦みたいに分厚い鱗を持っているとは言っても、カエルはカエル。やはり火属性に弱い。マグノリアは自分の得物に炎属性の魔導石を組み込み、アデリーンは炎熱系術式【陽炎羽衣】を連発する。
それほど苦戦するような相手でもないので、マグノリアにはハルトの様子を観察する余裕すらあった。
鎧蛙は確かに防御力の高い魔獣ではあるが、その鱗は荒い。なので、隙間を狙うように刃を通せば案外簡単にダメージを与えることが出来るのだ。
厄介なのは、敏捷性とそのスピードを生かした体当たり。重量もかなりのものなので、まともに食らえばタダでは済まない。
マグノリアに指示されたとおり、一人で鎧蛙を相手にしたハルトは、しっかりと敵の特性を見極めていた。
変則的な動きを観察し、鱗の隙間という弱点を見抜き、的確に確実に攻撃を加えていく。調子に乗って一撃で仕留めようとしない堅実さも、評価ポイントだ。
なにせ、基本スペックだけは並外れたハルトである。下手をすると、マグノリアやシエルに触発されて…というと聞こえは良いが要するに勘違いして、同じようにバシッと一撃で格好良く決めてやれ、と考えてしまわないかをマグノリアは心配していた。それは、中途半端に優れた若者が陥りがちな落とし穴である。
でもって、大抵そういう調子に乗った考え知らずは、ロクな目に遭わない。
しかし性格ゆえか今までの経験で培った経験のおかげか、ハルトにはそういう軽挙妄動は見られなさそうだった。
ハルトが自分の標的を倒したのは、マグノリアとアデリーンが五匹目を倒したのとほぼ同時だった。
「師匠、終わりました!」
「よし、それじゃこっち手伝え」
残りは二匹。マグノリアとアデリーンだけで十分に、そして簡単に仕留められる。だがマグノリアは敢えてハルトを一緒に戦わせることにした。
今のハルトならば、なんとか共闘も出来そうだと思ったのだ。
「【陽炎羽衣】!」
再びアデリーンの魔導。炎で出来た薄いベールのような蝶が鎧蛙を包み込みその動きを奪う。身悶えして火を消そうと必死になっている鎧蛙の目の前に一瞬で肉薄したマグノリアが、一閃でその首を落とした。
それとほぼ同時に、ハルトに向かって跳躍しようとしたもう一匹の鎧蛙が、突然動きを止めた。
猛烈な風が渦巻いて、蛙を取り囲んでいる。
「……クウちゃんか」
「え、なに?やっぱりあの子、精霊元素との親和性ハンパなくない?」
マグノリアが感嘆し、アデリーンが興味津々に顔を輝かせているうちに、ハルトも師に倣って鎧蛙の喉に剣を突き立てた。
急所を貫かれ、最後の鎧蛙は一瞬体を震わせて、それから倒れた。
これで、終了である。
「クウちゃんスゴイ!こんなことも出来るんだね!」
「ええへー、はると、かっこいい」
互いを褒め合って照れているハルトとクウちゃんだが、その二人…今回の場合特にクウちゃん…を見つめるアデリーンの表情が、目が、ちょっと怖い。
「あんな巨体を押しとどめるなんて、相当の出力よね……それに術式構築が見られなかったし。どういうことかしらもしかして精霊の祝福?だとしたらますます目が離せないわよねあの幼女」
……とかなんとか、誰にともなくブツブツ呟いている。
それを横で聞きながらマグノリアは、もういっそクウちゃんは精霊そのものなんですとか明かした方が寧ろ危険(解剖とか実験の)がなくなるんじゃないかとも思ったが、そうすると「だったらどうして受肉なんて現象が?」という話になって、またもやハルトが割を食うことになるかもしれないものだから…というのは建前で要は説明が面倒臭いので、必要になるまで黙っていることにした。
サブタイが思いつきません。もう投げやり。




